※本ページ内の情報は2025年7月時点のものです。

キャッシュレス決済の広がりとともに、日常におけるお金との向き合い方も進化しつつある。金融UXの革新に挑む株式会社Kyashは、従来の銀行インフラに頼らず、リアルタイム性や透明性を重視したウォレットサービスを展開する企業だ。

2015年に同社を創業した代表取締役社長の鷹取真一氏は、金融が暮らしに寄り添う仕組みであるべきだという信念のもと、テクノロジーの力で新たな金融体験をつくり出すことに注力している。従来の枠組みを超えて、私たちの「お金との関係」をどう再設計しようとしているのか、話をうかがった。

現場で見た金融の力を自分なりに発揮するため創業の道を選ぶ

ーーまずは鷹取社長の経歴をお聞かせください。

鷹取真一:
私のキャリアは、三井住友銀行での法人営業から始まりました。当時はリーマン・ショックの直後という厳しい環境でしたが、ランチの人気店に実際に食べに行き、店主と対話をしながら信頼を築くという地道な方法も使い、少しずつ、着実に成果を上げていきました。

2年後に本部の国際部門に呼ばれ、海外拠点の立ち上げや現地金融機関との提携などに携わる機会を得ました。

ここで特に印象に残っているのが、日本の高度経済成長期を支えた先輩行員の社会性の高い仕事観です。金融がインフラとして、人々の生活や都市の発展を支えるという責任と希望を目の当たりにし、金融の力が社会に及ぼすインパクトを感じるようになったのです。そして、このときの思いが、のちにKyashを立ち上げる原点につながっています。

私は、金融とは選ばれた人のためではなく、一人ひとりを支える、生活者の視点に立ったサービスであってほしいと思っています。今までは難しくとも、インターネットとモバイルが浸透すれば、それが実現しやすくなる。その思いを実現するために、Kyashというサービスを生み出したのです。

ーー起業を決意するようになった背景には、どのような出来事がありましたか?

鷹取真一:
まず、私の価値観に強く影響を与えたのが、高校時代に経験したアメリカでの留学でした。留学先はコロラドという西部の広大な自然の中にあり、静かな時間を過ごす中で、自分の生きる意味や人生の過ごし方などを自然と考えるようになったのです。このときから「何をして生きても良いなら何をしたいのか」という感覚が、無意識のうちに事業家への夢として自分の中に芽生えていったのだと思います。

社会に出てからも、その思いは変わらず持ち続けていました。そしてあるとき、自分なりに考えた事業のアイデアを父に話したところ、「アイデアとしては面白いが、自分がやる意味はあるのか」と問われたのです。

その言葉をきっかけに、「このアイデアは自分だからこそやる意味があるのか」「本当にやりたいことなのか」と、自問自答するようになりました。そしてたどり着いた答えが、「自分でやる」という選択でした。

それからは迷わず、自分だからこそ感じるテーマと実現方法があると信じ、銀行やコンサルでの経験を土台にしてKyashの立ち上げに全力を注ぎました。

既存の金融にない体験を生む、リアルタイムとUXへの徹底したこだわり

ーーKyashのサービス内容と、独自の強みについてお聞かせください。

鷹取真一:
Kyashは、Visa加盟店で使えるチャージ型のプリペイドカードを軸としたデジタルウォレットです。支払いだけでなく、送金や振込、後払い・ローンなどの機能も備え、日々の暮らしの中で多様な使い方ができるサービスを提供しています。今まではお金を「使う」が主軸の機能でしたが、「借りる」「受け取る」などの機能も追加しました。

Kyashの大きな特徴は、お金の流れがリアルタイムで見えることです。決済するとすぐに通知が届き、アプリ上で明細が即座に反映される仕組みになっています。今、何にいくら使ったのかがすぐに分かることで、使いすぎの不安を感じにくくなり、日々のお金のやりくりにも安心感が生まれます。

リアルタイム性にこだわっている理由は、あとからまとめて振り返る家計簿とは異なり、使ったその瞬間に把握できることに価値があると考えているからです。これにより、無意識での支出が自然と抑えられ、気持ちの上でも安心して利用できると考えています。

また、ユーザーが違和感なく利用できるよう、UIやUXにもこだわっています。このように、分かりやすく、安心してお金を思い通りに使えている感覚を提供することで、お金との付き合い方をよりポジティブにすることを目指しています。

金融を我慢から自由へ。お金との付き合い方を変えるための未来構想

ーー今後、貴社はどのような未来を実現したいと考えていますか?

鷹取真一:
私たちが目指しているのは「お金に対して前向きになれる社会」をつくることです。将来のために計画的に使うことも、今を楽しむためにお金を使うことも、その選択に自信を持てる人をもっと増やしたいと考えています。まさに、弊社のビジョンである「新しいお金の文化を創る」です。

お金は、本来人生の選択肢を広げてくれる存在ですが、世の中にはそれに反して「管理すべきもの」や「難しいもの」という印象が持たれている現状があります。私たちはこの課題に切り込み、金融を自由や安心を提供するインフラへと変えていきたいのです。

実際、私たちは日々多くの企業と連携しながら、新しい金融体験を広げています。たとえば過去の世界大会では、ボランティアへの交通費支給にあたり、安価でリアルタイムな体験が評価され、Kyashがキャッシュレス送金の手段として採用された事例もありました。こうしたスピード感と柔軟性を併せ持った対応は、Kyashだからこそ実現できたことです。

インフラをつくるとは、単に機能を提供するだけではありません。人々が安心してお金と向き合える文化を育むことでもあると、私たちは考えています。だからこそテクノロジーを通じて、お金がもっと身近で前向きなものになる社会を目指したいのです。

素直さと責任感が支える、ユーザー起点の組織文化

ーー貴社の組織文化や採用方針について教えてください。

鷹取真一:
弊社が大切にしている組織文化は「ユーザー起点」の徹底です。どんな職種であっても、最終的にユーザーのためになっているかという問いに立ち返ることで、サービスの意義を強固なものにしています。

そのうえで組織として重視しているのが「正しさより素直さ」という姿勢です。論理的な正しさは絶対的な正解ではないことを肝に銘じ、それ以上に、お互いの考えを素直に出し合って議論し合える環境を大切にしています。

そしてもう一つ大事にしているのが、プロフェッショナルであることです。自分の役割に責任を持つこと、そして自分ごととして事業に関わることは、組織を前に進めるエンジンになりますし、その姿勢を通じて組織全体にポジティブな影響を与えます。

採用という観点では、「ユーザー起点で考える力」と「素直に学べる姿勢」、そして「行動力」が特に大事だと考えています。スキルや経験だけでなく、そうしたマインドを持った方と一緒に働けたら嬉しいです。

編集後記

Kyashというテクノロジーの根底には、金融を管理から自由へと転換させようとする意志がある。インフラとしての堅牢さと、人々を支える柔らかさ。その両面を成立させようとする姿勢は、今後の金融体験のあり方に一石を投じる存在だ。「金融のUXを再発明する」というテーマのもと、暮らしの中の「当たり前」を、どう変えていくのか。Kyashの次なる一歩に今後も注目していきたい。

鷹取真一/1985年、愛知県名古屋市出身。2008年早稲田大学国際教養学部卒業後、三井住友銀行に入行。法人営業を経て、経営企画にて海外拠点設立、金融機関との提携戦略の担当として国内外の銀行モデルを研究。その後、米系戦略コンサルファームの日米拠点にてB2C向け新規事業に携わる。価値移動のインフラを構想し、2015年株式会社Kyashを創業。