※本ページ内の情報は2025年7月時点のものです。

将棋AI「Ponanza(ポナンザ)」で名人を破った開発者、山本一成氏。次なる挑戦の舞台に選んだのは、完全自動運転システムの開発だ。山本氏が率いるチューリング株式会社は、「We Overtake Tesla(テスラを超える)」という壮大なミッションを掲げ、AI技術の粋を集めて前人未到の領域を切り開く。個人での挑戦からチームでの大きな目標達成へと舵を切った背景には、日本の巨大な自動車産業への強い思いと、技術者たちの可能性を信じる心があった。山本氏が描く未来と、その実現に向けた戦略に迫る。

「その時代の常識にとらわれない」AIで巨大市場に挑む理由

ーープログラミングを始められたきっかけは何だったのでしょうか。

山本一成:
私の根底には「その時代の常識にとらわれない」という考え方があります。まだみんなは信じていないけれど「これから確実に伸びるもの」に賭ける、ということです。当時、プログラミングやAIは今のような人気が全くありませんでした。しかし、どう考えても将来的に伸びると確信していたので、そこに可能性を見いだしたのです。人は自分が生まれた時代のことを常識だと思いがちですが、未来から見ると狂ってると思えるようなことも少なくありません。

ーーなぜ、数ある分野の中から将棋のAIを選ばれたのですか。

山本一成:
将棋のAIがもうすぐ人間を超えるだろうと予測していたからです。これも当時は信じられていませんでしたが、私はいずれ実現する未来だと考え、自ら挑戦しようと決意しました。この経験は、現在の自動運転への挑戦と非常によく似ています。自動運転もまだ完全に信頼されているわけではありませんが、これも必ず来る未来だと私は確信しています。むしろ、来ない理由を探す方が難しいとさえ思えるほどです。将棋AI開発で培った「未来を見通す目」と「より困難な技術に挑む熱意」こそが、自動運転という巨大市場を選んだ何よりの理由です。

ーーチューリングを立ち上げた経緯をお聞かせください。

山本一成:
チューリング創業のきっかけは、いくつかあります。まず、将棋AIの開発は個人での挑戦でしたが、今回はチームを結成し、より壮大なゴールを追い求めたいという思いがありました。次に、日本の自動車産業が持つ可能性への挑戦です。自動車は世界で年間300兆円、日本国内で50兆円規模を誇る巨大市場であり、日本が外貨を稼ぐ上で極めて重要な基幹産業です。この根幹を支える技術こそ、自動運転だと確信しています。

そして何より、現在のAI技術の発展レベルを見れば、完全自動運転ができない理由などどこにもない、という強い思いがあったからです。これらの思いが重なり、チューリングの創業へと踏み切りました。

「テスラを超える」社員の可能性を解放する合言葉

ーー「テスラを超える」というミッションを掲げた理由は何ですか。

山本一成:
テスラはEVを世界に広め、自動運転分野をリードする、間違いなく傑出した会社です。だからこそ、目標にしなければならないと考えました。アメリカの強い企業は、小さな会社が短期間で急成長しています。テスラも創業から20年ほど。それならば、日本からでも同じような成長は可能なはずだと、良い目標になると考えました。

ーーその高い目標は、社員の方々にどのような影響を与えていますか。

山本一成:
「自分の可能性を最大限に信じてほしい」というのが、社員に対する一番のメッセージです。日本のエンジニアは個々の技術レベルでは決して世界に劣っていません。しかし、なぜか全体としてアメリカの製品に勝てないのではないかという無意識の「謙遜」があるようです。「テスラを超える」というミッションは、常に世界最高峰との距離を意識させ、その差を認めつつも、臆することなく目の前の一歩を進んでいくための、強力な励ましになっていると考えています。

ーー勝利への心構えについて、どのようにお考えですか。

山本一成:
最も重要なのは、「勝利も敗北もある」ということを理解した上で戦うことです。私たちのメンバーは非常に優秀なので、「こうすれば勝てる」といった甘言はすぐに見抜かれます。だからこそ、私たちがどのような厳しい勝負に挑んでいるのかを正直に伝え、その上で前進していく。このメンタルこそが、困難な技術開発を成功させる鍵となります。

「できない理由」は法規制にあらず、登るべきは「技術」という名の山

ーー日本で自動運転を開発する上で、本当の課題は何だと思われますか。

山本一成:
理由は極めてシンプルで、技術的にまだ実現できていないからです。「法規制が厳しいから」といった声も聞きますが、それが本質ではありません。人間はできない理由をつくる天才で、特に大人はその傾向が強い。私たちは言い訳を探すのではなく、ひたすら技術的な山を登ることだけに集中しています。

ーーその技術的な山を登るために、どのようなアプローチをされていますか。

山本一成:
私たちの会社がユニークなのは、問題を「完全自動運転システムをつくる」というただ一点に集約させているところです。登るべき山は極めて高いですが、進むべき方向は明確です。そのために、私たちはAIソフトウエアだけでなく、それを支える全てのコンポーネント(構成要素)を開発します。こうした理由から、AIエンジニアだけでなく、ハードウエア開発のベテランや車の改造ができる整備士といった、多様な才能の結集が不可欠なのです。

自動運転は「通過点」 次に見据えるヒューマノイド開発

ーー自動運転の実現後、さらにその先の展望はありますか。

山本一成:
AI技術は、自動運転という枠に収まらない絶大なポテンシャルを秘めています。たとえば、AIを使って不老不死の実現を目指す会社があっても面白いと思いませんか?現在の事業の延長線上としては、ヒューマノイドの開発も次のミッションになり得ると考えています。外部情報をカメラで捉え、自身をどう動かすか、という点では自動運転とヒューマノイドのAI技術には共通点が多いのです。

ーーまずは乗用車へのシステム搭載がメインシナリオですか。

山本一成:
はい。最も市場が大きいからです。本当に良いシステムをつくり上げれば、小細工は必要ありません。一番大きな市場で勝負するのが最善だと考えています。もちろん、社会的な需要に応じて、ロボタクシーのような分野に展開する可能性も十分にあります。

編集後記

将棋AIで頂点を極めた山本氏が見つめるのは、はるか先の未来だ。多くの人が「できない理由」を探してしまう中で、同氏は「できない理由がない」と断言し、技術的な一点突破に全てを懸ける。その純粋な探究心と、「We Overtake Tesla(テスラを超える)」というミッションは、日本の技術者たちに眠る無限の可能性を信じているからこそ生まれたものだろう。チューリングの挑戦は、単なる移動革命にとどまらず、日本の未来を再び輝かせるための大きな一歩となるに違いない。

山本一成/1985年、愛知県生まれ。東京大学理学部卒。同大学院在学中に、留年をきっかけとして将棋AI「Ponanza」の開発を始める。2017年、Ponanzaが佐藤天彦名人(当時)を破り、大きな注目を集めた。大学院卒業後はHEROZ株式会社に入社し、リードエンジニアとして同社の上場に貢献。2021年8月、完全自動運転の実現を目指すチューリング株式会社を共同創業し、代表取締役CEOに就任。AI分野のトップランナーとして国内外で多数の講演を行うほか、愛知学院大学の特任教授も務める。