
古くから日本人の生活に深く関わってきた「米ぬか」。その未知なる可能性を科学の力で切り拓き、高付加価値製品を生み出しているのが築野グループ株式会社だ。食品、化学、医療、化粧品と、その分野は幅広い。父から受け継いだ事業を世界的な企業へと成長させた代表取締役社長の築野富美氏。学生時代から家業に携わり、幾多の困難を乗り越える原動力となった「米ぬかに夢を」という言葉に込められた思いと、会社の未来像について話を聞いた。
旧弊な組織の中で見出した自らの使命
ーーどのような経緯で家業に関わるようになったのでしょうか。
築野富美:
大学時代から、父の鞄持ちとして国内外のお客様のもとへ同行していました。当時から海外との取引が始まっていたため、日本語と英語を併記した会社案内を自ら企画して作成しました。これが、事業に深く関わるようになった最初のきっかけです。25歳で正式に入社し、夫は技術開発、私は営業という形で本格的にキャリアをスタートさせました。
ーー入社後、当時の会社にどのような印象を持ちましたか。
築野富美:
私が入社した頃は従業員125名ほどの規模でした。しかし、社内には「所詮は女性」「女性は家庭に入り子育てに専念すべき」といった、旧弊な考え方が根強く残っていました。そのため、社長の娘であっても特別扱いはなく、むしろ風当たりは強かったかもしれません。
ですが、そうした古い体質を一つひとつ変えていくことに、私は面白さとやりがいを感じていました。事業そのものに絶対的な将来性を感じていましたし、会社をより良く変革していく過程は、私にとって楽しみのほうが大きかったです。
世界へ価値を伝える「発信力」への目覚め
ーーこれまでに経験されたことの中で、最大のターニングポイントは何でしたか。
築野富美:
安価な中国製品との競争が激化した時期がありました。この時期は「会社が立ち行かなくなるのではないか」という強い恐怖心に苛まれていたのです。そんな中、1987年にアメリカの化学学会に参加する機会を得ました。そこで現地の大学教授から、思いがけない提案をいただいたのです。「あなたたちの会社は世界トップクラスの技術を持っている。何を悩んでいるのか。国際シンポジウムを開催してはどうか」と。この一言が、弊社の運命を大きく変えました。
ーー事業運営で大切にされてきたことは何ですか。
築野富美:
シンポジウムをきっかけに、世界中から共同研究の申し出が殺到しました。この経験から、良いものをつくっているだけでは不十分だと痛感しました。その価値を広く伝える「発信力」がいかに重要かを学んだのです。
シンポジウムの告知のために、業者に頼らずホームページ制作をするために教室に通いました。そして会社の公式ページを立ち上げたのもその頃です。父の代から受け継いできた「米ぬかに夢を」というモットーがあります。それを実現するためには、広報活動に力を入れることが不可欠です。私たちの取り組みを積極的に社会へ発信し続けることが不可欠だと考えています。
「米ぬかに夢を」全員が開発者という信念が拓く未来

ーー組織づくりのために、特に意識して行ってきたことはありますか。
築野富美:
父は強力なリーダーシップで会社を率いていました。しかし私は、社員一人ひとりが自らの使命を理解し、主体的に輝ける組織をつくりたいと考えていました。そのため、従業員が550名になるまで、採用面接はすべて私自身が担当してきました。一人ひとりの顔を見て「あなたにはこんなことをしてもらいたい」と、そうやって会社の夢を語り、同じ方向を向いてくれる仲間を集めました。「人がいなければ何もできない」という言葉通り、社員こそが会社の最も大切な財産です。
ーー商品開発は、どのような体制で進められているのでしょうか。
築野富美:
弊社では、開発は専門部署だけのものではなく、全社員で担うものだと考えています。社員一人ひとりが常に米ぬかの新たな可能性について考え、アイデアを出し合っています。
そのうえで、専門部署である企画開発部が中心となり、自社の研究施設での開発や、大学との共同研究などを通じて、その可能性をさらに広げています。研究の成果は国内外の学会や展示会で積極的に発表しており、社員が博士号を取得するなど人材育成にも繋がっています。大学の先生が弊社の恵まれた研究環境を求めて自らお越しになることもあり、こうしたオープンな環境が、新たなイノベーションを生み出す土壌になっているのです。
米ぬかの無限の価値で目指す世界貢献

ーー事業の核である「米ぬか」の価値についてお聞かせください。
築野富美:
米ぬかは、古くから日本人の美容と健康を支えてきた、いわば「宝の山」です。弊社はその価値を科学の力で解明しました。油、食品、化粧品、医薬品など、さまざまな形に変えています。そして、それらを世の中に送り出しているのです。油を搾った後の脱脂ぬかですら、旨味や機能性成分の宝庫であり、捨てる部分は一切ありません。一つの素材から無限の価値を創造し、持続可能な社会に貢献できる。それが米ぬか事業の最大の魅力です。
ーー5年後、10年後、会社はどのような姿を目指していますか。
築野富美:
弊社の技術や知見は、日本の食料や健康を支えるだけではありません。世界の貧困や環境問題の解決にも貢献できると確信しています。米づくりが行われている国々で、米ぬかを活用した新たな産業を興すお手伝いができるかもしれません。弊社の事業が発展すればするほど、世界中の人々を健康で豊かにできる可能性が広がります。日本の繊細なものづくりの心と技術で、世界を救う。それが弊社の目指す未来です。
ーー最後に、未来の仲間に向けたメッセージをお願いします。
築野富美:
私たちの仕事は、単に製品をつくって売ることではありません。「米ぬかに夢を」という大きな目標に向かって挑戦することです。そして仲間と共に社会に貢献することが、私たちの使命です。事業を通じて、人々の喜びや幸せを生み出すことができます。そのやりがいは、何物にも代えがたいものです。「米ぬかに夢を持って、それをやり通したい」という熱い思いを持った方と、ぜひ一緒に働きたいと願っています。
編集後記
父から受け継いだ「米ぬかに夢を」という言葉。築野氏のすべての行動は、この原点から始まっている。旧弊な組織の変革、熾烈な国際競争という逆境。その中で見せたのは、しなやかな行動力と強い信念だ。社員と素材の可能性を信じるその温かい眼差しに、次代のリーダーが持つべき愛情の深さを見た。

築野富美/1955年和歌山県生まれ。津田塾大学卒業。1980年、築野食品工業株式会社に入社し、1996年、築野ライスファインケミカルズ株式会社の代表取締役社長に就任。その後、2001年に築野食品工業株式会社の代表取締役社長に就任。「米ぬかに夢を」をモットーに、米ぬかの高度有効利用を推進すべく、分析方法の向上・確立、製造管理・品質保証体制の強化に力を入れて取り組んでいる。