※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

関西の中学受験市場において、最難関校への高い合格実績で知られる進学塾「希学園」。その指導方針は、単なる学力向上や志望校合格に留まらない。同社が追求するのは、中学受験という経験を通じた人間的な成長である。その先の人生の礎を築くことを目的にしているのだ。しかし、この教育理念が確立されるまでには長い道のりがあった。

学生アルバイトからキャリアをスタートさせ、33歳の若さで学園長の重責を担った代表取締役社長の黒田耕平氏。同氏はいかにして逆境を乗り越えたのか。そして希学園を「質」を追求する唯一無二の教育機関へと変革させたのか。その軌跡と教育に懸ける情熱に迫る。

学生アルバイトからの転身 33歳で直面したリーダーの試練

ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。

黒田耕平:
大学では建築系の学部に在籍しており、教育の仕事に就くとは考えていませんでした。しかし、私自身が小学生時代にお世話になった塾の先生たちが希学園の創設メンバーであった縁が転機となります。大学合格の報告に訪れた際にアルバイトを勧められ、一緒に働くことになりました。

働く中で、自分が情熱を注ぐほど子どもたちが応えてくれることに大きなやりがいを感じ、すっかり魅了されてしまいました。子どもたちの役に立ちたいという思いが強くなり、就職活動はほとんどせずに、希学園で働き続けることを決意しました。

ーー学園長に就任された際、どのような状況でしたか。

黒田耕平:
2009年に、業界で絶大な存在感を放っていた創業者から学園長を引き継ぎました。当時の私は33歳。社内は自分よりも年上のベテラン社員がほとんどで、保護者の方も大半が年上という環境でした。

その中で信頼を得ていく過程は、大きな試練でした。自分の考えを必死に伝えましたが、強く押し通すような進め方になり、そのやり方に反発した社員が塾を去っていくという苦い経験もしました。この就任当初の苦労や葛藤が、現在の経営スタイルの礎になっています。

拡大路線の失敗が生んだ「日本一の中小塾」を目指す覚悟

ーー学園長に就任後、新たに取り組まれたことはありますか。

黒田耕平:
当初は「より多くの子どもたちに貢献したい」と考え、最難関校受験以外のコースも新設し、事業を広げる戦略をとりました。しかし、世間が希学園に求めていたのは、あくまで最難関校に向けた指導でした。私たちの思いとは裏腹に、専門性が薄まったと捉えられたのかもしれません。結果として塾生の数は減少し、社員の離職も相次ぐという厳しい状況に陥りました。

ーーその逆境を乗り越えた転機について教えてください。

黒田耕平:
拡大路線の失敗という痛みを伴う経験を経て、私たちは「日本一の中小塾を目指そう」と決意しました。規模の拡大ではなく、この規模だからこそ提供できる教育の「質」を徹底的に深化させることに舵を切ったのです。

改めて、最難関校に向けた指導という原点に立ち返り、一人ひとりの生徒や保護者の方の満足度を高めることに注力しました。その結果、ありがたいことに口コミで評判が広まりました。教室数は減らしたにもかかわらず、現在の塾生数は苦しかった時期の約2倍となり、最大数となっています。

合格の先にある子どもの人間的成長を促す指導方針

ーー貴社で大事にしている価値観はどんなものでしょうか。

黒田耕平:
弊社では「人間的成長を促す指導」を心がけています。私たちは中学受験を、単に合格を得るためのものではないと考えています。その先の人生に繋がる価値ある「過程」と捉えているのです。正直なところ、小学生は学力だけを切り離して伸ばすことは困難です。自立心や広い視野を養い、集団生活の中で仲間と切磋琢磨する。その経験こそが人間的な成長の糧となり、結果として学力の向上にも繋がると信じています。

ーー貴社での取り組みで特徴的なことがあれば教えてください。

黒田耕平:
入塾時に、私たちの教育方針への「同意書」を取り交わす点です。これは指導の根幹にある「人間的成長を促す」という考え方に、深く理解と共感をしていただくために行っています。保護者の方とお子様本人にご説明し、ご納得いただいた上で署名をいただいています。もし、難関校に合格することだけが目的であれば、私たちの塾とは合わないかもしれません。それほど、この教育理念への共感を何よりも大切にしています。

「人は人でしか育てられない」 熱量を守り抜く組織運営

ーー現在、どのように採用、人材育成されていますか。

黒田耕平:
弊社の講師採用は、希学園の卒業生を中心に大学時代に非常勤講師をしてくれていた方が、そのまま新卒で入社するパターンがほとんどです。場合によっては小学生の頃から私たちの教育理念に触れ、それを深く理解してくれている人材が、次世代の希学園を担ってくれます。この好循環こそが、弊社の何よりの強みであり、生命線だと感じています。

ーー教育の質を追求するため、組織運営で貫いていることは何ですか。

黒田耕平:
私たちの根幹には「人は人でしか育てられない」という揺るぎない信念があります。AIが進化しても、子どもたちの心を動かし、モチベーションを引き出すのは人の熱量だと確信しています。

この思いを社員全員で共有するため、あえて教室展開も含めて事業規模の拡大は行いません。私が全社員に直接理念を語りかけ、同じ熱量を共有できる規模感を維持することが、教育の質を守るために重要だと考えているからです。また、業務の効率化は、あくまで人と人が向き合う時間を増やすための手段に過ぎません。その貴重な時間で、子どもたちの人間的な成長、それに伴う志望校合格という最高の結果を追求します。

編集後記

「中学受験」と聞けば、多くの人が偏差値や合格実績といった数字を思い浮かべるだろう。しかし、黒田氏が語る希学園の教育は、その先にある子どもの未来を見据えている。一度は拡大路線で失敗した経験があるからこそ、その言葉には確かな重みと説得力がある。「人は人でしか育てられない」。この信念のもと、効率や規模とは一線を画し、あえて手間のかかる対面指導と人間的な関わりにこだわる。AIが教育にも浸透し始めた今、同社が示す「熱量」を持った教育のあり方は、子どもの成長にとって何が本質的に重要なのかを、私たちに改めて問いかけている。

黒田耕平/1975年兵庫県伊丹市生まれ。大阪大学在学中より塾講師業に携わり、算数科講師として最難関中へ多数の合格者を輩出。2009年に「希学園」学園長に就任。2023年より株式会社希学園の代表取締役、理事長兼学園長に就任。経営と現場のトップの二足のわらじを履きつつ、現在も低学年から灘中受験を目指す6年生まで幅広く担当。自ら生徒指導の第一線に立ち続け、「やり抜くことの大切さ」とその先にある「成長の喜び」を伝え続けている。