
医療法人社団洛和会は、京都を拠点に病院や介護施設、保育園、看護学校などを運営する総合ヘルスケアグループだ。創業75年の歴史を持つ同法人は、「やさしい社会を創造する。」というパーパスのもと、医療を事業の中心に据え、医療的ケアを必要とする人々へのサポートを展開している。日本の病院の約70%が赤字という厳しい環境の中、新たな挑戦を続ける同法人の代表理事長、矢野裕典氏に話を聞いた。
医療の将来を見据え、介護の道を選んだ
ーーご自身の医療に対する考え方や価値観はどのように形成されてきましたか?
矢野裕典:
高齢化社会が進む中、医学教育で介護や高齢化の話がほとんどないということに問題意識を持っていました。そこで、将来の医療には介護の視点が重要だと考え、医学部在学中にホームヘルパー2級の資格を取得しました。その後、研修医として働く中で、医師を続けることへの違和感があり、一旦研修を中断して特別養護老人ホームで1年間働くことを決意したのです。医療と介護の両方を経験することで、より良いケアを提供できると考えました。
ーー貴法人に入られたのはどのような経緯からでしょうか?
矢野裕典:
介護員として1年間働いた後、父から「家業に戻ってきてくれ」という話があったのです。私は「来るべきときが来た」という感覚で、自然に受け入れましたね。生まれたときから祖父が開設した医院が身近にあった私は、跡継ぎとして当会を守っていくのだという思いをずっと持っていました。
理事長に就任した際に強く感じたのは、職員への感謝の気持ちでした。私が長い学生生活を経て大学を卒業できたのは、父がその間の生活を支えてくれたからであり、その父を支え続けてくれたのは職員のみなさんです。彼らの懸命な努力があったからこそ、私は医師になることができました。この感謝の気持ちが、当会を「日本一働きたいヘルスケアグループ」にしたいという思いにつながっています。
医療を核に広がる多角的なヘルスケアサービス

ーー貴法人の事業内容を教えてください。
矢野裕典:
当会は5つの病院を中心に、医療や介護、保育、看護学校、障がい福祉など、ヘルスケアに関わる事業を幅広く展開しています。一番こだわっているのは、医療を各事業の中心に置くということです。この方針に基づき、介護施設には看護師を配置し、保育園でも医療的なサポートが必要な子どもたちの受け入れを可能にしました。
この取り組みは、当会に在籍する多くの看護師たちの尽力により成り立っています。1950年に矢野医院が開設してから今日に至るまでに築いてきた実績や職員との絆が、事業全体の基盤となっているのです。
ーー働きやすい環境づくりについて、具体的な取り組みをお聞かせください。
矢野裕典:
「日本一働きたいと思われるヘルスケアグループ」を目指し、まず「福利厚生日本一」を掲げて、制度の充実に注力しています。リフレッシュ休暇は20年以上前から実施しており、当初は1週間だったところ、現在は12日間に拡大しています。また、男性の育児休暇の取得も積極的に推進しており、私自身も理事長として取得しました。それが後押しとなったのか、現在では男性の育児休暇取得率は80%を超えていますね。
加えて、年齢や家族構成に関わらず、すべての職員が福利厚生の恩恵を受けられるよう配慮しています。特に近年は婚活支援に力を入れており、若い世代はもちろん、一度結婚を経験した方々にも新たな出会いの場を提供しているところです。法人内の6,600人以上の職員同士の交流をはじめ、警察や行政機関など他組織との合同イベントも定期的に開催しています。
地域医療を守り続けるため、強固な経営基盤を確立していく
ーー貴法人のパーパスとそれを実現するための工夫を教えてください。
矢野裕典:
当会のパーパスは「やさしい社会を創造する。」というもので、これには「職員にも利用者にもやさしくある」という思いを込めています。具体的な取り組みでは人事評価制度の改革を行い、医師の評価においては診療実績だけでなく、理念に沿った行動や地域貢献も評価対象とする制度の導入を進めています。評価基準をしっかりと開示することで、当会が何を大切にしているかを明確に示し、すべての職員が共感できる組織文化を醸成しています。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
矢野裕典:
最も重要なのは事業の継続です。現在は日本の病院の約70%が赤字という厳しい状況ですが、そうした中でも地域の医療を守り続けることが最優先課題だと考えています。なぜなら病院や介護施設がなくなるということは、その地域の高齢者や子どもたち、そして地域全体の健康と安全が脅かされることを意味するからです。
私たちはそのような事態を阻止するべく、強固な経営基盤の確立に取り組み、継続的な医療サービスの提供に全力を注いでいます。今後もデジタル技術を活用した業務効率化の推進や新たな事業の創出など、あらゆる手段を講じて、5年後も10年後も、必ず病院が開いている状態を維持していきたいと思います。地域の皆様が安心して暮らせる社会を守ることが、私たちの使命です。
編集後記
洛和会の「やさしい社会を創造する。」というパーパスが、単なるスローガンではなく、人事評価制度や組織の意思決定の中に具体的に組み込まれていることが印象的だった。矢野理事長が語った「まず隣の人にやさしくあること」から始まるやさしさの連鎖が、6,000人を超える巨大な組織を動かしている様子はパーパス経営の1つのあり方を示していた。

矢野裕典/1981年、京都生まれ。帝京大学医学部卒業。医師免許を持ちながら介護職の経験を経て、2022年に医療法人社団洛和会の理事長へ就任。「やさしい社会を創造する。」というパーパスのもと、トップ自らが発信するSNSが評価され、病院広報アワード2024経営者部門大賞を受賞。2024年、自身の半生と街づくりへの思いを綴った「地域医療と街づくり 京都発!『日本の医療が変わる』経営哲学 元ひきこもり理事長の病院経営術」を出版。