※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

将棋AIの開発で世界トップクラスの技術を培い、法人向けのAIソリューション提供と、累計800万人が利用するオンライン将棋プラットフォーム「将棋ウォーズ」を運営するHEROZ株式会社。グループ会社との相乗効果を活かし、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の先にあるAIX(AIトランスフォーメーション)を一貫して支援する。幼少期より将棋で一番を目指した経験を事業の原点に持つという代表取締役の林隆弘氏に、創業の経緯からAIが自律的に課題解決を担う未来像まで、その軌跡と展望を語ってもらった。

将棋で見た夢と挫折 起業家への第一歩

ーーキャリアの原点についてお聞かせください。

林隆弘:
私の人生の原点には、幼少期に親から言われた「何か一番になれるものを見つけて挑戦してみたら」という言葉があります。その言葉を胸に、水泳やサッカーなど様々なスポーツに挑戦するも、いまひとつ夢中になれるものがなく、一番にはなれませんでした。そんな中、小学校一年生で出会ったのが将棋です。

これまでとは違い、やればやるだけ強くなる快感、そして「自分に向いている」という確かな手応えがあり、将棋の世界にのめり込みます。詰将棋のパズルを夢中で解くなど、頭を使って戦略を練ることに大きな楽しみを見出しました。

ーーそこからプロの棋士ではなく、起業の道を選ばれたのはなぜですか。

林隆弘:
将棋に打ち込み、幸運にも高校時代には全国優勝を果たしました。しかし、プロの世界は甘くありません。羽生善治永世七冠をはじめとするトッププロ棋士の方々と記念対局する機会を得た時、その圧倒的な実力差を痛感させられます。「こんなに強いのか」と、これまで築き上げてきた自信が揺らぐほどの衝撃を受け、プロという世界の厳しさを目の当たりにしました。

このとき、「勝負の世界」でトップを目指すことの厳しさを知り、プロ棋士になる道を諦めることを決断しました。そして、「自分で事業を興し、ビジネスの世界でトップを目指そう」と、起業家への道を志すようになります。

起業を決意して次に考えたのは「どの分野で挑戦するか」でした。大学生のときにWindowsの登場などでIT分野に大きな可能性を感じ、「狙うならここだ」とIT分野に強い将来性を見出します。大学でITを専門的に学んだわけではなかったため、まずは技術を身につけようと考え、NECに「技術開発職を希望します」と強い意志を伝えて入社。将来の起業に向けた、新たな挑戦が始まりました。

ーー起業を見据え、どのような準備をされましたか。

林隆弘:
NECに入社したときから、将来の起業に不可欠な技術に精通したパートナーを探していました。そこで出会ったのが共同創業者となる髙橋です。私たちは意気投合し、会社の仕事以外の時間は常に2人で開発に没頭。休日も返上で個人向けのサービス開発に打ち込み、起業に向けての経験を積む日々でした。そして、スマートフォンの登場という大きな波を捉え、2009年4月に起業を果たしました。

世界一の技術者が集結 AI企業へと飛躍した転換点

ーー創業当初の状況について教えてください。

林隆弘:
創業当初は、SNSなどで人と遊べる個人向けのモバイルアプリケーション開発から始めました。現在、弊社の主力サービスの一つである「将棋ウォーズ」をローンチしたのは2012年5月です。それまでの約3年間はモバイルソーシャルアプリを中心に事業を展開していました。

AI事業への転換は、私自身の将棋好きがきっかけです。2000年頃から、自身の棋力向上のために将棋AIを活用しており、当時から「将棋AIをつくっている技術者は天才だ」という強い尊敬の念がありました。

だからこそ会社を設立する際には、将棋AI「Ponanza」開発者である山本一成さんや、当時まだ東京大学の学生だったエンジニアなど、機械学習が得意な優秀な人材に声をかけました。もともとAI企業になろうとしたわけではなく、卓越した才能を持つ彼らと共に仕事をしていたら、自然とAIが最も得意な仕事になっていた、というのが実情です。

技術と業務ノウハウの融合 AIビジネスの中核

ーー貴社の現在の事業内容と、その特徴についてお聞かせください。

林隆弘:
事業は大きく二つに分かれます。一つは、AIの導入支援を含む法人向けサービスです。最近では、ChatGPT・Claude・Geminiなどに対応して利用できる生成AIサービス「HEROZ ASK」も提供しています。もう一つは個人向けで、累計登録者数が800万人を超えるオンライン将棋対戦プラットフォーム「将棋ウォーズ」が主力となります。

さらに、グループ企業として5社がそれぞれの専門領域で事業を展開しています。これらのグループ全体の相乗効果を活かし、業務プロセス全体を幅広くサポートできるのが弊社の強みです。

ーー事業を通じて、どのようなビジョンを実現しようとされていますか。

林隆弘:
弊社が掲げるビジョンは「AI革命を起こし、未来を創っていく」です。私たちはAIがブームだから事業を始めたわけではありません。チェスにおけるIBMの「ディープ・ブルー」、囲碁におけるGoogle DeepMindの「アルファ碁」のように、「将棋においてはHEROZ」という歴史を紡いできた自負があります。この歴史こそが、弊社が先端技術を培ってきた証左です。

中でも「HEROZ ASK」は、導入企業も300社を超えて急速に拡大しており、これからの弊社のAIビジネスの中核になっていくと考えています。今後は単に技術を売るだけでなく、「技術」と「業務ノウハウ」をセットで提供することに力を入れる方針です。

AIが課題を発見する未来 Meta Agent革命

ーー今後の社会変化に対し、どのような役割を果たしたいですか。

林隆弘:
私たちは「これからもAI革命を起こしていこう」と言い続けていきます。今、AIエージェントは、単純なタスクをこなす「1.0」から、複数のプロセスを持ち、環境に応じて自ら変化・選択できる「1.5」の時代に来ています。そして、私たちが次に見据えているのは「2.0」の時代、すなわち「Meta Agent」が社会を動かす未来です。これは、もはや人間が課題を発見し、指示を与える世界ではありません。

「Meta Agent」は、課題そのものを自ら構造化し、業務全体を再構築する、完全に自律した存在です。課題を発見し、考えること自体がAIの領域になります。私自身も「林CEO」というAI社長をつくり、自分の考えと答え合わせをする中で「その視点があったか」と、自らがつくったAIに教えられることさえあります。

ーー「Meta Agent」が普及した社会は、どのようになるとお考えですか。

林隆弘:
「Meta Agent」が普及すれば、課題の整理からゴール設定、解決策の実行、その後のメンテナンスまで、AIが自律的に担う世界が訪れます。それは単なる業務効率化に留まらず、人間の創造性をより本質的な領域へと解放する大きな変化となるでしょう。

AIエージェントの市場規模は、2029年には現在の3倍以上である4.2兆円まで急拡大すると予測されており、私たちはこの巨大な変革の波に、明確に照準を定めています。「HEROZ ASK」を土台として、その上で何百、何千という「Meta Agent」が誕生していくでしょう。私たちはその変革を担う先駆者として、社会に貢献していきたいと考えています。

編集後記

幼少期に将棋で一番を目指した林氏の情熱は、世界トップクラスのAI技術開発へと繋がり、今や企業の在り方そのものを変革する「AIX(AIを活用したデジタルトランスフォーメーション)」という壮大なビジョンへと昇華されている。インタビューを通して、同氏の一貫した探求心と未来への確信がひしひしと伝わってきた。AIが自ら課題を見つけて解決する「Meta Agent」が社会に普及するとき、私たちの働き方や生活は根底から変わるだろう。HEROZがAIと共に起こす革命の行く末に、これからも注目していきたい。

林隆弘/1976年静岡県生まれ。1999年早稲田大学卒業後、日本電気株式会社(NEC)に入社。技術開発職としてキャリアをスタートし、後にIT戦略部や経営企画部にも在籍。2009年に高橋知裕と共にHEROZ株式会社を設立し、代表取締役に就任。2018年4月に東京証券取引所マザーズ市場(現・東京証券取引所スタンダード市場)へ上場。過去にアマチュア一般棋戦など、個人での全国優勝は7回経験。