
76年以上の歴史を持つ塗料の専門商社、株式会社アイベック。同社は関西ペイント株式会社の塗料の取扱量で国内トップクラスを誇る。同社を率いるのは、代表取締役社長の関口豊氏だ。自動車部品製造メーカーの研究開発職から家業を承継した経歴を持つ。業界の常識にとらわれず、前職の知見を活かして省エネ・熱中症対策という新規事業を確立。データに基づく課題解決や異業種との連携など独自の戦略も展開する。売上規模の拡大よりも「100年続く企業」を目指す同氏に、その経営哲学と未来へのビジョンを聞いた。
現場への信頼と傾聴から始めた経営改革
ーー社長に就任されるまでのご経歴についてお聞かせいただけますか
関口豊:
大学卒業後は自動車部品メーカーに就職し、愛知県の研究所で開発者として従事していました。しかし、10年前に急な事情があり、これまでとは全く無縁だったこの世界へ飛び込みました。十分な準備期間もないまま社長として後を継ぐことになった次第です。
ーー苦労も多かったかと思いますが、どのように乗り越えられましたか。
関口豊:
まずは社内外からの信頼を得るため、現状を把握することに徹しました。最初の数年は自分の意見を言うよりも、まず皆の意見を聞く姿勢を貫きました。
現状の塗料販売では、経験豊富な現場のプロフェッショナルを全面的に信頼し、任せることを徹底しています。私自身は、塗料業界全体の流れの把握につとめ、これまで培ってきた異業種からの視点を合わせて、長期的な視点から判断をするように心がけています。周囲を信頼し、役割を分けて進めていくことが、良かったのかもしれません。
ーー前職でのご経験は、現在の事業にどのように活かされていますか。
関口豊:
注力している工場向けの省エネ・熱中症対策事業で非常に活かされています。前職では工場の生産ラインに携わっており、工場内の設備を大体理解しておりました。また、熱解析、設計なども行っていたことから、熱対策、省エネ対策についてはよくわかっているつもりです。また、メーカー勤務の経験から、効果的なプレゼン資料の作成や社内稟議の通し方も把握しているのです。この知識が、お客様の課題を解決し、受注に結びつけるための提案に役立っています。
自社検証データから生まれた新規事業の確信
ーー新規事業は、どのようなきっかけで始められたのですか。
関口豊:
現在、新規事業として工場・倉庫向け「熱中症対策」事業にも力を入れています。2019年に訪れた展示会で、ある高性能遮熱材に出会ったことがきっかけです。「これは面白い」と感じ、すぐに自社の倉庫で効果を検証してみることにしました。一方の倉庫だけに遮熱シートを貼って温度測定を行ったところ、非常に大きな効果が確認できました。現在も取得を続ける長期実証データは事業の大きな強みとなっております。現在では、この商材だけでなく、さまざまな対策を手掛けるサービス体制を整えるまでに至りました。
この事業には、工場を運営されるお客様が直面する、深刻な課題を解決したいという強い思いがあります。近年、お客様は電気代の高騰や記録的な猛暑、脱炭素化への対応といった多くの課題に直面し、これらは経営に大きな影響を与えています。弊社が手掛けるサービスは、これらの課題を同時に解決できると確信しています。
私たちは、お客様の状況に応じた最適な解決策を示す「相談相手」のような存在でありたいと考えています。コンサルティングから施工まで寄り添い、お客様の課題に貢献することが弊社の重要な役割です。
ーー事業拡大の過程で、転機となった出来事はありましたか。
関口豊:
環境省からお声がけをいただき、環境省実証事業に参画することができました。このことが、お客様からの信頼が格段に高まったと感じています。結果として、取引先が増える大きなきっかけとなりました。
有用資産としてのYouTube活用術

ーーYouTubeで動画配信をされている目的は何ですか。
関口豊:
YouTubeでは塗料塗装、熱中症対策に関する動画とともに、施工管理技士の受験対策動画を配信しています。取引先である建設業界では、人手不足と人材育成が大きな課題です。そこで、若手の人材が資格を取得する際の助けになればと考え、動画での支援を始めました。もちろん、試験目的ではない方にも、建設業全般の幅広い知識を得るツールとして役立てて頂きたいと考えています。
YouTube運営で特に意識しているのは、動画を有用な資産として残すという点です。面白さよりも専門的で有用な内容となる動画づくりを徹底し、情報を必要とする方に特に届けることを目指しています。
「期待に応える会社」を目指す組織の意識改革
ーー社長就任後、どのような組織改革を行いましたか。
関口豊:
当時は高齢化が進んでおり、ベテラン社員が多い組織でした。この業界は知識さえあればベテランでも営業ができるのですが、会社の将来を考えると、若手人材の採用が不可欠だと感じました。そこで、それまでハローワークだけだった求人媒体を、有料の採用サイトにも広げて募集を開始しました。もちろん、すべてが順調だったわけではありません。しかし、その頃に入社してくれた社員が今、会社の中核を担ってくれています。
ーー社長として大切にされている価値観は何ですか。
関口豊:
私個人のモットーは「逃げない、言い訳しない、人のせいにしない」です。そして、会社としては「期待される会社、期待に応える会社」でありたいと考えています。周りから声をかけられない会社では、会社の未来はないと感じ、「積極的に声がけされる会社になろう、そしてその期待に応えられるようになろう」と、組織の意識改革を進めてきました。
ーー人材教育については、どのようにお考えですか。
関口豊:
営業部門では、お客様ですら気づいていない潜在的な需要をヒアリングで引き出し、課題解決につなげることが理想です。これを浸透させるため、研修だけでなく、新規のお客様への営業に同行する機会を設けています。
また、積極的に展示会にも出展しています。普段とは違うお客様から鋭い質問を受けながら対応する経験は、何よりの学びとなります。その経験が、普段の営業活動にも活きてくると考えています。
売上規模より継続を重視する「100年企業」への意志
ーー今後の会社のビジョンについてお聞かせください。
関口豊:
売り上げ規模の拡大よりも、100年続く企業を目指したいと考えています。私たちの目的は、会社が存続し続けることです。時代ごとのニーズを柔軟に捉え、変化し続けられる会社でありたいと願っています。根本は塗料販売ですが、お客様の困りごとに合わせて新しい価値を提供していく。この精神を、これからも受け継いでいきます。
また、これからは異業種とのコラボレーションも重要になると考えています。弊社とは全く違う商材や顧客や販売ルートを持つ企業と連携すれば、新たなビジネスチャンスが生まれます。既存のお客様を含めた信頼できるパートナー企業と共に販路を拡大していくことが、これからの成長の鍵です。
編集後記
自動車部品メーカーの研究開発職から、塗料商社の経営者へ。関口氏の経歴は、株式会社アイベックに「変化への対応力」という強みをもたらした。前職で培ったデータ分析力で新規事業の確度を高め、顧客の真の課題を深く理解する。その視点は、伝統ある業界に新しい風を吹き込んでいる。「売上よりも100年続く会社を」という言葉には、目先の利益にとらわれず、時代と共に柔軟に姿を変えるという強い覚悟がうかがえる。異業種との連携で未来を切り拓く同社の挑戦は、これからも続いていくだろう。

関口豊/1972年埼玉県生まれ、東京工業大学卒。自動車部品製造メーカーに入社し、セラミックス材料開発を18年間担当。2015年に株式会社アイベックに入社。同年に同社代表取締役に就任。現在、塗料販売に力を注ぎながら、工場の省エネ・熱中症対策向け商材にも注力している。YouTubeでは、塗料などの商材、資格試験対策などを発信し、登録者は2.3万人を超える。