
フォンテラジャパン株式会社は、ニュージーランドを本拠地とする世界最大級の酪農協同組合「フォンテラ」の日本法人である。同社は国内の乳製品需要に対し、高品質な乳原料を主にニュージーランドから安定的に供給。そうして日本の食品産業を根幹から支えている。2023年に同社の代表取締役社長に就任したのは國本竜生氏だ。同氏はP&Gや日本コカ・コーラといった名だたるグローバル企業でマーケターとしての手腕を発揮してきた実績がある。食の源流である川上から消費者に最も近い川下までを経験した同氏に、キャリアの神髄と原料ビジネスに特化する同社の未来図について話を聞いた。
あらゆるライフステージで必要とされる領域へ
ーーこれまでのご経歴と、経営者を志したきっかけを教えてください。
國本竜生:
大学生の時に「人の生活に直接役立つ仕事がしたい」と考えました。それが消費財の世界へ入るきっかけとなり、私のキャリアはスタートしたのです。P&Gや日本コカ・コーラでマーケティングを約20年、その後、営業職も10年ほど経験しました。チーフマーケティングオフィサー(※1)を経て、ビジネスを川上から川下まで見てみたいという思いが強くなりました。その思いを実現するため、穀物メジャーで経験を積み、最終的に乳製品という、あらゆるライフステージで必要とされる領域にたどり着いた形です。
経営者への意識は、ブランドマネージャーを経験した20代の頃からありました。ブランドマネージャーは、特定のブランドを任され、予算やチームを率いて目標達成を目指す、いわば「社内にある会社の経営者」です。開発や生産部門にも働きかけ、チームをリードする仕事が楽しく、大きな達成感がありました。この経験を通じ、「いつか会社全体の規模で挑戦したい」という思いが芽生えました。
(※1)チーフマーケティングオフィサー:マーケティングにおける最高責任者
ーー20代の頃、どのように仕事に取り組んでいましたか?
國本竜生:
当時はとにかく仕事に食らいつくしかありませんでした。会社の仕組みや仕事の進め方は確立されている一方、新卒の私のスキルが全く追いついていなかったのです。そのギャップを埋めるため、無我夢中で業務に取り組む毎日でした。
経験を積み、プロジェクトを主導する役割を任されるようになると、手探りで進めるしかありませんでした。しかし、周りの方々に助けていただき、時には叱咤激励を受けたりしながら一つひとつ実行していくうちに、だんだんと自信がついてきました。最初の数年は大変でしたが、この時期に計画の立て方やリスク管理の感覚が体に染みついたと感じています。
”ニュージーランドの高品質な原料”で日本の食卓を支える挑戦

ーー貴社の社長就任を引き受けられたのはなぜですか。
國本竜生:
これまでの経験の集大成として、乳製品の領域で日本の消費者を支えたい思いがあったからです。消費財からフードサービス、穀物メジャーとキャリアを重ねる中で、私は一貫して「人の役に立つ」ことを軸にしてきました。日本の乳製品は自給率が約6割で、残りを輸入で補っている状況です。このギャップを埋めるため、乳製品を日本に届ける仕事に取り組みたいと思い、転身を決めました。
ーー貴社の事業内容についてお聞かせください。
國本竜生:
弊社は、ニュージーランドを中心とした生乳を加工した乳由来の原料を、日本の企業へ販売しています。主力製品はバターやチーズ、そしてプロテインの粉末、乳脂肪関連の製品です。お客様は乳業メーカー、製菓・飲料メーカー、油脂関連の企業など、日本を代表する企業とのお取引があります。厳密には牛乳そのものを扱っているわけではありません。それらを原料とした高機能な製品を法人向けに供給することが、弊社のビジネスの根幹です。
もともと弊社のビジネスは、一般消費者向け製品もありましたが、その割合は低く、原料供給が中心でした。近年の世界的な戦略として、この強みである原料ビジネスにさらにリソースを集中させていく方針が明確になったのです。
これからは、弊社が持つ乳科学の知見を活かすことに注力します。お客様と共に高付加価値製品を開発していく予定です。日本の市場は非常に高度化しており、例えば特定の機能性を持つ製品へのニーズが高まっています。弊社の高品質な原料を通じ、お客様の新製品開発をサポートし、市場に貢献していくことがこれからの大きなミッションです。
現状把握から見出した、さらなる成長への道筋
ーー就任後、最初に取り組まれたことは何でしょうか。
國本竜生:
弊社は、私が代表に就任する以前から非常に評判の良い会社でした。経営指標も安定しており、強力なお客様との関係も築けています。問題のある状態を改善するのは比較的取り組みやすいのですが、うまくいっているものをさらに良くすることは、実は非常に難しい挑戦です。ですから、まずは現状を正しく理解することから始めました。大切なお客様のもとへ一社一社訪問し、ひたすらお話をおうかがいする。そこから、弊社の価値や課題を把握していきました。
ーー事業における一番の強みは何ですか。
國本竜生:
第一に、ニュージーランドの自然環境を活かした酪農から生まれる高品質な製品と、それを日本の需要に応じて安定供給できる体制です。日本の乳製品市場のギャップを埋めるという使命感は、弊社のビジネスの基盤にあります。
ニュージーランドでは、乳牛は一年を通じて牧草地で過ごすグラスフェッド(牧草飼育)によって飼育されており、自然に近い環境で健康的に育てられています。さらに、同国では成長ホルモン剤の使用が禁止されており、フォンテラにおける厳格な品質管理とトレーサビリティ体制のもと、安全性の高い乳製品が生産されています。こうした背景が、安心・安全を重視する日本市場において大きな強みとなっています。
さらに、フォンテラは環境負荷の低減に向けた取り組みを積極的に進めており、事業全体での持続可能性を追求しています。2050年までにネットゼロを達成するという明確な目標を掲げており、2030年までにScope 1および2の温室効果ガス排出量を50.4%削減することを目指しています。また、酪農由来の排出量についても、製品1トンあたり30%の削減を計画しています。こうした取り組みを通じて、国内外のパートナーから寄せられる持続可能な社会への期待に応えていきたいと考えています。
また、物流面も大きな強みです。お客様の製造計画に合わせ、計画通りに製品を届ける効率的な供給網を構築しています。特に、日本国内の倉庫に潤沢な在庫を持つことで安定した供給体制を維持しています。これにより、お客様の生産活動を止めないタイムリーな供給を実現しているのです。
ーー組織としての強み、社風について教えてください。
國本竜生:
弊社のルーツはニュージーランドの酪農協同組合にあります。そのため「Co-operative Spirit(協同組合の精神)」という価値観が世界中の拠点に根付いています。これは、自然や地域社会との共生を重んじるマオリの精神にも通じるものです。この精神に基づき、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)や、従業員の健康と安全を最優先する文化が醸成されています。具体的には、コアタイムのないフレックスタイム制度、週2回まで取得可能な在宅勤務制度、年次有給休暇とは別に取得できる傷病休暇、産業医による定期健康相談の実施や、育児・介護と仕事の両立を支援する人事制度など、さまざまな仕組みを整えています。多様性を尊重し、すべての従業員が心身ともに健康で、自分らしく安心して働ける職場づくりを目指しており、それぞれが持つ力を発揮しやすい環境を大切にしています。
「努力は報われる」次世代を担うリーダーへのメッセージ
ーー今後のビジョンをお聞かせください。
國本竜生:
まずは、日本の食に不可欠な乳原料の安定供給という使命を果たし続けることです。その上で、「フォンテラがいてくれたから、こんな新しい製品が生まれた」とお客様に喜んでいただける事例を、一つでも多く生み出していきたいと考えています。それが私の夢でもあります。
何年か経って、スーパーやコンビニを訪れた時に、私たちが関わった製品が棚に並び、多くの人々の生活に溶け込んでいる。そんな風景を見ることができたら、これ以上の喜びはありません。
ーー最後に若手読者の方へメッセージをお願いします。
國本竜生:
「努力は必ず報われる」ということを伝えたいです。20〜30代の頃は、仕事上のトラブルやお客様からのクレームなど、辛いことがたくさんあると思います。しかし、そこから逃げずに必死に解決しようとした経験は、例えその時の結果が100点でなかったとしても、後のキャリアで必ず自分の武器になります。
リーダーになれば、チームにリスク回避の方法を教えなければなりません。それは、やはり過去に痛い目にあっていないと、説得力を持って伝えることは難しいでしょう。困難な状況の中で知恵を絞り、仲間と乗り越えた経験は、自分を成長させるだけでなく、かけがえのない人間関係も築いてくれます。どんな仕事にもトラブルはつきものです。若い時にそれに真正面から向き合った経験こそが、将来の自分を助けてくれるはずです。
編集後記
「人の役に立ちたい」という一貫した軸が、國本氏を消費財の最前線から、食の根幹を支える原料ビジネスのトップへと導いた。順風満帆に見えるキャリアの裏には、20代で味わった苦悩があった。うまくいっている組織をさらに伸ばすという困難なミッション。それに対し、まず顧客の声に真摯に耳を傾ける姿勢に、トップとしての誠実さが表れている。同氏の挑戦は、日本の食の未来を豊かにする、確かな一歩となるに違いない。

國本竜生/1987年、関西学院大学経済学部を卒業し、P&Gジャパン合同会社に入社。その後、ジョンソン株式会社、日本コカ・コーラ株式会社にてコカ・コーラグループブランドマネージャー、マクドナルドグループディレクター、株式会社おやつカンパニーにて常務執行役員 チーフマーケティングオフィサーなどを歴任。2017年よりエー・ディー・エム ジャパン株式会社の代表取締役社長を経て、2023年12月よりフォンテラジャパン株式会社代表取締役社長に就任。