※本ページ内の情報は2025年11月時点のものです。

創業78年の歴史を持つ空間内装のプロフェッショナル集団、株式会社船場。商業施設の内装で培った確かな施工力を武器に、近年はオフィスやホテル、ラグジュアリーな店舗など、成長分野へ積極的に事業領域を拡大している。2025年3月、この歴史ある企業の舵取りを託されたのが、代表取締役社長の小田切潤である。広告代理店から総合商社、外資系コンサルティングファーム、アパレル大手の事業改革に至るまで、業界を横断する極めて多彩なキャリアを歩んできた人物だ。過去の成功体験を捨てる「アンラーニング」と、「クリエイティブとビジネスの融合」を経営哲学に掲げる同氏の目に、船場が持つポテンシャルはどう映っているのか。業界の常識を覆し、売上1000億円企業へと導くための成長戦略について、じっくりと話を聞いた。

「住」領域の変革への挑戦

ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。

小田切潤:
元々アパレルが好きで、大学時代には大手セレクトショップの渋谷本店で販売のアルバイトをしていました。その際、雑誌で商品が紹介されたり、人気モデルが着用することで商品の売れ行きが大きく変わることを実感し、広告代理店に入社しました。6年ほど大手アパレル・セレクトショップ・ラグジュアリーブランド等のブランディングやプロモーションに携わりましたが、広告代理店が担うのはマーケティング戦略全体の一部であるプロモーション領域に限定されます。様々なブランドの経営者と関わらせていただく中で、マーケティング活動の商品開発や価格設定、チャネル戦略に加えて、経営全般に携わりたいという思いが強くなり、思い切って会社を辞め、早稲田大学ビジネススクール(WBS)で経営を学び直すことにしました。当時は生活を切り詰めながらビジネス書を350冊以上読破するなど、2年間ひたすら勉強に打ち込む毎日でしたね。

ーービジネススクールで経営を学び直されたご経験は、その後のキャリアにどのようにつながっていったのでしょうか。

小田切潤:
ビジネススクールで学んだことを、よりダイナミックな事業の現場で活かしたいと考え、ご縁があって30歳で総合商社の丸紅株式会社に入社しました。最初は、学生時代からかかわりのあったファッション部門の経営企画部隊として既存事業会社の経営管理やM&Aなどに関わりました。

その後、丸紅の中で全社の財務やM&Aを担う部門に異動したのですが、ここでの経験はまさに目から鱗が落ちるものでした。毎日、世界中のさまざまな国の、まったく異なる業界の案件に携わるのです。たとえば、午前中はアメリカの電車のリース会社、次はミャンマーの携帯事業、午後はフランスの水産物卸売業者といった具合に、次々と案件が変わります。その都度、経営状況や国の情勢、成長戦略、リスクを瞬時に分析し、M&Aによって更に当該事業を伸ばせるかを議論する。この経験を通じて、様々な国における多様なビジネスの「経営の肝」を見極める力が養われました。その後ニューヨークに約5年間駐在し、北中米でのM&Aを通じた新規事業開発を担当しました。

ーー商社で多様なビジネスを俯瞰するご経験は、その後のキャリアを考える上でどのような気づきにつながりましたか。

小田切潤:
さまざまな業界を見る中で、日本の「衣」と「食」のレベルは世界でもトップクラスだと改めて感じました。一方で、「住」の領域、特に建築デザインで世界的に有名な建築家は多くいらっしゃるものの、突出した会社はまだ少ない。ここに大きなチャンスがあるし、日本の国家戦略としても強化する必要があると感じました。

その後、時を経てご縁があったのが、空間創造を手がける船場でした。インバウンド需要の拡大や日本の建築・内装デザインの世界的な認知の浸透が進むことで、さらに高まるこの「住」の領域の成長性と、ここで挑戦できることに、強い魅力を感じたのです。ビジネスモデルを分析した際も、まさに「人」が価値を生み出すモデルでしたから、良い人材の採用と育成、そして結果として会社のブランド力を高めることで、飛躍的に成長できるという確信がありました。

成長の核となる「アンラーニング」という経営哲学

ーー社長がビジネスにおいて最も大切にされている価値観は何ですか。

小田切潤:
その時々で言葉は変わりますが、本質は「アンラーニング」、いかに捨てるかということです。経営戦略とは捨てることだとよく言われますが、これは個人にも当てはまります。過去の成功体験や凝り固まった考え方をいかに捨てられるかが、成長の鍵を握ると考えています。たとえば、人事一筋だった人が経理への異動を命じられたとき、それを「会社の給料をもらいながら新しいことを学べるチャンス」と前向きに捉え、過去の知識や成功体験に固執せず新しい分野を学べば、その人は大きく成長できるはずです。会社も同じで、やらないことを決めることで、やるべきことが明確になります。

ーー社長の経営哲学の“軸”は、どのようなご経験から形作られたのでしょうか。

小田切潤:
私の経営哲学の軸は、キャリアを通じて「クリエイティブ」と「ビジネス」という、一見すると相反する2つの世界を経験したことから形作られました。私は、新しい価値を生み出す上で「クリエイティブとビジネスの融合」が極めて重要だと考えています。

そういった意味で非上場会社のため幅広い方にあまり知られていませんが、日本の女性起業家としてコムデギャルソンの川久保玲社長はそれを経営者として、デザイナーとして日本だけでなくグローバルで実践して結果を残しており、本当に尊敬していますし、勉強になります。と言いますのも、一般論ですが、クリエイティブな感性が強い人は、財務諸表やファイナンスの話を敬遠する傾向があります。

逆に、金融業界でキャリアを積んだ人が後からアートやクリエイティビティーに興味を持ったとしても小さい頃からの様々な経験の蓄積がないこともあり、どこか付け焼き刃になりがちです。私自身のキャリアはまさにその両極で、学生時代は数学的な学問が得意でしたが、それだけでは真に新しいものを創造するのは難しいと感じてクリエイティブな領域に足を踏み入れました。一方で広告代理店ではロジックや経営の重要性を痛感し、学び直した経緯があります。感性とロジック、この2つの軸を持つことで、視野もネットワークも広がり、仕事の質が高まっていくのです。

人と伝統が織りなす「サクセスパートナー」としての強み

ーー貴社の事業内容と、他社にはない独自の強みについて教えてください。

小田切潤:
ひとつは、創業78年の歴史のなかで培ってきた確かな施工力です。私たちは、設計・デザインから施工までを一貫して手がける空間創造企業です。かつては商業施設が中心でしたが、現在はオフィスやホテル、ラグジュアリー店舗といった成長分野に注力しています。例えば、先日オープンした麻布台ヒルズのオフィス棟では、外資系を中心に有力な企業が多数入っており、その中で約6割の内装を弊社が受注するなど、高品質・高水準のプロジェクトで強みを発揮しています。

また、若手にも大きな裁量を与え、積極的に仕事を任せる文化があることも強みだと感じています。これにより人材の成長スピードが非常に速い。この「人材力」と「伝統の施工力・信頼性」の組み合わせが、私たちの競争力の源泉です。

ーーお客様とプロジェクトを進める上で、大切にされているスタンスや考え方について教えてください。

小田切潤:
私たちは、単に依頼された内装をデザインして施工するだけの「請負会社」であってはならない、と考えています。私たちが目指すのは、お客様のビジネスそのものを成功に導くパートナー、いわば「サクセスパートナー」であることです。これを実現するため、私は業界の常識に挑戦する必要があると考えています。

特にオフィス内装の業界では、大きな投資であるにもかかわらず、組織・人材戦略、もしくは経営哲学や戦略と連動したオフィスデザインへの落とし込みや投資対効果(ROI)の視点が欠けているのが大きな課題です。オフィスの内装費は会計上“投資”であるにもかかわらず、「この投資でどれだけのリターンがあるのか」を科学的に示そうとする会社はあまり聞いたことはありません。お客様のオーダー通り安くつくるのではなく、真のニーズを深く理解して「投資額は増えますが、これだけのリターンが見込めます」と付加価値で提案していく。これこそが真の「サクセスパートナー」の姿であり、私たちのビジネスチャンスだと考えています。

ーー具体的には、どのようにして実現されるのでしょうか。

小田切潤:
我々だけでは持てない専門性を持つ外部企業との提携を積極的に進めています。その一例が、世界最大級の人事コンサルティングファームであるマーサージャパン株式会社との提携です。彼らの知見やデータベースを活用し、人事・組織戦略からオフィスデザインに落とし込みをすることで、ワークスペースと組織・人材マネジメント、双方の視点からお客様の課題解決に直結する提案が可能になります。

また、コクヨ株式会社とは互いの強みを活かすためのグローバル戦略的業務提携を行っています。全国的なオフィス家具の販売網を持つコクヨと、総合的な内装を本業とする弊社が組むことで、日本国内だけでなくグローバル展開において大きな相乗効果が期待できます。

ーー人材育成や制度づくりについては、どのようにお考えですか。

小田切潤:
若手に仕事を任せて現場で成長を促す文化を大切にしながら、来年からは新しい人事戦略を導入する予定です。これは言語化すると普遍的な表現となりますが、社員の報酬水準と業績を連動させ透明化することで、社員のモチベーションと採用競争力を向上させ、それが会社の業績向上につながる、という好循環モデルを構築するための、いわば扇の要となる仕組みです。社員の成長が会社の成長に直結するビジネスモデルだからこそ、人材への投資は最優先で進めていきます。

1000億円企業へ「経営の基本の徹底」で描く未来

ーー貴社の「10年後のビジョン」をお聞かせいただけますか。

小田切潤:
10年後には業界トップを目指したい。具体的な数値目標として、現在の売上約300億円から、まずは1000億円の達成を掲げています。そのためにはこれまで実施していなかったM&Aも戦略的な手段として積極的に活用していきます。幸い、弊社には120億円ほどの資金があり、これを人材投資やDX投資、そしてM&Aに有効活用していく考えです。

ーー目標達成に向けた具体的な戦略の柱は何でしょうか。

小田切潤:
一言で言うなら、「経営の基本の徹底」に尽きます。つまり、伸びる分野を的確に見極め、そこに圧倒的なスピードでリソースを投入し、確実に獲得する。このサイクルを、他社には真似のできない速度で回し続ける。ただそれだけのことです。現在はオフィスとラグジュアリー分野が成長市場ですが、トレンドは常に変化します。その変化を的確に捉え、優秀な人材を投入し、一気にマーケットの面をとっていく。多くの会社がやるべき方向性はなんとなくわかっているにもかかわらず過去の成功体験から脱却できずにいますが、私たちは「アンラーニング」を徹底することで、これを可能にしていきたいと考えております。

ーー成長市場にリソースを投入されるとのことですが、海外市場も視野に入れていますか。

小田切潤:
海外も重要な成長ドライバーと位置づけています。現在、売上の15~20%を占める海外事業は、売上1000億円を達成した際には、そのうち300億円を稼げる体制にしたいと考えています。特に、ラグジュアリーブランドやホテルのようにグローバルで事業展開するお客様との関係を深め、日本での実績を海外拠点での事業展開につなげていったり、その逆も狙っていきます。成長スピードを上げるためには、自社での展開だけでなく、M&Aも有効な選択肢になります。

ーーこれからの船場を担う人材として、どのような方を求めていますか。

小田切潤:
自己変革、すなわち「アンラーニング」ができる人です。常に自分をアップデートし、成長し続けることを楽しいと思える人と一緒に働きたいですね。建築やインテリアが好きで、それに加えてブランディング、ビジネスや経営にも強い興味がある方なら、きっと活躍できるはずです。好きなことだからこそ、努力して自ら進化し続けることができる。そういった情熱を持った人の集まりでありたいと考えています。

ーー最後に、事業にかける意気込みと読者へのメッセージをお願いします。

小田切潤:
船場は上場企業という安定した基盤を持ちながら、スタートアップのようなスピード感と挑戦心で経営を行っています。何かを成し遂げたい、やる気のある方にとっては、非常に魅力的なプラットフォームだと自負しています。成果を出せば、報酬も上がります。私の経営テーマである「クリエイティブとビジネスの融合」に共感し、その両方を追求したいという方に、ぜひ仲間になっていただきたいです。

編集後記

広告代理店、総合商社、コンサルティングファーム。業界を軽やかに横断してきた小田切氏のキャリアは、常に「より本質的な価値創造へ」という探究心に貫かれている。その探究の末にたどり着いたのが、78年の歴史を持つ船場というプラットフォームだ。氏が掲げる「アンラーニング」は、過去の成功体験という最も捨てがたいものを手放す勇気を問う。伝統ある企業に、異色の経営者がもたらす化学反応は、まさにこれからが本番である。クリエイティブとビジネスの融合が空間づくりの常識をどう変えていくのか、その挑戦から目が離せない。

小田切潤/広告代理店でアパレル・ラグジュアリーブランド・コスメ等の担当後、ビジネススクールを成績優秀者で卒業。丸紅に入社しライフスタイル部門や財務部在籍中、ニューヨーク駐在中にM&A、経営企画・管理業務に従事。その後アクセンチュア戦略チームのプリンシパルディレクター、株式会社オンワードホールディングスの執行役員・戦略企画室長としてウィゴーの買収、同社取締役を兼務。24年11月から船場に参画。一早稲田大学大学院卒(MBA)、一橋大学大学院卒(MBA in Finance)、HEC Paris経営大学院卒(MSc)、ハーバードビジネススクールGlobal Strategic Management Program修了。