
三井化学グループの一員として、ファインケミカル事業の中核を担う三井化学ファイン株式会社。自社開発のオリジナルブランドと商社機能を併せ持つ「開発型の商社」という独自の立ち位置を確立している。2025年4月、このユニークな企業の舵取りを任されたのが、代表取締役 社長執行役員の田中久義氏である。三井化学時代に数々の事業再構築を手がけてきたプロフェッショナルであり、自ら社長就任を志願した同氏は、いかにして組織を高め、どのような未来を描くのか。その経営観とビジョンに迫った。
事業再構築で痛感した戦略の重要性
ーーまず、これまでのキャリアについてお聞かせください。
田中久義:
1986年に三井東圧化学(現三井化学)に入社して以来、一貫して営業畑を歩んできました。キャリアの大半は事業の整理や再生といった再構築案件が中心で、これまでに10を超えるプラント停止、事業撤退を行いました。当時の役員から「お前は“しんがり”だ」と言われたこともあります。一方、再構築を続ける中で私が常に感じていたのは「なぜこうなるまで放っておいたのか」ということです。過去を振り返れば、再生できる機会はあったにもかかわらず、一旦事業が儲からなくなると関心が薄れ、リソースも投入されなくなる。そうなると現場は疲弊するばかりです。これは戦略の不在が引き起こすのだと痛感しました。
ーー戦略の重要性を、特にどのようなご経験から痛感されたのですか。
田中久義:
プラントを閉鎖する際の「報恩式」です。その光景は忘れられません。式には事業に携わったOBの方々も来られ、涙を流されるのです。撤退の当事者として厳しい言葉も受け、みんなが悲しむ姿を目の当たりにしました。だからこそ、戦略不在でこのような状況を招いてはならないと、強く心に刻んだのです。この経験から、事業を正しい方向に導く戦略を描くことの重要性を学び、間違っていることにははっきりと意見を述べるようになりました。
ファインケミカル事業を牽引した事業部長・役員時代

ーーその後、事業部長としては、どのような改革を進められたのですか。
田中久義:
精密化学品事業部の事業部長になった当時、私が在籍した事業部は、関連性や技術シナジーのないさまざまな製品を扱っており、事業成長の方向を示すことができない状態でした。そこで私は、組織改正からわずか1年後にもかかわらず、役員に「この組織では成長戦略を描くことはできません。他の本部にある事業と統合し、中身を入れ替え、新たな事業部として再編すべきです」と進言したのです。幸いにも周囲の理解を得て、ファインケミカル事業を推進するための新たな組織をつくることができました。これは現在の構想の原点になります。
ーー社長就任の経緯についてもお聞かせください。
田中久義:
役員就任当時、ライフ&ヘルスケアソリューション事業本部の本部長として、担当事業の営業利益を5年間で4倍以上にするというミッションがありました。そのため、この極めて高い目標に近づくために業務上の障害を取り除き、頑張る社員を後押しする体制を構築するなど、事業の選択と集中を推進。その結果、在任中にM&Aや事業撤退を含めた構造改革を実現しました。残念ながら目標には届きませんでしたが、利益を倍以上に成長させることができました。また役員になったときから、次のキャリアは三井化学ファインへ行き、これまで培ってきた経験を活かし、同社の存在感を高めたいと考えていましたので、自ら志願し、社長に就任しました。
メーカーと商社の融合「開発型商社」という独自の強み
ーー改めて、三井化学ファインはどのような会社か教えていただけますか。
田中久義:
当社の事業は、大きく三つの柱で構成されています。一つ目は、自社で開発したオリジナルブランド製品の提供。二つ目は、三井化学の主力事業の基盤を支える役割。そして三つ目が、他社品を仕入れて販売する商社機能です。私たちが最も注力しているのは、収益性の高いオリジナルブランドを伸ばしていくことです。
ーー貴社で働くからこそ得られる経験や、事業の魅力は何でしょうか。
田中久義:
メーカーと商社の「いいとこ取り」ができる点です。自社製品を開発・販売するメーカー機能と、他社品を扱う商社機能の両方を持ち、さらに三井化学の技術も活用できます。このような「開発型の商社」は、日本では珍しい存在です。お客様から漠然とした相談を受けた際、当社の営業マンがそれを技術課題に変換し、解決策を提案できる。この提案力こそが私たちの大きな強みであり、他社にはない魅力だと考えています。
日本の化学産業の新たなモデルへ、描く壮大な未来図
ーー社長として、どのような会社の未来像を描いていますか。
田中久義:
国内では、優れた技術を持つ中小の化学メーカーや三井化学の関係会社と連携を深め、「ファインケミカルコンソーシアム」のようなものを形成したいですね。外資系企業が簡単には参入できないような、付加価値の高い事業を展開できれば、日本の新たなビジネスモデルになると確信しています。同時に海外展開も加速させ、現在の海外売上比率15%程度を将来的には50%まで高めていきたいです。5年後には事業規模を現在の3倍程度にまで拡大することを目指しています。
ーービジョンを実現するために、どのような人材を求めていますか。
田中久義:
求めるのは、指示を待たず自ら動ける人材です。積極的に行動し、その内容をチームで共有して、組織として事を成し遂げていける方を歓迎します。また、強い探究心と企画力も重要です。お客様の要望から「こうすれば実現できる」と自ら企画し、製品化まで導けるような意欲のある方に来ていただきたいと考えています。
編集後記
数々の事業再構築という難局を乗り越えてきた田中氏。その経験から導き出されたのは、明確な戦略と組織力の重要性という揺るぎない信念である。「ファインケミカルコンソーシアム」という壮大な構想を語る言葉には、日本の化学産業の未来を切り開こうとする強い意思が宿る。メーカーと商社の強みを融合させた独自のビジネスモデルを武器に、同氏が率いる三井化学ファインがこれからどのような飛躍を遂げるのか、その挑戦から目が離せない。

田中久義/1962年福岡県生まれ。関西学院大学卒。1986年、三井東圧化学株式会社(現三井化学株式会社)に入社。入社以来、営業一筋、主に基礎化学品事業の再構築に従事。2013年、精密化学品事業部の事業部長に就任。2021年、常務執行役員としてライフ&ヘルスケアソリューション事業本部の本部長に就任。2025年、三井化学役員退任後、現職に就任。