
少子高齢化による労働人口の減少が社会課題となる中、AI技術で現場のDXを推進する株式会社Opt Fit。フィットネスジムや介護施設に特化したAIカメラソリューションを提供し、無人・省人運営を低コストで実現することで急成長を遂げている。代表取締役CEOの渡邉昂希氏は、大学まで水泳一筋で社会人経験すらない状態からITの世界へ。一度は立ち上げた事業に「人の役に立っていない」という違和感を覚え、現在の事業へとピボットさせた。その挑戦を支える原動力に迫る。
水泳一筋の日々からITの世界へ、起業への道のり
ーーご自身の事業を立ち上げたいという思いは、以前からお持ちだったのでしょうか。
渡邉 昂希:
父親が飲食店を経営しており、自分で道を切り開く背中を見て育った影響は大きいと思います。いずれは自分でも何かをやりたいと、ごく自然に考えていたのです。ただ、大学卒業までずっと水泳漬けの毎日で、アルバイトすら禁止の寮生活だったため社会経験が全くなく、ビジネスの世界は右も左も分からない状態からのスタートでした。
ーーそこからIT業界へ進まれたのは、どのようなきっかけがあったのですか。
渡邉 昂希:
大学3年のときに出会った「メルカリ」が原体験です。アプリ一つでお金を得られる手軽さに衝撃を受け、人の役に立ち、喜んでもらえるようなサービスをつくりたいと強く思うようになりました。ご縁があってSaaSとWebメディアを手がけるITベンチャーに入社し、社会人としての第一歩を踏み出しましたが、早く成長し、より多くの経験を積みたいというもどかしさもありました。
「人の役に立つ」を求めた苦渋の事業転換換
ーー独立の第一歩はどのような事業だったのでしょうか。
渡邉 昂希:
社会人2年目のとき、自身のバックグラウンドを生かせるスイミング関連のWebメディアで起業しました。事業は順調で、1年で東海地方のスイミングスクールのうち半数から広告をいただけるまでになりました。しかし、その一方で「これは本当に人の役に立っているのだろうか」という、拭いきれない違和感が日に日に大きくなっていったのです。
ーー順調だったにもかかわらず、なぜ違和感を覚えたのでしょうか。
渡邉 昂希:
多くのスクールは集客ではなく、人手不足や運営の非効率さといった内部の課題に悩まされていたからです。広告を掲載しても、その本質的な課題は解決できない。このままでは意味がないと感じ、業界の本当の課題を解決できるソリューションは何か、と考え直しました。
そこで着目したのが、人の目に代わる「AIカメラ」によるプール監視の効率化です。しかし、「AIカメラ」の開発は思いのほか大変でした。3年ほど実証実験を繰り返しましたが、実用化には至らなかったのです。しかしその過程で、併設のフィットネスジムから「無人で運営できるようにしたい」という、より切実なニーズがあることに気づきました。この発見が大きな転機となり、現在のフィットネスジム向け、ソリューション開発へと大きく舵を切ることになったのです。
コロナ禍を追い風に急成長、業界特化が生む独自の強み

ーー事業が大きく前進した、ターニングポイントについてお聞かせください。
渡邉 昂希:
2020年秋、ある24時間ジム運営企業とのお取引が開始できたことが大きな転機でした。当時はコロナ禍で非接触や無人運営への関心が一気に高まり、まさに追い風が吹いていました。弊社が配信したプレスリリースへ多数のお問い合わせをいただいたことをきっかけに、事業は初期段階で一気に加速したのです。現在はフィットネスジムや介護施設を中心に、ソリューションを提供しています。AIの目を活用してローコストかつ少人数での効率的な運営を実現しています。
ーー貴社のソリューションが持つ、他社にはない強みとは何でしょうか。
渡邉 昂希:
特定の業界に特化し、現場の細かな要望をプロダクトに反映できる「伴走力」と、チェーン展開する企業様が導入しやすい「低コスト」の2点に集約されます。業界特有の共通課題を見つけ出し、汎用性を持たせた開発を行うことで、オーダーメイドに近い価値を低コストで提供できる。これが弊社の最大の強みだと考えています。
ーー介護業界にも進出されていますが、どのような経緯があったのでしょうか。
渡邉 昂希:
フィットネス業界と同様に多店舗展開が多く、かつ人手不足という課題がより深刻だったことが、参入の決め手となりました。社会貢献性が非常に高い領域だと感じたのです。もちろん、介護施設は居住空間でもあるため、ジム以上にプライバシーへの配慮が求められるなど特有の難しさはありましたが、現場の方々と対話を重ねながら一つひとつ乗り越えてきました。
少子高齢化社会を支えるインフラへ、IPOの先に見据える未来
ーー今後の事業展開について、どのような展望をお持ちですか。
渡邉 昂希:
まず目指すのは、フィットネスと介護の両市場でシェアを拡大し、弊社のソリューションを業界の「必需品」にすること。そして長期的には、少子高齢化による労働人口の減少という社会全体の課題に対し、AIカメラを軸として多様な業界を支える会社になりたいと考えています。そのための手段としてIPOも視野に入れており、より大きな事業を展開するための準備を進めているところです。
ーー長期的な目標達成に向けて、現在特に注力されていることは何ですか。
渡邉 昂希:
組織構造の改革です。属人化は組織のリスクですので、オペレーションは極力システム化し、人はよりクリエイティブな業務に集中できる体制をつくりたいですね。そうすることで生産性を高め、生まれた利益を社員に還元できるような、プロフェッショナルな人材が集まる魅力的な組織を目指しています。
「リビングデッドになるな」挑戦を続けるための哲学
ーー数々の困難を乗り越え、事業を成長させた秘訣は何でしょうか。
渡邉 昂希:
良くも悪くも、諦めが悪い性格なのかもしれません。「諦めなければ失敗はない」とよく言われますが、私自身も本当にその通りだと感じています。一人では何もできないと痛感したからこそ、周りを巻き込み、諦めずに進む力が身についたのでしょう。
ーー最後に、これから社会に出て挑戦する若者へ、メッセージをお願いします。
渡邉 昂希:
私は「リビングデッド(生ける屍)」にはならないよう、常に自分の心に素直に生きることを大切にしています。若さは何物にも代えがたい財産です。その1分1秒を無駄にせず、自分の心が向かう方向に時間を使ってほしいのです。この記事を読み、私たちの思いに共感して、一緒に社会課題の解決に取り組んでくれる仲間やパートナーが一人でも増えることを願っています。
編集後記
22歳まで水泳一筋で、社会経験が全くなかったという渡邉氏。そのキャリアの出発点から、常に「人の役に立ちたい」という純粋な思いを羅針盤に、事業の形を大胆に変え続けてきた。一度は順調だった事業に見切りをつけ、ゼロから新たな挑戦を始めたその決断力は、失敗を恐れず、自分の心に正直でありたいという強い意志に裏打ちされている。「リビングデッドになるな」という彼の言葉は、すべての挑戦者に深く響くメッセージではないか。同社の挑戦は、これからも多くの業界に希望の光を灯していくに違いない。

渡邉昂希/大学4年時に水泳競技を引退し、都内のITベンチャーに新卒入社。メディア事業やSaaS事業のバリューチェーンに幅広く従事。その経験を活かし、24歳で起業しフィットネス施設特化のメディア事業を展開し、1年で事業をスケールさせ、上場企業へ事業売却を実施。25歳で2社目の起業とともに株式会社Opt Fit代表取締役CEOに就任。