
1900年の創業以来、神戸の地で金属表面処理剤や電子材料などを製造・販売する化学メーカー石原ケミカル株式会社。「表面の機能を創造する」というコンセプトのもと、4つの多様な事業を展開し、ニッチな市場で確固たる地位を築いている。今回は、新卒入社から40年、営業を主軸にトップへ就任した藤本昭彦社長に話を聞いた。その原点から同社が目指す200年企業の未来像まで、軌跡と展望に迫る。
挑戦を止めない「失敗を糧に成長に繋げる」仕事への信念
ーー入社された経緯についてお聞かせください。
藤本昭彦:
学生時代からものづくりに興味があり、メーカーへの就職を志望していました。特に自動車が好きだったため、神戸近辺で自動車関連のメーカーを探していたところ、自動車用ワックスを製造している石原薬品(現・石原ケミカル)を見つけました。自宅の倉庫を確認すると、偶然にも弊社の「ユニコン」ブランドの製品を発見し、大変驚きました。この不思議な縁が入社を志す直接のきっかけです。
さらに、入社の決め手となったのは面接での出来事です。学生時代のアルバイト経験として、船の溶接時に発生する「スパッター」(※1)の除去作業をしていたと説明しました。すると、面接官だった当時の専務から「そのスパッターの付着防止剤を製造しているのが、うちの会社だ」と明かされ、話が大変盛り上がりました。さまざまな縁が重なり、入社を決意した次第です。
(※1)スパッター:溶接作業中に発生する小さな金属粒子や飛散物のこと。
ーー営業時代において、最も大切にされていたことは何ですか。
藤本昭彦:
自社製品に絶対の自信を持つことを前提に、お客様の評価を真摯に、そして深く聞くことです。もし製品の評価が芳しくなければ、「どこがだめなのですか?」と詳しくヒアリングすることを徹底していました。その情報を開発部門へ正確にフィードバックし、改良を重ねて再び提案する。このサイクルを回し、お客様のニーズに応える。それがメーカー営業の最も重要な使命だと考え、仕事に向き合っていました。そしてこの姿勢こそが、現在の弊社における強固な基盤となっていると確信しています。
ーー仕事をする上で大切にされている価値観はありますか。
藤本昭彦:
挑戦を続ける限り、本当の意味での「失敗」は存在しないと考えています。「失敗」とは、挑戦を途中で諦めてしまうから「失敗」で終わってしまうのだと思っています。私自身、瞬間的な失敗は数え切れないほどありますが、自分で考えて行動している限り、その原因は必ず突き止められます。「これが原因だったのなら、次はこう改善しよう」と次の一手を打てば、それはもう成功へのプロセスに変わります。
部門を繋ぎ事業を創る全社的視点への転換

ーーマーケティング部門ではどのような仕事をされていましたか。
藤本昭彦:
当時、弊社の5つの営業部門はそれぞれ独立しており、全社的な情報共有に課題がありました。そこで各部門を横串でつなぐ機能が必要だという話になりマーケティング部が設立され、初代マーケティング部長に就任。全部門の会議に参加して情報を集め、社内で共有する役割を担いました。その後は新規事業推進部へ異動し、5年間にわたり銅ナノインク技術の事業化に尽力しました。
これらの経験を通じて、一営業担当の視点から会社全体を俯瞰する視点を得られたことは、今振り返ると非常に大きな財産です。
ーー社長就任時の心境をお聞かせいただけますか。
藤本昭彦:
上場企業の経営者として、株主様をはじめ多くのステークホルダー(※2)に対する責任の重さを痛感しました。しかし、役職が変わったからといって私自身が変わるわけではありません。営業として40年間培ってきた「お客様の声を聞き、情報を集めて判断する」姿勢。この基本を貫くことこそ、自分の役割だと考えています。その軸をぶらさずに、会社の未来のために最善の判断を下していく覚悟です。
(※2)ステークホルダー:あらゆる利害関係者のこと。
人と会社の成長を促す経営理念「三つの開発」
ーー貴社の事業内容とその強みについて教えてください。
藤本昭彦:
弊社は「表面の機能を創造する」をコンセプトに、電子関連・自動車用品・工業薬品の3つの分野で4つの事業を展開しています。「金属表面処理剤及び機器等」「電子材料」「自動車用化学製品等」「工業薬品」の4事業です。
最大の強みは、徹底した「研究開発型企業」である点にあります。全従業員の3分の1が研究開発を担い、製品売上高の約10%を開発費に投じる体制を整えています。お客様のニーズに迅速に応え続けるための、いわば会社の心臓部です。
ーー貴社はどのような文化や考え方を大切にされていますか。
藤本昭彦:
「三つの開発」という経営理念が全社員に浸透しています。1つ目は「自己開発」。まずは自分自身を開発しなさい(成長させなさい)という考え方です。社員が自ら学び、知識やスキルを高めることを指します。自己開発によって成長した社員が、次に行うべきことが「商品開発」です。高めた能力を活かして、顧客に価値を提供する「商品」を開発します。そして、開発した商品を武器に新たな「市場開発」を実現する。この3つが連動することで、人と会社が共に成長できると考えています。
125年の歴史を礎にした200年企業への挑戦
ーー今後の展望についてお聞かせください。
藤本昭彦:
現在は4つの事業を展開していますが、これに続く「第5の柱」を5年以内に確立することを目指しています。既存の技術を周辺市場へ展開する視点を持ち、新たな価値創造に挑戦する計画です。今年で創業125年を迎えますが、目指すのはその先の200年企業。目まぐるしく変わる市場環境に迅速に対応しながら、長期的な視点で技術の種を蒔き続けることで、持続的な成長を実現したいと考えています。
ーー最後に、未来を担う若い世代へメッセージをお願いします。
藤本昭彦:
弊社では、入社1〜2年目の社員でも少数精鋭のプロジェクトに参画し、一人ひとりが、責任ある重要な仕事を任されます。だからこそ、自ら考えて自ら行動できる人材を求めています。
社名に「ケミカル」と付いていることで、学生、特に文系学生から「理系の会社だから自分には関係ない」と敬遠されがちです。しかし、化学は私たちの生活の身近なところに溢れています。例えば、石鹸やシャンプーなど、身の回りの洗浄剤はすべて化学製品です。そして、スマートフォンや家電製品は電子部品の塊であり、それら身近なエレクトロニクス分野の発展に当社の化学技術が大きく貢献しています。
営業や管理部門などでは文系出身者が活躍できる場が多くあるにもかかわらず、名前のイメージだけで選択肢から外されてしまうのはとても残念に思っています。私自身も文系出身です。ケミカルという名前に縛られず、少しでも興味を持っていただけたなら、ぜひ私たちのものづくりの世界を覗きに来てほしいですね。
編集後記
自動車が好きという純粋な好奇心から偶然たどり着いた会社で、藤本氏は40年間ひたすらに顧客の声に耳を傾け続けた。「失敗は存在しない」。その力強い言葉は、挑戦と改善を繰り返す企業のDNAそのものを体現している。従業員の3分の1が開発に従事する体制もその一つだ。顧客の「なぜ」に真摯に向き合い続けた結果、たどり着いた必然の形なのだろう。125年の歴史の上に立ち、200年という未来を見据える同社の挑戦から目が離せない。

藤本昭彦/1961年兵庫県生まれ。1985年大阪経済大学卒業後、石原薬品株式会社(現・石原ケミカル株式会社)入社。営業やマーケティングに従事。2024年に同社代表取締役社長に就任。