
海外の優秀なエンジニアの能力を核に、大企業がAIを基盤とした経営に変革することを支援するトランスエヌ株式会社。同社はAIの受託開発やコンサルティングを手がける一方、「中小企業向けAIプラットフォーム『N-Cube(エヌ キューブ)』」も展開している。同社を率いる代表取締役社長の那小川氏は、中国のスタートアップ業界で壮絶な起業を経験した人物だ。同氏はなぜ日本に戻り、再び起業の道を選んだのか。根底にある「日本にエンジニアリングカンパニーをつくる」という壮大な夢と情熱に迫る。
グローバルな視点が捉えた日本の課題
ーーこれまでのご経歴と、日本で起業された経緯をお聞かせください。
那小川:
大学院卒業後、外資系コンサルティングファームを経て、中国のスタートアップ業界で資金調達の専門家として活動しました。特に印象深いのは、社員第一号として参画した自動運転ベンチャー「Roadstar.ai(ロードスター・エーアイ)」という会社です。会社は急成長し評価額10億ドルに達しましたが、直後に創業メンバー間で深刻な意見の対立が発生し、最終的に会社が解散するという壮絶な結末を迎えました。
中国での10年間は密度の濃い経験でしたが、どこか「この事業は、私でなくてもできる」と、使命感を持てずにいました。しかし、日本に戻り、中国の最先端のテック業界で得た技術的知見と壮絶な経験を改めて振り返りました。その時、文系が優遇される日本の社会構造を変革し、技術者が輝く場を創出することこそが、グローバルな経験を持つ私にしか成し遂げられない人生の使命だと感じ、日本に戻ってきたのです。
ーー貴社の事業を通じて、何を成し遂げたいとお考えですか。
那小川:
私が本当にやりたいのは、「日本にエンジニアリングカンパニーをつくる」ことです。なぜなら、日本には、技術者が憧れ、優秀な理系人材が集まる「テックの象徴」となるような会社が圧倒的に不足しているからです。
日本に戻ってみると、社会構造が十数年前と変わらず文系優遇であることに気づきました。アメリカや中国ではテック企業が最も人気で優秀な人材が集まるのに、日本で就職先はいまだに商社やコンサルティングファームが人気で、優秀な理系人材は給与の高い外資系に流れてしまう。この構造を変えない限り、日本の技術力は向上しません。
尊敬する「華為技術(ファーウェイ)」のように、優秀なエンジニアが能力を発揮し、どのような課題でも解決できる技術者集団をつくりたい。日本の社会に足りないエンジニアリングの専門知識そのものを根付かせたいのです。
優秀な技術者集団と独自製品の二本柱

ーー貴社の事業内容と強みについてお聞かせいただけますか。
那小川:
大企業のAIを基盤とした経営に変革することを支援するため、AI開発やコンサルティングを主な事業としています。最大の強みは、私が中国から招聘したCTOをはじめとする、優秀なエンジニアの能力を日本で発揮できる点です。彼らは日本語能力を問わず、高い技術力を持つ人材が活躍できる海外のスタートアップのような環境があります。プレシードラウンド(※)での1.55億円の資金調達も、事業内容以上にこの「チーム」のポテンシャルを評価いただいた結果だと考えています。
(※)プレシードラウンド:スタートアップ企業が事業立ち上げ直後に行う最初期の資金調達段階。

ーー現在どのような事業を展開されているのでしょうか。
那小川:
まずは当社の事業の柱を確立するため、大企業向けの受託開発事業と並行し、「中小企業向けAIプラットフォーム『N-Cube(エヌ キューブ)』」を開発・販売しています。これは、データをクラウドに送らずローカル環境で処理できるのが最大の特徴で、セキュリティを重視する企業のニーズに応える製品です。手頃な価格でAI導入を可能にし、お客様の業務に合わせたカスタマイズもできます。日本のAI活用を幅広く支援し、事業の柱を育てていきます。
3段階の成長戦略で見据える未来

ーー今後の目標と、それを実現するための人材戦略についてお聞かせください。
那小川:
弊社の成長には3段階のゴールを掲げています。社内では、これを「レベル1(受託開発の成長)」「レベル2(自社製品のヒット)」「レベル3(日本にない事業の創造)」と呼んでいます。特に、それぞれのレベルに到達するためのアプローチは大きく異なります。
まず、レベル1は、受託開発で会社の土台を固める段階であり、正常に事業を遂行できる状態を指します。次に、レベル2は、多くの方がイメージする通り、自社製品をヒットさせ、事業を成長させる段階です。
そして最も挑戦的なのがレベル3、つまり「日本にない事業の創造」です。レベル3は、私たちが目指す「エンジニアリングカンパニー」としての存在意義を問うものであり、日本を含めて世界中からGAFAやBATに合格できる大量の優秀なAIエンジニアで組織を作って、大きな事業創造を意味します。この挑戦を達成するには、大きな資金調達が前提となり、市場のニーズを待たずに先に優秀な人材を確保し、チームを拡大する必要があると考えています。
まずは3年後、レベル1とレベル2の達成を目指し、社員数20〜30名、売上高5億円規模を目指します。特にエンジニア採用では、日本語能力を必須としないため、優秀な人材を確保できるのが大きな強みです。会社の成長に合わせ、国籍を問わず世界中から最高の仲間を集めていきたいと考えています。
編集後記
中国のスタートアップ業界で壮絶な経験を重ねた那氏。その言葉から伝わるのは、単なる事業成功への渇望ではない。日本の社会構造を変革し、技術者が真に輝ける「エンジニアリングカンパニー」をつくるという、燃えるような使命感であった。グローバルな視点と冷静な戦略、そして日本への深い愛情を併せ持つ同社は、日本のAI業界に新たな風を吹き込むに違いない。

那小川/東京大学大学院情報理工学系研究科で修士号を取得。新卒で外資系戦略コンサルティングファーム、株式会社ローランド・ベルガーに入社し、わずか2年でコンサルタントに昇進する。その後、活躍の場を中国に移し、ChinaRenaissanceなどで戦略コンサルティングやベンチャー投資を経験。特に、中国のスタートアップ業界では、自動運転ベンチャーであるRoadstar.aiとCorage.aiの2社で共同設立メンバーや戦略責任者を務め、急成長するハイテク企業の最前線で壮絶な起業経験を積む。2023年、日本にてトランスエヌ株式会社を創業し、代表取締役CEOに就任。現在は、中国で培った最先端の技術的知見を活かし、日本企業向けの生成AI開発やコンサルティング事業を展開している。