※本ページ内の情報は2025年12月時点のものです。

高齢化が進む中、歩行に不安を抱える方が増え、外出機会が制限されることは、社会全体の大きな課題だ。免許返納をきっかけに移動の選択肢が減り、体力の衰えを感じることで外出を控えてしまうことは、誰もが直面し得る問題である。WHILL社は、デザインとテクノロジーを融合した近距離モビリティ「WHILL(ウィル)」とサービスで、この課題に挑んでいる。一人の車椅子ユーザーの声から始まった挑戦は、今や社会インフラの構築へと進化した。近距離移動のプラットフォームを掲げ、年齢や障害の有無に関わらず、誰もが楽しくスマートに移動できる世界を目指す、杉江理氏に話を聞いた。

車椅子の固定観念を変えるデザインとテクノロジーの融合

ーー創業のきっかけとなったエピソードについてお聞かせください。

杉江理:
創業の原点は、ある車椅子ユーザーの方が口にした「100m先のコンビニに行くのをあきらめる」という言葉でした。その理由を掘り下げると、2つの壁がありました。一つは、段差などの物理的なハードル。もう一つは、車椅子に乗っている姿を見られたくないという心理的なハードルです。当時の車椅子は機能的でも、乗り手がワクワクするようなデザインではありませんでした。

そこで私たちは、週末に集まるエンジニアやデザイナーの仲間とともに開発を始めました。彼も含め、誰もが乗りたくなるような、かっこいいモビリティをつくろうと考えたのです。完成したプロトタイプには想像以上の反響が寄せられ、さらに、製品化を待ち望む車椅子ユーザーの切実な声に背中を押され、起業を決意しました。

ーー当初から現在のような事業展開を想定されていたのでしょうか。

杉江理:
当初は、世の中の固定観念を変えるようなプロダクトをつくりたいという思いが強く、エンジニア集団としてスタートしました。しかし、事業を進める中で、ハードウェアをつくるだけでは解決できない課題も見えてきたのです。

現在は近距離移動に関するソリューションを提供する会社として、2つの事業を柱にしています。一つ目は、シンプルに機体をつくって販売する事業。二つ目は、空港や病院などの施設でウィルを一時利用してもらうサービス事業。そして両事業における「安心」を支えているのが、保険や修理などの付帯サービス事業です。これらを組み合わせることで、単に移動手段を提供するだけではなく、いつまでも安心して移動し続けられる環境そのものを提供しています。

世界共通ブランドによるグローバル展開の加速

ーー競合他社と比較した際の、貴社の最大の強みは何でしょうか。

杉江理:
ハードウェアとソフトウェアの両方を自社開発し、サービスと販売の両輪で事業を展開している点が最大の強みです。

2012年の創業当時は、革新的なモビリティをつくって販売するというシンプルなモデルでした。しかし、2018年以降はサービス領域へ大きく舵を切っています。歴史を振り返れば、ハードウェア単体で勝負するビジネスは、いずれ価格競争に巻き込まれてしまうからです。

世の中では、Appleがハードとソフトを融合させたエコシステムで成功した事例があります。私たちも同様に、機体の開発だけではなく、制御するソフトウェア、保険やロードサービスといった付帯サービスまでをワンストップで提供しています。これにより、他社が容易に模倣できない価値を生み出しているのです。

ーー積極的に進められているグローバル展開について詳しくうかがえますか。

杉江理:
現在は世界約30の国と地域で事業を展開しており、特に北米市場が売上の大きな割合を占めています。私たちの製品は、国によって仕様に多少の違いはありますが、主要なシステムやハードウェアは共通化しており、各国の要件に合わせた仕様変更にも容易に対応できるよう、プロダクトやサービスは当初からグローバルを意識して設計しています。Appleのように、世界共通の価値を提供できる存在を目指し、グローバル共通のWHILLブランドで展開しています。

移動の課題は日本特有のものではなく、世界共通の普遍的な課題です。世界中のどこにいても、ウィルがあれば同じように快適に移動ができる。そんな社会を目指して、各国のパートナー企業と連携しながら販売網とサービス網を広げています。

移動手段を超えた社会インフラへの進化

ーー現在掲げられているビジョンがあればぜひお聞かせください。

杉江理:
私たちは、誰もが近距離移動に困らない世界を実現するために、4つの段階的なフェーズを設定しています。フェーズ1は、自宅周辺の2km圏内を自由に移動するための機体販売でした。

そして現在注力しているのがフェーズ2である、移動先でのサービス提供です。これは、利用者が訪れた目的地に、ウィルをあらかじめ配備しておく取り組みです。アミューズメントパークや病院などの施設内で、誰もが気軽にウィルを借り、自由に移動できる環境づくりを進めています。WHILL自動運転サービスを提供する空港では、お客様がスタッフの介助なしで搭乗ゲートまで移動できる仕組みを構築しました。

ーーその先のフェーズではどのような世界を描いているのでしょうか。

杉江理:
フェーズ3はインフラ統合、そしてフェーズ4は私たちがお出かけや旅などの移動をシームレスにつなぐサービスを提供する、トラベルエージェントになるという構想です。フェーズ3では、電車や飛行機といった既存の交通インフラとウィルがシステムでつながります。たとえば、駅の改札に近づけば自動で連携し、駅員さんを呼ばなくてもスムーズに乗車できるような世界です。

そして集大成となるフェーズ4では、全行程を私たちがプロデュースします。家を出てから目的地で楽しみ、帰宅するまでです。歩行領域の移動がハードルとなり旅行を諦めていた方もいるでしょう。しかし、WHILL社のプラットフォームを使えば、年齢や身体の状態にかかわらず、誰もが自由に旅を楽しめるようになります。

ーー貴社の提供する「WHILL OS」とは、どのようなものなのか教えてください。

杉江理:
「WHILL OS」は、あらゆるインフラやサービスとウィルをつなぐための共通基盤です。これがあることで、たとえば航空会社の運航情報とリアルタイムに連携が可能になります。搭乗口の変更があれば、自動運転モデルのウィルが新しいゲートへ案内するといったこともできるでしょう。私たちは単なるメーカーではなく、移動の自由を支える社会インフラの一部になりたいと考えています。

電動車椅子に対する、ネガティブなイメージを払拭したい。そして、誰もがあたりまえに近距離移動できる社会をつくるために、これからもテクノロジーとサービスの革新を続けていきます。

編集後記

移動とは、単に場所を変えることではない。自らの意志で社会と関わり、人生を切り拓くための根源的な欲求だ。同社は高度なテクノロジーと洗練されたデザインの力で、すべての人が近距離移動を享受できる社会を創ろうとしている。移動の概念を刷新し、社会インフラさえも再構築しようとする同社の挑戦。それは、私たちの未来をより豊かで寛容なものへと変えていくだろう。世界を一変させる革新企業の情熱に、今後も期待を寄せたい。

杉江理/1982年静岡県生まれ。立命館大学卒業後、日産自動車株式会社に入社。開発本部に配属される。退社後は中国へ渡り、南京で日本語教師を1年間務める。その後2年間、世界各地を回る。帰国後、車椅子ユーザーとの出会いをきっかけに「WHILL project」を始動。2012年にWHILL,Inc.(現・WHILL株式会社)を設立し、最高経営責任者(CEO)に就任。