
関西の音楽カルチャーを牽引し続けるラジオ局、株式会社FM802。若者向けの「FM802」と大人世代向けの「FM COCOLO」という2つのラジオ局を運営する日本唯一の放送局として、幅広いリスナーから支持を集めている。また、日本屈指の音楽イベント数を誇るラジオ局として、リスナーにリアルな感動を届けてきた。
広告代理店の激しい競争を勝ち抜き、長年の熱心なリスナーでもあった奥井宏氏が、自身の「もっと面白いラジオ局にできるはずだ」という思いを胸にFM802へ転職したのは、今から30年以上も前のこと。そして、コロナ禍の2020年に代表取締役社長へ就任した。逆境からのスタートを乗り越え、ラジオの枠組みにとらわれない新たな挑戦を見据える奥井氏に、その軌跡と展望について話を聞いた。
リスナーから作り手へ 広告代理店からFM802への転身
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
奥井宏:
大学時代はラグビーに打ち込み、卒業後は元々興味があった広告業界に飛び込みました。入社したのは、“馬の目を抜く”と言われるほど競争の激しい中堅の広告代理店でした。大手とどう戦うか、その戦略を仲間と考えるのは大変でしたが、非常に面白かったです。8年ほど勤務し、30歳になる頃には責任ある立場も任され、仕事の面白さが最高潮に達していた充実した時期でした。
ーー充実した日々を送る一方で、当時、仕事以外に夢中になっていたことはありましたか?
奥井宏:
仕事と同じくらい熱中していたのが、開局したばかりのFM802でした。当時のラジオは曲を途中までしかオンエアしないのが当たり前の中、全曲をフルでオンエアするスタイルは衝撃的で、一人のリスナーとして夢中で聴いていました。そんな中、前職の仕事でFM802に番組を提案したことからご縁が生まれ、当時の幹部から「作り手にならないか」と声がかかったのです。リスナーとして抱いていた「もっと面白いラジオ局にできるはずだ」という思いを実現したいと考え、キャリアチェンジを決意しました。
ーー転職後、ラジオ局ならではの仕事の面白さや、新たに発見した魅力についてお聞かせください。
奥井宏:
広告代理店の仕事は、特定のクライアントと深く長く付き合う面白さがありました。一方、ラジオ局の営業は、さまざまなスポンサーと広く関わります。提案するのはラジオだけですが、多種多様な企業と仕事ができることに、また違う面白さを感じました。入社当時はFM802の勢いがすごい時期で、その中で自分の存在価値をどう示すかという挑戦も含め、非常に刺激的で充実していました。
日本一のイベント数を誇るラジオ局 失敗から学ぶ「継続する力」

ーー貴社のイベント事業における特徴をお聞かせください。
奥井宏:
私たちは、おそらく日本で最も多くイベントを手がけているラジオ局です。自社主催のものから名義協力まで含めると、年間1000本ほどのイベントに関わっています。中でも大規模なものの一つが、若手アーティストが集う「MINAMI WHEEL」です。これは、アメリカのイベント「サウス・バイ・サウスウエスト」を参考に、番組プロデューサーが“日本でもやりたい”と企画したものです。私がスポンサーを見つけてきて開催にこぎつけたのですが、実は1回目は告知不足もあって、成功とは言いがたい結果に終わりました。
ーーその結果を受け、社内でどのような議論があったのでしょうか。
奥井宏:
1度目の失敗を受け、社内では「このまま中止すべきだ」という意見も当然ありました。しかし、経営陣や現場のプロデューサーたちと議論を重ねる中で、「一度の失敗で諦めるのは我々のスタイルではない。このイベントの火を消してはならない」という結論に至り、会社として継続を決断したのです。
そこからは、課題の洗い出しと改善に集中しました。まず、最大の課題であった「告知不足」を、自分たちのメディアであるラジオの力を最大限に活用して徹底的に改善。数ヶ月前から大々的にプロモーションを展開し、出演アーティストの特集番組を組むなどして、イベントへの熱量を高めていきました。
もちろん、参加者の声を元に会場の導線やタイムテーブルも見直すなど、体験価値の向上にも努めました。そうした地道な改善を2年、3年と続けるうちに口コミで評判が広がり、業界でも注目される名物イベントへと成長していったのです。
2波経営と音楽特化 逆風の中で輝くFM802独自の強み
ーー昨今、ラジオ業界が厳しい状況にある中、貴社の強みは何でしょうか。
奥井宏:
広告費がネットに移行し、ラジオ業界全体が厳しい状況にあるのは事実です。その中で私たちの最大の強みは、“音楽では絶対に負けない”と言い切れるほど音楽に特化していること、そして全国で唯一、若者向けと大人向けという2つの周波数(2波)を経営していることです。若者向けの「FM802」と、カルチャーやアートにも焦点を当てる大人世代向けの「FM COCOLO」でターゲットを明確に分け、幅広いリスナーにアプローチできています。この2つの強みが、他局との大きな差別化につながっています。
ーー業界全体の未来についてはどのようにお考えですか?
奥井宏:
ラジオ業界が未来に向けて発展するためには、「協調」と「競争」の戦略的な使い分けが不可欠だと考えています。私が所属する民放連のラジオ委員会でも議論していますが、例えば各局が持つ音楽ライブラリをクラウドで共有するなど、インフラ面で各社が消耗戦を繰り広げる必要はありません。こうした“協調領域”では手を取り合ってコストを最適化すべきです。その一方で、番組内容といったリスナーに届けるコンテンツ、つまり“競争領域”では、各局が徹底的に切磋琢磨し、魅力的な放送を追求する。このように賢く連携することで、業界全体が活性化し、未来を切り拓いていけると信じています。
コロナ禍における社長就任と未来への挑戦 ラジオの枠を超えたソリューション企業へ
ーー社長に就任された経緯と、当時の心境をお聞かせください。
奥井宏:
社長就任の打診を受けたときは、「自分ではない」というのが正直な気持ちでした。誰かを支える参謀役が性に合っていると思っていたのです。そして、いざ社長になった2020年6月は、まさにコロナ禍でエンターテインメント業界が止まっていた時期でした。私たちが強みとしてきたイベントは全て中止になり、社長1年目はいきなり大幅な赤字からのスタート。先が見えない中で、本当にしんどい3年間でした。
ーーその厳しい状況を、どのように乗り越えたのでしょうか。
奥井宏:
売上が激減する中、コストカット、特に制作費や人件費の削減も選択肢の一つでした。しかし、私は社員のモチベーションを下げないことを最優先しました。幸いにも内部留保があったため、今は耐えるときだと考えたのです。その状況でも、DJたちは危険を顧みず毎日スタジオに通い、リスナーに寄り添う放送を続けてくれました。不安なニュースが多い中、「ラジオがあって良かった」という声がたくさん届き、ラジオというメディアの価値を再認識する機会にもなりました。
ーー今後の事業展開について、どのような展望をお持ちですか。
奥井宏:
ラジオという枠の中だけでビジネスをしていては、未来はありません。私たちの強みである音楽を軸に、エリアを超えた事業を展開したいと考えています。たとえば、関西以外の地域でのイベント制作や、DJのマネジメント会社の設立なども考えられます。重要なのは、既存のラジオ広告の提案だけでなく、クライアントが本当に解決したい課題は何かを見極め、音楽やアートといった私たちの武器を使ってソリューションを提案していくことです。相手に足りないものを私たちが埋めるという発想で、ビジネスの領域を広げていきたい。そのために、失敗を恐れずに新しいことに挑戦できる企業風土をつくっていきます。
編集後記
広告代理店の営業からラジオ局へ。そして、コロナ禍という未曾有の危機の中で経営の舵取りを託された奥井氏。その言葉の端々から感じられたのは、変化を恐れず、むしろ楽しむかのような力強く、しなやかな姿勢であった。ラジオというメディアへの深い愛情を根底に持ちながらも、その枠に固執することなく“音楽の力”を信じ、新たなビジネスへと果敢に挑む。厳しい時代だからこそ、同社が届ける音楽とメッセージは、多くの人々の心を照らす希望の光となるに違いない。そしてその光が次に何を照らし出すのか、同社の挑戦から目が離せない。

奥井宏/1960年大阪市生まれ。関西学院大学文学部卒業後、株式会社萬年社を経て、1993年株式会社FM802入社。「春のACCESS!キャンペーン」、「REQUESTAGE」、「MINAMI WHEEL」の立ち上げにスポンサー営業として携わる。2020年6月に代表取締役社長に就任。