
千葉県を拠点に、総合リフォーム工事を展開する株式会社ネクストパートナー。圧倒的な行動力と緻密な戦略を武器に、クライアントの課題解決と自社の成長を同時に実現している企業だ。「仕事は大切な人を守るための手段」と言い切るのは、代表取締役社長の田中礼央氏。一度は道を踏み外しかけた青年が、ある出来事を境に一念発起し、バイクでの日本一周を経て、起業家へと転身した。その波乱万丈な半生と、事業にかける並々ならぬ情熱、そして、若い人たちへ向ける思いについて話を聞いた。
母の涙で誓った決意 バイク日本一周で掴んだ起業への道
ーーキャリアの原点となる、起業を志したきっかけについてお聞かせいただけますか。
田中礼央:
バスケットボール選手を夢見て毎朝4時から練習に励む日々でしたが、小学6年生のときに家庭の経済状況が悪化し、借金取りが来る環境へと一変しました。大好きだった家族の変化を受け入れられず、強い反発心から不登校となり、生活も荒れて遊び歩いていました。
転機が訪れたのは、久しぶりに帰宅したある日のこと。母が泣きながら、アルバムに貼られた私たち兄弟の顔写真をナイフで削る姿を目にしたことです。雷に打たれたような衝撃を受け、気丈な母を一番追い詰めていたのは自分だったと痛感しました。その時、「これからは自分が家族を守る」と心に決め、いつか母に家をプレゼントすることを誓いました。その決意が、私の人生における本当のスタートでした。
ーーそこからどのようにして「起業」という目標に向かったのでしょうか。
田中礼央:
決意したものの、当時20歳そこそこの私には知識も資金もありません。「社長になるしかない」という単純な発想でしたが、身近に経営者の知り合いは皆無でした。そこで「とにかく動こう」と、バイクで日本一周の旅に出ます。免許を取得した翌日にバイクを購入し、すぐに出発しました。旅の間は、ホワイトボードで出会いを求めたり、野宿をしたりと必死な日々でした。やがて資金が尽き、北海道の牧場で住み込みの仕事をすることになります。朝2時からの搾乳は過酷でしたが、そこで出会った経営者に「やりたいことがあるなら、事業をやるしかない」と諭されました。その言葉で迷いは消え去り、旅の途中でしたが即座に千葉へ戻り、事業への一歩を踏み出したという経緯です。

新聞拡張員で掴んだ営業の極意 「型」の徹底が成果を生む
ーー千葉に戻ってからは、どのような事業に取り組まれたのでしょうか。
田中礼央:
最初は元手がかからない軽貨物の運送業を、個人事業として開始しました。「どうすれば一番になれるか」を常に考え、階段の上り方や筋肉の使い方まで研究して、効率化を追求する日々でした。その結果、通常のドライバーの数倍の配送量をこなし、プレイヤーとしてトップの成績を出すことができました。しかし、「母に家を建てる」という目標を達成するには、さらに大きな資金が必要となります。そこで、より稼げる仕事を求めて新聞拡張員の世界に飛び込みました。完全歩合制の厳しい環境でしたが、入社初日に「絶対に1位になります」と皆の前で宣言しました。あえて自分を追い込み、やらざるを得ない状況をつくることで覚悟を決めました。
ーー未経験からトップの成績を収めるために、どのような工夫をされたのでしょうか。
田中礼央:
私が徹底したのは「我流を捨てること」です。売れている先輩に同行し、そのトークや立ち居振る舞いをすべてコピーしました。顧客のタイプを分析し、どの層にはどのようなアプローチが響くのかを体系化して「型」を作りました。たとえば、他紙を購読している人、全く新聞を読んでいない人、それぞれで断り文句も興味のポイントも異なります。それら一つひとつに対する返しをプロセスとして確立していきました。営業はセンスだと思われがちですが、再現性のある「型」にはめることができれば、誰でも成果を出せます。その結果、宣言通り、社内でトップの成績を収め、年収1,000万円を達成することができました。この経験が、現在のネクストパートナーにおける営業教育の基盤になっています。
借金完済から売上高10億円へ 営業力で人生を切り拓く組織づくり

ーー法人化に至るまでの経緯と、貴社の事業の強みについてお聞かせください。
田中礼央:
新聞拡張員として実績を作った後、一度は信頼していた人にだまされて多額の借金を背負うなど、苦しい時期もありました。しかし、再び営業の世界で泥臭く働き続け、借金を完済して立ち上がりました。その後、知人の人材会社内で営業代行事業を立ち上げ、そこで実績を構築したメンバーと共に独立する形で、株式会社ネクストパートナーを設立したのです。
弊社の強みは、やはり「営業力」と「行動力」にあります。商材が何であろうと、売る力さえあればどのような環境でも生き残っていけるはずです。現在は総合リフォーム業が主力ですが、何よりもお客様との信頼関係を築くことを重視しています。私自身が現場で培ってきたノウハウを惜しみなく伝え、未経験の若手でも短期間で活躍できる教育体制を整えました。
ーー組織づくりにおいて大切にされている価値観や、求めている人物像について教えてください。
田中礼央:
私が社員に常に伝えているのは、「仕事は大切な人を守るための手段である」ということです。私自身、母を助けたいという思いが原動力でした。家族や恋人、自分自身など、守りたいもののために稼ぐ。そのために仕事があると考えています。だからこそ、社員にはプライベートも大切にしてほしいし、しっかり稼いで人生を豊かにしてほしいと願っています。
求める人物像はシンプルで、「素直で、稼ぎたいという意欲があり、人柄が良いこと」です。能力や経験は後からついてきます。それよりも、仲間を大切にし、目標に向かって愚直に行動できる素直さがあるかどうかが重要です。弊社には、学歴や経歴に関係なく、やる気次第で人生を変えられる環境があります。かつての私のように、誰でもどん底からでも這い上がれることを証明するためにも、そのような若者を全力で応援したいと思っています。
ーー最後に、これから実現したい目標についてお聞かせいただけますか。
田中礼央:
まずは2028年までに売上高10億円を達成することを目標としています。今までは営業代行事業が柱でしたが、今は総合リフォーム工事や不動産事業など、ストック型の収益が見込める事業に注力しています。会社としての規模拡大はもちろんですが、何より社員一人ひとりが「この会社に入ってよかった」と思ってもらえるように、経済的にも精神的にも豊かな組織を作っていきたいです。
編集後記
「母に家を建てる」。その純粋で強い思いが、田中社長の並外れた行動力の根源にあった。少年時代の苦い記憶を自らの力で希望へと変えた彼の生き様は、現代の若者たちに「人はいつからでも変われる」という勇気を与えるだろう。インタビュー中、何度も「まずは行動」「やるしかない」という言葉が飛び出した。論理的な戦略の裏では、常に熱い情熱が脈打っている。株式会社ネクストパートナーは、関わる人々の人生を好転させる「道場」のような場所なのかもしれない。今後のさらなる飛躍に注目したい。

田中礼央/1992年千葉県生まれ。高校中退後、通信制高校に通い建設業の現場に従事。母親に家を建てることを目標に大型バイクで日本一周を経験。旅の途中、北海道の牧場で働き、出会った経営者の助言を受け起業を決意。帰郷後、株式会社ネクストパートナーを設立。営業代行会社として大手インフラ商材で全国1位の実績を上げる。その後、リフォーム業へ参入し、初年度で売上高1億円超を達成。「建物に関する悩みを全て解決する総合建築会社」としてリフォーム時代を牽引している。