※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

Jリーグに所属し、30年以上の歴史を誇る名門サッカークラブ、ガンバ大阪。その経営の舵を取るのが、代表取締役を務める水谷尚人氏だ。2002年の日韓ワールドカップでの経験を原点に、「身をさらして勝負する」覚悟を胸に起業し、その後、ガンバ大阪の代表取締役に就任した人物だ。性急な変革ではなく、クラブに根付く一人ひとりのマインドセットに語りかけ、「もっと勝ちにこだわろう」という熱量を組織全体に浸透させようとしている。本記事では、水谷氏が描くクラブの未来像、そして「クラブはファミリー」と語る組織への深い思いに迫る。

「身をさらして勝負する」覚悟を決めた原体験

ーー現職に就かれるまでの経歴について教えてください。

水谷尚人:
早稲田大学を卒業後、株式会社リクルートに入社し、1992年に公益財団法人日本サッカー協会に転職しました。その後、1996年から2002年まではFIFAワールドカップ日本組織委員会に出向。そして2002年に株式会社SEA、2003年にはスポーツマーケティングを手がける株式会社SEA Globalを設立し、代表取締役に就任しました。

起業後、2002年からは湘南ベルマーレの強化部長、取締役、代表取締役社長も務めました。

ーー起業を決意するきっかけとなった出来事についてお聞かせいただけますか。

水谷尚人:
2002年の日韓ワールドカップに携わったことが、大きな転機となりました。当時、私はチケット業務を担当しました。ワールドカップのチケット販売は調整が難しい場面が多く、共同開催ということでより難しい仕事になりました。FIFA、韓国の組織委員会、チケットエージェントとの間で、何度も、10時間を超える会議を重ねる日々が続きました。

そしてある交渉で敗れた帰りの機内、ふと思ったのです。自分は交渉に負けても会社から給料がもらえます。しかし、一族で事業を営んでいる海外の業者は、この交渉の勝ち負けが生活に直結します。だからこそ、たとえば噓をついてまで自分の意思を強く貫こうとする。その姿に、強烈な覚悟を感じたのです。その経験から、自分も彼らのように「身をさらして勝負する」生き方をしなければと強く思い、起業を決意しました。そんな奴が増えた方がいいかなと。

ーーご自身の価値観に影響を与えた人物についてお聞かせいただけますか。

水谷尚人:
日本サッカー協会の第8代会長、長沼健氏の姿勢からは他社のために考え行動するという、人として大切なことを学びました。たとえばワールドカップの開催地が、当初の15カ所から10カ所に削減されることになった際、長沼さんは落選した5つの自治体の首長の元へ、一人で謝罪に回りました。その真摯な姿勢に、深く感銘を受けました。

また、湘南ベルマーレの仕事を手伝うようになってからは、三代続く会社の社長と、自ら事業を始めた会社の社長という、対照的なお二方と出会いました。代々続く家業を背負う人の振る舞いと、ゼロから道を切り拓いてきた人の生き方。その両方に触れたことで、多様な生き方や価値観があるのだと感じ、視野が大きく広がりました。

組織の本質を宿す仕事の細部への意識

ーー代表取締役に就任された経緯を教えていただけますか。

水谷尚人:
Jリーグで2年間仕事をする中で、やはり自分は現場にいたいという思いが強くなりました。勝った負けたという、結果がわかりやすく出る世界に身を置く方が、自分の性に合っていると感じていたのです。そんな折、ガンバ大阪の社長就任のお話をいただき、その思いを当時のチェアマンにもご理解を得て、クラブの社長を務めることとなりました。

ーー就任後、組織に対してどのようなアプローチをされましたか。

水谷尚人:
社長が変わったからといって、いきなり「変革してやる」と意気込むのは違うと考えていました。中身をよく知らないのに、何を変革するのか、という話になりますから。そこで、私が最初にしたのはアカデミー、普及のコーチも含めた社員全員との1on1、グループごとに懇親会を開催してコミュニケーションを図ること、そして「もっと勝ちにこだわってもいいのではないか」というメッセージを発信し続けることでした。選手だけでなく、クラブを支える全てのスタッフの仕事が勝利につながっている。その意識を組織全体で共有することが重要だと考えたのです。たとえば、営業担当のスタッフが「この案件が勝利につながる」と考えているか。そういったところにこそ、強い組織の本質が宿ると思っています。

感謝が循環するファミリーのような組織づくり

ーー社員の方々にはどのように向き合っていますか。

水谷尚人:
私が大切にしているのは、トップが自分をさらけ出す姿勢を見せ続けることです。そして、社員には答えを示すことはしません。たとえば、経費精算の間違いを指摘する仕事が、どう勝利につながるのか。その答えは一つではありません。しかし、その時間を短縮できれば、もっとサッカーに時間を割けるかもしれない。そうやって、それぞれの立場でどうあるべきかを考えてもらうことが、組織の成長にとって最も重要だと考えています。人が集まっている意味は、多様な考えをぶつけ合い、一つの方向へ進むことにあると考えます。

ーー組織改革に関する取り組みについて教えてください。

水谷尚人:
クラブの同僚への感謝を伝える「おせっかい大賞」という取り組みをしています。組織改革という大げさなものではなく、仲間が何をしているかに関心を持ち、良い行いを見たら「ありがとう」と伝え合う習慣を根付かせたいという思いから始めました。困っている人がいたら手を差し伸べる。そういった場面を見かけたら投稿してもらい、一番多く票を集めた人にはささやかな賞品を贈っています。

私はクラブを約150人のファミリーだと思っています。家族だからこそ互いを気にかけ、感謝を伝え合える。そんな温かい環境を作っていきたいと考えています。

「地域貢献」ではなく「共生」 受け継がれるクラブのDNA

ーー地域との関わりについて、どのような考えをお持ちですか。

水谷尚人:
私は「地域貢献」という言葉をあまり使いません。「貢献」というと、どこか上から目線に聞こえてしまうからです。そうではなく、私たちは「地域でサッカーをさせてもらっている」という意識を持つべきだと考えています。地域にグラウンドやスタジアムがあるからこそ、私たちは活動できる。だから、地域の方々が困っていることがあれば、手を差し伸べるのは自然なことです。目的がファン獲得になった瞬間、それは「共生」ではなくなってしまうと思います。

ーーファンに届けたい「ガンバ大阪らしさ」とは何でしょうか。

水谷尚人:
30年以上の歴史の中で、ガンバ大阪は「テクニカルで、攻撃的で、面白いサッカーをする」というイメージを私は持っています。ただ、言葉にするのは難しい。皆が思い浮かべる”ガンバらしさ”ってありますよね。それがクラブのDNAであり、これからも大切にしていくべきベースです。そして何より、ガンバ大阪のサポーターが作り出すスタジアムの雰囲気は圧倒的で、他にない熱量があります。

私たちの最大の仕事は、サッカーを通じて皆さんの心を揺さぶり、たとえ試合に負けたとしても、親子連れで来たお子さんが「お父さん、来週も連れてきて」と言ってくれるような、そんな時間を提供することだと考えています。

日本から世界へ 10年先を見据えたクラブの未来

ーー今後、クラブとしてどのような姿を目指していますか。

水谷尚人:
5年後の目標は、常に満員のスタジアムで、ガンバらしいサッカーをして優勝することです。そしてアジアの舞台でも勝つ。その実現のためには、これまで話してきた一人ひとりのマインドセットも必要ですが、同時に資金も不可欠です。スポンサーの皆様に、私たちの活動により大きな価値を感じていただけるよう、地域での活動も続けながら、ピッチの上で最高のサッカーを見せ続けなければなりません。

ーー世界に出ていくために重要だと考えていることは何ですか。

水谷尚人:
選手も社員も、もっと海外に出て「世界の常識」を肌で感じて、知るべきだと考えています。フットボールは世界共通の言語であり、これほど海外とつながりやすいコンテンツはありません。多様な常識や価値観に触れることで、組織はより強くなる。そのために、会社としても海外研修などを積極的に支援しています。また、若手選手が海外に挑戦する際の移籍金ビジネスを確立するため、ヨーロッパのクラブと提携なども視野に入れています。世界を知り、世界と対等に渡り合う。そのための基盤をこの10年で築き上げ、「日本から世界へ」を目指します。

編集後記

2002年のワールドカップで水谷氏が目の当たりにしたのは、生活を懸けた交渉人の強烈な覚悟である。その経験は、後に「身をさらして勝負する」という氏のキャリアの原点となった。社長に就任した今、この覚悟は「もっと勝ちにこだわる」という純粋なメッセージとしてクラブ全体に浸透しつつある。トップダウンの改革ではなく、一人ひとりの心に内なる炎を灯し、大きなうねりを生み出そうとするアプローチは、組織文化の変革へとつながっている。「地域でサッカーをさせてもらっている」という謙虚な姿勢と、日本から世界を目指す壮大なビジョン。その両輪で、クラブは新たな黄金時代へと向かうだろう。

水谷尚人/1966年東京都生まれ、早稲田大学卒。リクルート、日本サッカー協会、FIFA W杯日本組織委員会などを経て、湘南ベルマーレ社長を歴任。Jリーグカテゴリーダイレクターを務め、2025年よりガンバ大阪代表取締役社長執行役員に就任。