
商品の背景にあるStoryを通じて顧客の心を動かす「Storyマーケティング」を強みに、クライアントの売上拡大を支援する株式会社みらいきれい。さらに、自社のマーケティングノウハウを活用し、一人ひとりの手の大きさに合わせて職人がつくるパーソナライズ箸ブランド「itten(イッテン)」も展開する。かつて「死んだ魚の目をしている」と評された青年は、いかにして逆境を乗り越え、熱狂を生む起業家へと変貌を遂げたのか。社員一人ひとりの夢を会社の原動力に変え、「日本一誠実・感動を追求し、みんなが熱狂する会社」を目指す代表取締役、石渡祐児氏に話を聞いた。
成長スピードを上げた3年後の決断
ーー社会人としてのキャリアのスタートについてお聞かせください。
石渡祐児:
新卒で紙袋のデザイン・製造販売を手がける会社に入社し、「営業職」としてキャリアをスタートさせました。祖父が画家だった影響で、幼い頃から絵を描くことが好きだったため、デザインに関わる仕事に興味を持っていたことが入社の理由です。クライアントに紙袋のデザインを提案し、それが製品となって街中で多くの人が手にしている光景を目にすることに、大きなやりがいを感じていました。
しかし入社2年目の頃、自宅のポストに入っていた、「リゾートマンション」のチラシを見たことが転機になりました。海沿いに建ち、ハワイのような雰囲気のおしゃれなマンション。「いつか必ず住んでみたい」と感じたものの、当時のサラリーマンの年収上限は1,000万円程の時代。「このままサラリーマンをしていても自分の夢は叶えられない」と痛感したことが起業を目指すキッカケでした。そのため「こんな社会貢献をしたい!」「世の中のお困りを自分たちのサービスで解決したい!」といった高い志はお恥ずかしながら当時はありませんでした。
ーー起業を志してから、実際に独立されるまでの経緯をお聞かせください。
石渡祐児:
新卒で入社した会社で働いていた際、さまざまなビジネスアイデアは思い浮かぶものの、具体化の仕方が分からず、悶々とする日々が続いていました。そこでまずは「経営」を近くで学ぶ必要があると感じ、当時社員3名のデジタルマーケティング企業へ転職しました。しかし、圧倒的な実力差と激務に追われ、「いつしか起業」という目的を忘れ、「ここから逃げ出したい」とばかり考えるようになってしまったのです。
転機となったのは、旧知の知人に久々にお会いした際に「お前、死んだ魚の目をしているけど、大丈夫か?」という一言でした。その一言で、起業のために飛び込んだ環境から逃げようとしている自分に気づかされたのです。その一言がキッカケで意識を改め、がむしゃらに「起業」だけを見て仕事に従事出来るようになり、みるみる自分自身の成長を感じることが出来るようになったのです。
すると今度は新たな感情が芽生えます。それは「今の仕事が楽しいからもう起業しなくても良いかもしれない。」という自分の夢からの逃げです。人間はすぐに自分自身のコンフォートゾーンから抜け出ることを嫌います。「このままではいけない」と新たな決意を固めました。それが会社に対して「3年後、2015年5月に会社を辞めて起業します」と宣言したこと。あえて宣言をすることで会社を辞めざるを得ない状況に自分を追い込みました。それもあってゴールから逆算してより一層行動することが出来、成長スピードも上がり、宣言通り3年後に起業を果たしました。この一連の経験は「人生に目的意識をもって活動すること」の重要性を私に教えてくれました。
データの深掘りが生むクライアントの成功

ーー起業当初の事業内容と、現在の主力事業にたどり着くまでの経緯についてお聞かせください。
石渡祐児:
実は、退職した段階では、どんな事業で起業するのかは決めていませんでした。そのため、起業当初は前職の会社から「広告用の記事制作」などを業務委託として請け負いながら、新しい事業を模索していました。当時、前職の会社は記事制作を外部のライターに依頼していましたが、思うような成果が出ていない状況でした。そこで私が自ら執筆して納品したところ、非常に高い効果を上げることができたのです。
当時はあくまで次の事業が見つかるまでの「つなぎ」のつもりでしたが、書き続けるうちにノウハウが蓄積されるのを実感しました。市場を見渡した際、広告業界は競合他社が多い領域なのですが、「広告記事の制作」に特化した会社が存在しないことに気づき、これを強みにできると確信し、メイン事業に据える決断に至りました。
ーー貴社ならではの強みや特徴についてお聞かせください。
石渡祐児:
最大の特徴は、「記事を制作して終わり」ではない点です。記事を読んだユーザーの行動データを詳細に分析し、「読まれている箇所」や「離脱箇所」を把握。データに基づいて、より読者の心に響く内容へと記事を改善し続けるPDCAサイクルを回します。このサイクルこそが、クライアントの商品の“魅力を最大化”する、私たちの強みです。そのため、「制作」から「広告運用」、そして「データ分析」に基づく改善までを一貫して手がける体制を整えています。
ーー現在、新たな取り組みとして展開されている事業についてお聞かせください。
石渡祐児:
現在、パーソナライズ箸ブランド「itten」を展開しています。立ち上げのきっかけは、コロナ禍で自宅で過ごす時間が増えた際、4,000円ほどのお箸に買い替えたことです。手に驚くほどフィットし、食事の時間がとても楽しくなりました。この感動を多くの人に届けたい。そして、後継者不足に悩む日本の「ものづくり文化」を支えたいという思いから、このブランドは生まれました。
実は、市販されているお箸のサイズは江戸時代の日本人の平均的な手の大きさに合わせた規格であり、現代人の体格には合っていないことが多いのです。そこで「itten」では、スマホで簡単に手のサイズを計測し、その人に最適な長さのお箸を職人が一本一本手作りしています。自分だけの「一点もの」を持つことで、日々の食事をより豊かな体験にしていただきたいと考えています。
挑戦と成長を支える独自の経営モデル
ーー社員の夢や成長を支援するために、どのような制度や構想をお持ちなのでしょうか。
石渡祐児:
「ドリームセッション」という取り組みを行っています。これは、社員一人ひとりが「人生で成し遂げたい夢」を100個書き出し、実現に向けた期限や費用も設定し、みんなの前で発表するという機会です。他のメンバーの夢を聞いて、自分自身の夢リストを書き換えるのもOK、共通の夢が見つかった際には協力して夢実現に向けて共に伴走することもありますし、、発表された夢をすでに叶えている社員がいた場合はその夢の実現に向けてアドバイスなどで達成支援を行なっていきます。
また、「社員の夢を、会社の力に変えていきたい」そんな思いから、私たちは「プラットフォーム経営」という構想を進めています。
たとえば起業したい社員がいた際に、みらいきれいのグループ会社として起業すれば、これまで培ってきたみらいきれいの「ブランド力」や「信頼」をそのまま武器にできます。また煩雑なバックオフィス業務も本部がサポート出来、基盤を整え、成功確率を上げた状態で起業することが可能です。今後も個人の挑戦を実現できる会社として最高の「プラットフォーム」で在り続けたいと考えます。
ーー今後の展望や、その実現に向けてどのような仲間を求めているかお聞かせください。
石渡祐児:
2030年までに売上高100億円を達成し、「日本一誠実・感動を追求し、みんなが熱狂する会社」になることを目指しています。今後はAIの活用で生産性を高め、人間はよりクリエイティブなストーリー設計やマーケティング戦略といった領域に注力していく方針です。生産性を上げられれば、社員の給与も上げることができます。この相乗効果により、社員の平均年収1,000万円も実現したいと考えています。
また、新たな挑戦として、長年の夢である地元の千葉県佐倉市に「Jリーグクラブ」を生み出すなど、スポーツビジネスにも取り組みたいと考えています。既存の事業領域に固執せず、私たちの強みである「Storyの力」を活かして、社員が生き生きと挑戦できる環境を広げていく方針です。
こうしたビジョンを共に実現するために求めている人材が、「誠実な野心家」です。他者への貢献を考える「誠実さ」と、自分の夢や目標に向かって成長しようとする「野心」を併せ持つ方と一緒に働きたいです。何のために働くのかという目的意識を持ち、人生を懸けて追いかけたい夢を持っている方に来ていただけると嬉しいです。
編集後記
かつて環境に流され夢を忘れかけた一人の起業家が、自らの退路を断ち、熱狂を生む経営へと変貌を遂げた。その歩みは、明確な目的意識と行動力こそが、逆境から最大の成長を生む真実を伝えている。同社では、社員一人ひとりの夢を原動力とする文化を築き上げ、個人の挑戦と自己実現を、組織の成長と一体と捉えている。AI活用による生産性向上で、人間がよりクリエイティブな領域に注力する未来像を掲げる同氏。誠実さと野心を持つ仲間と共に、新しい時代の企業像を提示するその動向に注目したい。

石渡祐児/千葉県佐倉市出身。新卒で紙袋の製造メーカーに入社し、営業職として研鑽を積む。その後、起業を見据えて当時3名のデジタルマーケティング企業へ転職。新規営業責任者として組織の急成長を牽引し、5年間で従業員数70名規模への拡大に貢献した。2015年に、記事LP制作に特化した株式会社みらいきれいを設立。将来は地元・佐倉市の地域活性化やJリーグのクラブ経営に携わることを目標に掲げている。