※本ページ内の情報は2025年6月時点のものです。

松井証券株式会社は、1918年の創業以来、個人投資家に向けて金融商品の販売を行ってきた。長い歴史を持ちながら、1998年に日本で初めて本格的なインターネットによる株式取引を開始し、オンライン証券の先駆けとなった企業でもある。

長年トップを務めてきた社長の交代を機に「自分たちの松井証券」へと変革を進める代表取締役社長の和里田聰氏に、新スローガン「投資をまじめに、おもしろく。」に込めたメッセージや、今後の展望などについて聞いた。

金融業界でさまざまな経験を積み、老舗証券会社の役員へ

ーーまずは和里田社長のこれまでの経歴を教えてください。

和里田聰:
大学卒業後、米国の大手消費財メーカーであるP&Gに入社。入社後は経営管理本部に配属され、担当するブランドの毎年の予算と決算、予実管理、マネジメントへのレポーティング、中期事業計画の策定などに関わっていました。P&Gは、ブランドマネジメント制を採用しており、一つのブランドを一つの会社、そしてブランドマネージャーをその社長と見立てて運営していました。私はそれを財務面から支えるブランドのCFOのアシスタントのような役割でした。

ただ、CFOの見習いを4年やってみて、自分は財務面で事業をサポートするよりも、事業の前線に立ちたいと思うようになりました。また、これまで培った財務のキャリアを活かせる職種として、投資銀行業務というのが面白そうだと思い、リーマン・ブラザーズ証券に転職したのです。そこでは金融機関の資本調達、資金調達、M&Aのアドバイザリーなどの案件に関わりました。

その後、UBS証券に転職したことがきっかけで、松井証券と関わるようになりました。松井証券が東証一部(現:東証プライム)に上場した際、UBS証券が新規株式公開(IPO)の準備から上場後のサポートまで行う主幹事証券会社となりました。

私は担当者として、普通社債や転換社債の発行といった資本政策の支援を行うだけではなく、国内外の機関投資家向け説明会のアレンジもお手伝いし、当時の松井道夫社長の海外IR(投資家向け広報活動)に毎年同行していました。ビジネスパートナーとしてお付き合いしていたと思います。

そんな中、松井前社長から「うちに来ないか」と誘いを受け、自分を仲間にしたいという思いが嬉しかったし、「証券業界を変革する」という強い思いに共感し、ほとんど悩むことなく、お世話になることにしました。

ーー入社後のキャリアと当時の社内の状況もお聞かせいただけますか。

和里田聰:
入社後、IR室長に就任し、株主、投資家、アナリストに対して、会社の経営状況、財務状況、業績、経営方針などを開示したり、説明会などを実施したりする業務に携わることになりました。入社してすぐの5月の連休中に、松井社長と海外IRに行きました。

そして、入社してから約3ヶ月後の株主総会で、取締役に就任しました。社長ともう1名を除いた取締役が入れ替わり、他のポジションも私と同年代が取締役になりました。

新しい役員メンバーで更なる飛躍と思っていたものの、私が松井証券に入社する直前に、ライブドアショックが起こり、小泉政権による構造改革で盛り上がっていた新興市場銘柄の株価が軒並み大きく値下がりしたため、お客様が多額の含み損を抱えて動きがとれず、取引量が減少傾向にありました。

さらに、その翌年にはサブプライム問題が顕在化し、2年後にはリーマン・ブラザーズの破綻を契機に世界的な金融危機が襲い、また東日本大震災もあり、アベノミクスが始まる2012年末までは、厳しい相場環境が続きました。この間は、事業の選択と集中を徹底し、ITやマーケティングに係るコストを抑えて利益を確保するほか、株主還元を積極化することで市場からの評価を高める取り組みを進めました。

「松井道夫の松井証券」から「自分たちの松井証券」へ

ーー社長就任以前は、社内ではどのような役割を担っていたのですか。

和里田聰:
IR業務を皮切りに、企業広報業務、経営管理業務、IPOの引受業務を担う事業法人業務、新規顧客の獲得やプロモーションを担うマーケティング業務、コールセンター運営を主とする顧客サポート業務、商品サービス開発業務など、徐々に担当領域を広げていきました。2019年には専務になり、社内的には、No.2の立場になっていました。

とはいえ、前社長の松井道夫氏は、いわゆる「カリスマ経営者」で、社内では絶対的な存在でしたから、社長とそれ以外の取締役という状況で、自分がNo.2であるという意識はほとんどありませんでしたね。当時は彼の指示で物事を進める、典型的なトップダウンの組織でした。即断即決なので、良い判断であって、且つスピードが求められる時にはプラスに働くことも多くありました。

しかし、絶対的な立場の人によるトップダウンが強すぎると、組織としては、社員の自律的な動きを阻害してしまう面があります。そこで、社員への防波堤となるべく、松井前社長の対応をできる限り自分が引き受けるようにして、社員が自律的に判断して動けるような環境を整えることを心がけました。前社長からの指示は、その意向を十分尊重しながらも、具体的な取組みにおいては、現場に近い社員の声が反映されるよう、潤滑油のような役割も担っていましたね。

ーー2020年に社長に就任した経緯と、就任後の取り組みについて教えてください。

和里田聰:
松井前社長は生涯現役で、あと10年は社長業を続けるだろうと思っていたので、彼から「私は退任するから後を任せる」と言われたときは驚きました。

私を後継者に指名した理由は聞かされていません。役員の中でも、海外IRなどで一緒に過ごす時間は長かったし、話す機会は一番多かったと思います。また、松井前社長の意見を尊重しつつも、自らの意見を率直に伝えていたと思います。ムカつかれて、目を見てくれなくなったことも、口を聞いてくれなくなったこともありました。快く思わないこともあったと思いますが、最終的に「和里田に会社を任せよう」と判断していただけたのでしょう。

社長に就任してからの数年は、分かりやすい表現をするならば、「松井道夫の松井証券」から「自分たちの松井証券」に変える取り組みだったと思います。「自分たちの松井証券に変える」というのは、「全ての役職員にとって納得感のある職場に変える」という意味です。

社長就任後にまず取り組んだのが、課題解決の仕組みづくりです。私は、「経営とは、課題解決の繰り返し」だと思っていて、それが再現性のある仕組みとして機能させる役割が社長だと思っています。

①まず目標をたてること。②現状を把握して、目標と現状とのギャップを可視化すること。③そのギャップである課題の解決に繋がる戦略を策定し、実行する計画をたてること。④計画を実行し、その成果をレビューすること。⑤そして、目標設定、現状把握、ギャップの可視化、戦略策定、計画実行、成果のレビューといったものについて、役職員の誰にとっても共通の認識になるようにすること。

この一連のプロセスを繰り返すことがとても重要だと思っています。

ーーほかには、どのような社内改革を行いましたか?

和里田聰:
「自分たちの松井証券」にするには、共有化された企業理念、企業目標、経営方針を軸にした組織であるべきで、「お客様の豊かな人生をサポートする」という企業理念、「個人投資家にとって価値のある金融商品・サービスを提供する」という企業目標が、私たちのビジネスの起点になるということを全役職員で再確認しました。なによりも、顧客起点の企業になることです。以前勤めていた米国の大手消費財メーカーのP&Gでは、「Customer is Boss」の考えが浸透していました。つまり、自分たちのボスは社長でも役員でも上司でもなく、お客様であるということです。

また、「自分たちの松井証券」ですから、自分事にすること、当事者意識を持つことが根幹にあり、各部門が関与して経営計画を策定し、全社的な一体感をもって、各部門が課題、目標に取り組むようにしたほか、社長決裁が必要な範囲を見直し、現場への権限委譲(デリゲーション)を進め、行動指針に沿った人事評価制度も整備しました。このように、「自分たちの松井証券」という当事者意識を社員一人一人が持ち、自律的に学習し、成長する組織になるような取り組みを進めています。

特定のターゲット層にしぼり、顧客と継続的な関係を構築

ーー改めて貴社の事業内容と強みを教えてください。

和里田聰:
弊社はオンライン専業の証券会社で、日本株取引における国内の市場シェアは第3位です。弊社の特徴は、唯一の独立系であり、個人投資家向けのオンラインベースの証券サービスに特化していることです。

他社は1千万人以上の顧客を持ち複数の事業を展開している巨大プラットフォーマーの傘下にあり、主にマス層(※)を対象にしています。マス層には、投資に対して消極的な方も少なくありません。つまり証券ビジネスだけではなく、グループ全体での利益の最適化を目指す経営であると考えます。

(※)マス層:純金融資産が3000万円未満の世帯を指す。

一方で弊社は、能動的に資産形成に取り組むコア層が多いのが特徴です。そのため私たちは、投資そのものを楽しみたい方のニーズを満たす商品やサービス提供を重視しています。

また、弊社が多くのお客様に支持されている理由の一つに、電話でのサポートが充実している点が挙げられます。弊社のコアなお客様の中には年輩の方が多く、インターネットやスマートフォンだけで自己解決が難しいお客様もいらっしゃいます。そうしたお客様に安心して利用できる証券会社と感じていただくため、「人を介したサービス」を拡充しています。顧客1人当たりのコールセンターのオペレーター数は業界最多で、電話のつながりやすさはお客様の安心感につながり、弊社ならではの体験価値を提供できていると思います。

また、「相談できるネット証券」として、銘柄の選び方や売買タイミングなどの相談にも対応している点も強みです。あくまで相談であって、押し売りすることはありません。

お客様からは「対面証券のように押し売りされることなく、中立的な立場でアドバイスをしてもらえる」とご評価いただいています。こうした取引ツールの操作面や、投資に関する疑問をいつでも質問できる点が評価され、手数料無料を打ち出す他社との差別化につながっています。

“投資=やらなければいけないもの”からワクワクするものへ

ーー経営方針の転換に際し、社外へのPR活動についてお聞かせください。

和里田聰:
松井証券のブランドイメージを世間の方々に正しく発信するため、2022年末にコーポレートブランドのリニューアルを実施しました。

以前の会社のロゴは明朝体で、コーポレートスローガンも「大正7年創業以来、昔も今も個人のお客様とともに」と、堅実な経営体制や信頼感をイメージさせるもので、証券会社を選ぶ際の安心感を全面に出したものでした。そのため老舗のイメージが強く、対面営業をしている証券会社だと勘違いされることが多かったのです。そこで、会社のロゴをローマ字表記にし、安心感も残すためローマ字の下に漢字で松井証券と表記しました。

また、「信頼性」や「安心感」という金融機関の基礎となる提供価値に加えて、「投資をより身近なものにしたい、そして、投資をお客様の人生における新たな発見と成長につながるような体験にしたい」という思いから、投資についての「多様なアイデアの提供」も新しい提供価値として定め、その二つの提供価値を体現するべく、「投資をまじめに、おもしろく。」というスローガンに変更しました。

このように、世の中に伝えたいブランドイメージを刷新することで、「新たな松井証券」を打ち出しています。

ーー新規顧客を獲得するための施策について教えていただけますか。

和里田聰:
お客様に投資をしている理由を尋ねると、「楽しいから」と答える方が多いんですね。投資を始めると、経済や景気の動向、市場動向、企業業績や業界動向、国際情勢、トランプ大統領などの要人発言など、さまざまなことが影響していることを認識するようになり、それらに対して興味・関心を持つようになると思います。つまり、投資が学びのきっかけとなり、学びを深めていくことが投資の結果に結びつき、そこに喜びを感じ、投資自体が楽しい体験になるのです。その点で、投資には、趣味の要素、エンターテインメントの要素があると思っています。そんな体験ができる投資自体の面白さをお伝えしたいと考えています。

その一環として始めたのが、YouTubeチャンネルでの動画コンテンツの配信です。ここでは、一般の方には難しいと思われてしまう「投資や資産形成にかかる知識や情報」を、専門家が難しい話をするのではなく、お笑いの要素を取り入れながら、投資初心者のタレントが一から学んでいく過程、つまり新たな発見と成長に繋がる体験を見せています。

現在チャンネル登録者数は44万人(2025年4月時点)を超え、100万回以上再生されている人気コンテンツもあります。この動画をきっかけに投資に興味を持ち、松井証券を知って口座を開設されるお客様も増えていますね。

「貯蓄から投資へ」という標語を掲げて、「老後の生活資金を準備するために投資をやらなければならない」と言われても、現時点の生活に直接関係ないから気持ちも入りにくいし、始めても面倒になって途中で挫折してしまいかねません。当社の動画コンテンツのアプローチは、そんな義務感を押し付けるものではなく、人々の知的好奇心を刺激することで、まずは投資に興味をもってもらう、そして実際に楽しい体験をしていただくものです。結果的にお客様に長く投資を続けていただければと思っています。

ベンチャーと大手企業のメリットをあわせ持った職場環境。ブランド力の強化について

ーー貴社の社内文化や働く上での魅力を教えてください。

和里田聰:
弊社は仲間意識が強く、お互いに助け合うチームワークの文化が根付いていると思います。最近は、即戦力の人材として、中途採用を積極的に行っていますが、新卒採用を中核にしているため、文化が引き継がれやすい面があります。

仲間意識の強い文化はビジネスモデルに依る面もあるかと思います。オンライン証券のビジネスモデルは、社員全員がそれぞれの担当部署でオンライン証券サービスの仕組みに部分的に関わり、仕組み全体の最適化を目指すものであり、一部の優秀なスタッフによって成果が出るものではありません。そのため、行動指針にも掲げている通り、チームワークを重視しています。実際に離職率も低く、勤続年数が長いのが特徴です。

また、従業員の人数からすればベンチャー企業みたいなもので、正社員は200名です。大手の証券会社と比較すると事業分野が限られているという面はあるものの、会社における従業員一人一人の役割、重要性は高いと思います。ベンチャー企業のように、個人に与えられた裁量は大きく、かつ、大企業のように社会的にインパクトを与える仕事ができる点は魅力だと思います。

ーー今後のビジョンについてお聞かせいただけますか。

和里田聰:
弊社はこれまで日本株ビジネスが中心でしたが、FX事業や米国株事業も展開し、収益の多角化を進めています。今後もオンライン専業の証券会社である点は変えず、商品ラインナップを拡充し、事業規模の拡大を目指していきます。

そこで重要となるのが、強いブランドを構築することです。消費者にとっては、各証券会社が提供する商品・サービスの違いを理解しにくいため、新規顧客の獲得において最も重要な要素は信頼性であり、認知度によって確立されると考えます。そのための認知度向上のための施策には力を入れています。ブランド・リニューアルもその一つです。現在、認知度の高い俳優の菜々緒さんを起用し、テレビCMやWeb広告などで宣伝活動を行っています。こうして地道に企業の宣伝を行い、多くの方に弊社のブランドイメージを定着させていきたいですね。

また、弊社のブランドを体現するのは社員であるため、インナーブランディングにも力を入れています。社員がブランドに対する理解を深め、コーポレートスローガンについて納得感を持ち、行動変容につながることを期待しています。こうして社員一人ひとりが松井証券ブランドを日々の業務で体現し、当事者意識を持ってサービスを提供することで、他社との差別化につなげていきたいと思っています。

投資を通じてビジネスの知識を深めてほしい

ーー投資に馴染みのない方も多い20〜30代の方々へメッセージをお願いします。

和里田聰:
農林中金バリューインベストメンツ株式会社のCIO(最高投資責任者)である奥野氏は、自著『ビジネスエリートになるための教養としての投資』の中で、「株式投資は最良のビジネスの教科書」とおっしゃっています。私もその通りだと思います。さまざまな知識や集めた情報を整理・分析し、判断して行動する株式投資は、ビジネスで成功する要素とほぼ同じだと思います。

投資をすることで、企業の事業内容や経営戦略、経済や政治の動向など、ビジネスパーソンとして必要な情報を得ることができますし、経営者の視点を持つようにもなります。自分が勤める会社が何を目指しているのか、その中で自分に与えられた役割は何なのかと、日々の業務を新たな角度から見つめ直すことができるでしょう。

そのため、日頃からマーケットや投資先企業を観察し、今どの業界が注目されているかチェックするなど、能動的に投資に取り組んでほしいですね。ぜひ弊社のYouTubeチャンネルを参考にしていただき、投資の面白さを感じてください。

編集後記

YouTubeなどで投資の魅力を発信し、多くの方に投資に興味を持ってもらおうと改革を進めてきた和里田社長。手数料の無料化などサービス面のメリットを打ち出す企業が多い中、投資ファンを増やす同社の戦略は、コアなターゲット層の獲得につながり、顧客との長期的な関係の構築につながる画期的なアイデアだと感じた。松井証券株式会社はこれからも人々に投資の面白さを伝え、多くのファンを獲得していくことだろう。

和里田聰/1971年生まれ東京都出身。一橋大学商学部卒業。1994年P&Gファー・イースト・インク(現:P&Gジャパン)に入社。1998年リーマン・ブラザーズ証券会社に入社。1999年UBS証券会社に入社。2006年松井証券に入社。IR室長、専務取締役営業推進部担当役員 兼 顧客サポート部担当役員などを経て、2020年代表取締役社長に就任。