※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

「民間から基礎科学を推進する」。その揺るぎない信念を掲げ、夜空に「人工流れ星」を降らせようとしている科学者がいる。宇宙ベンチャーの旗手として注目を集める、株式会社ALE代表取締役の岡島礼奈氏だ。かつて外資系金融機関の最前線に身を置きながら、なぜ彼女は「宇宙」というビジネスとは対極にあるような領域に飛び込んだのか。独自技術を武器に、エンターテインメントと科学を融合させ、人類の持続可能性に挑む歩みと、その壮大な思いに深く迫る。

研究者が予算獲得に追われず研究に没頭できる仕組みをつくる

ーーまずは、起業の原点について教えていただけますでしょうか。

岡島礼奈:
もともと私は東京大学で天文学を専攻し、宇宙の成り立ちを解き明かす「観測的宇宙論」の研究に携わっていました。その過程で、周囲にいる非常に優秀な研究者たちと接する機会が多くあったのですが、そこで研究を取り巻く構造的な課題を目の当たりにしました。彼らは本来、探究活動にその知性を注ぐべき存在です。それにもかかわらず、実際には研究費を確保するための事務作業や予算獲得に向けた奔走に追われ、貴重な時間の多くを割かざるを得ない実態がありました。

この状況が続けば、人類が得られるはずの科学的進歩を停滞させてしまうのではないか。そうした危機感から、国からの予算や補助金だけに依存しない仕組みの必要性を痛感しました。具体的には、民間企業として自ら収益を上げ、その資金を基礎研究へ還流させる持続可能な仕組みを構築することです。この循環を確立し、研究者が真の革新に集中できる環境を整えること。そして、サイエンスの発展を支える自立した経済圏をつくることこそが、ALE創業の根底にある動機です。

ーーその後はどのようなキャリアを歩まれたのですか。

岡島礼奈:
民間で基礎科学を支える仕組みをつくるには、資金調達やお金の流れを学ぶことが不可欠だと考えました。そこで大学院を修了後、資本主義の仕組みを肌で感じるためにゴールドマン・サックス証券株式会社へ入社したのです。理学部の天文学科という、1学年10人ほどの狭く浮世離れした世界から、あえて真逆の環境へと飛び込みました。そこでは将来の起業を見据え、あえてボラティリティの激しい自己勘定取引を行う部署を選び、企業の財務諸表を読み解く業務に携わりました。

しかし、2008年に入社してまもなく、リーマン・ショックという未曾有の金融危機に直面します。20人以上いた所属部署のメンバーがわずか3人にまで削減されるような状況下で、私自身も突然、会社を離れることになりました。ですが、この予期せぬ出来事が、私の人生における最大の転機となったのです。

ーー解雇という大きな変化をどのように受け止めたのでしょうか。

岡島礼奈:
安定を失った事実は、普通に考えれば絶望的な状況かもしれません。しかし、私はこれを「人間万事塞翁が馬」だと捉えました。これでようやく、学生時代から温めていた「人工流れ星」の事業を具体化できると確信したのです。失業手当などを活用しながら、事業計画を練り上げるための準備期間としてこの時間を充てました。予期せぬ困難も、解釈一つで新しい扉を開く鍵に変わります。あの時の経験があるからこそ、「可能性を閉じない」という今の経営姿勢が形づくられたのだと感じています。

世界唯一の放出技術が導く気候変動の解明と地球防衛

ーー貴社の独自技術がもたらす科学的な価値について教えてください。

岡島礼奈:
私たちの核となるのは、宇宙空間で物体を極めて正確な速度と角度で射出する「放出技術」です。これは世界でもALEのみが保持する独自技術であり、エンターテインメントを入り口に科学の発展を支える土台となります。

この技術の用途は、単に夜空を彩ることに留まりません。たとえば、小惑星の調査や、地球に衝突する恐れのある天体の軌道をずらす「プラネタリーディフェンス(地球防衛)」への応用が現実味を帯びています。実際に2025年4月には、小惑星に粒をぶつけてクレーターをつくり、その内部を調査する科学研究への応用についても発表しました。狙った対象に正確な力で物体を「当てる」という技術は、未知の天体の組成を探り、時には地球を危機から守るための不可欠なインフラとなり得ます。私たちが磨くこの放出技術は、人類が宇宙へ進出していくための安全と探査を支える、目に見えない基盤になると確信しています。

ーー「人工流れ星」の実現によって、どのようなデータが得られるのでしょうか。

岡島礼奈:
「人工流れ星」を放出する際、地上からの観測が極めて困難な「中間圏(高度60〜80km付近の大気層)」のデータを取得できます。ここは気候変動のメカニズムを解明する上で重要な領域ですが、気球は届かず、衛星では高度が低すぎるため、データの空白地帯となっていました。

私たちの事業は、人々に感動を届けるショーであると同時に、地球環境を解明するための科学的な社会基盤としての役割を担っています。科学とビジネス、そしてエンターテインメントが三位一体となることで、これまで誰も成し得なかった持続的な研究支援が可能になるのです。

ーー具体的な活動事例について教えていただけますか。

岡島礼奈:
2028年に「人工流れ星」を実証するプロジェクト「Starlight Challenge(スターライトチャレンジ)」では、多くの企業様と連携しています。たとえば株式会社PR TIMES様とは、「地上の星プロジェクト」を展開し、共同でプロジェクトを支援してくださる賛同企業を募っています。また、タカラスタンダード株式会社様とは宇宙空間でのホーローの耐久性テストを行い、将来的には月の砂(レゴリス)を原料としたホーローづくりを目指しています。

加えて、auエネルギー&ライフ株式会社様とは「流れ星でんき」という、日々の暮らしと科学をつなぐ新しい仕組みをつくりました。これは加入者の方々に新たな金銭的負担を求めるものではなく、企業のマーケティング費用の一部を研究支援に充てるという画期的なモデルです。生活者が意識せずとも科学の進歩に貢献できるこの取り組みは、民間から基礎科学を支えるALEの理念を象徴しています。

さらに、トラスコ中山株式会社様も、ものづくり企業としてこの挑戦を力強く支えてくださっています。同社のような、日本のものづくりの現場を支えるパートナーと手を取り合うことで、「人工流れ星」という壮大なプロジェクトを社会全体で盛り上げる大きな原動力となっています。

AIを活用した組織で宇宙ビジネスの最前線を走る

ーー今後の展望や目標をお聞かせください。

岡島礼奈:
現在は20人ほどの少数精鋭組織ですが、AIを徹底的に活用することで、意思決定の高度化と業務の効率化を図っています。2年前まで20人で対応していた業務が、今は1、2人で完結できる。そんな効率的な少人数組織としてIPOを実現し、巨大資本を持たないスタートアップでも宇宙ビジネスの最前線を走れることを証明したいと考えています。

直近の目標は、先ほどもお話しした2028年の実証実験を成功させ、国境を越えて多くの人々が同時に夜空を見上げる瞬間をつくり出すことです。その後は、蓄積したデータを気候変動の抑止に役立てることはもちろん、海外のエンタメ市場やグローバルな研究機関との連携をさらに深めていきます。科学と社会がつながった未来をつくるために、挑戦を続けていきたいですね。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。

岡島礼奈:
人生には予期せぬ変化がつきものですが、それは停滞を打破する好機でもあります。私にとっての解雇がそうであったように、どんな状況にも必ずプラスの側面があるはずです。「人間万事塞翁が馬」という言葉を大切に、可能性を閉じないこと。そして、自身の好奇心に忠実であること。私たちはこれからも広大な宇宙を舞台に、人類の未来を切り拓いていきます。

編集後記

岡島氏の話を聞いて確信したのは、彼女が単なる夢想家ではなく、極めて合理的な経営者であるということだ。研究者が予算獲得に奔走する現状を、民間からの利益還元という仕組みで解決しようとする姿勢には、科学への深い敬意が滲んでいた。リーマン・ショックという逆境すら最高の転機と捉える同氏の強さは、不確実な宇宙ビジネスにおいて最大の武器となるだろう。2028年、夜空に描かれる光の筋は、科学と社会が真につながる未来を告げる希望の軌跡となるに違いない。

岡島礼奈/1979年鳥取県生まれ。東京大学理学部卒業、同大学院にて博士(理学)取得。ゴールドマン・サックス証券株式会社を経て、2011年に株式会社ALEを創業。人工流れ星事業「SKY CANVAS」をはじめ、宇宙エンターテインメントと科学の社会実装に挑戦。基礎科学の発展と持続可能な地球社会の実現を目指している。