※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

栃木県さくら市にあるゴルフ場「セブンハンドレッドクラブ」の運営を核に、ホテル再建、農業までを手がけ、地域創生に貢献する企業がある。全国の富裕層を対象とするゴルフ会員権売買のリーディングカンパニー、株式会社住地ゴルフの経営も兼任で担うのが、祖父が創業したゴルフ場運営会社、株式会社セブンハンドレッドを26歳で承継した小林忠広氏だ。同氏はゴルフ場を単なるプレー施設ではなく「みんなが幸せを実感できる場所」と再定義し、その広大な敷地を地域に開放することで業界の常識に挑む。本記事では、独自の経営方針と、ゴルフ場の枠を超えた地域連携、そしてゴルフ産業全体の未来への展望に迫る。

26歳で決断した家業承継と新たな視点

ーーキャリアの出発点と、事業を承継された背景についてお聞かせいただけますか。

小林忠広:
大学生の時にNPO法人スポーツコーチング・イニシアチブを創業し、大学院卒業まで、「ダブル・ゴール・コーチング」(※)というスポーツコーチングの普及活動をしていました。この活動を行っていた時期に家業承継の話があり、26歳で「セブンハンドレッドクラブ」を継ぐことになりました。ゴルフ場を、ゴルフをする人以外には何をしているか分からない「地域のブラックボックス」のままにはしておかない。そう心に決め、「地域に開かれた場所へと変貌させること」を承継の際の確固たる指針としました。

(※)ダブル・ゴール・コーチング:「勝利」と「人間的成長」という2つの目標を同時に追求する、スポーツ心理学に基づいた指導法。

ーーゴルフ場運営事業に対し、どのような視点で新たな可能性を見出されましたか。

小林忠広:
東京ドーム約100個分もの広大な敷地を持つため、地域の方々へ貢献できる可能性を感じていました。具体的には、運動会や学校行事など、場所の規模や制約から活動を断念していた方々の受け皿になれるはずだと考えたのです。そして、「みんなが幸せを実感できるゴルフ場」というビジョンを掲げ、2019年には住地ゴルフ株式会社の代表取締役に就任し、同社の事業を承継いたしました。

ゴルフ場の枠を超え地域を元気にする多角的な挑戦

ーー事業を継がれた後、最初に着手された具体的な取り組みについて教えてください。

小林忠広:
就任1年目で予期せぬ新型コロナウイルスの影響に見舞われました。直後に、日本三大美肌の湯である喜連川温泉を有する近隣のホテルが閉館するという事態が発生。このとき、地域の誇りだった場所が活気を失うのは、地域のプライドが失われることと同義だと感じたのです。地域を良くすることを目標として掲げる会社として、貢献すべき町が元気でなければ本末転倒だと考えました。そこで、市役所からの打診を迷わず引き受け、ホテルの再生に着手しました。地域のシンボルとして親しまれているお丸山公園の名を冠し、「お丸山ホテル」としてリニューアルオープンさせたのです。

ーーホテルの再建は、どのような困難に直面しましたか。

小林忠広:
経営的には、一時は月の経費が売上の倍になり、倒産寸前まで追い込まれました。これを乗り越えられたのは、地元の皆さんが宴会を開いたり、宿泊のお客様を紹介してくださったりと、多くの地元の方々の支援があったからです。ホテル事業を通じて地域との繋がりが深まり、顔と名前が一致する信頼関係を築かせていただけたことは、何物にもかえがたい財産です。

ーー地域社会との連携を深める中で、新たに見えてきた課題は何でしたか。

小林忠広:
ホテルを通じて地域の方と話す中で、農地の後継者問題を頻繁に耳にするようになりました。美しい田園風景を守るには、事業として収益を上げながら解決するしかありません。そこで、地域の田畑を守りながら収益も上げるため、株式会社セブンハンドレッドファームを設立し、イチゴやお米の生産、直売所の運営を始めました。これは、私たちの「美しさと豊かさ」を両立させるという信念の具体化です。

敷居の高い業界イメージを変える横断的連携

ーーゴルフ産業全体が抱える課題について、どのようにお考えでしょうか。

小林忠広:
ゴルフ業界には「敷居が高い」というイメージが長年ありますが、これは業界団体自身が作ってきた側面があるため、変革が必要です。そこで、業界内の複数の団体が、ゴルフという一つのボールの下に集まり、一緒に活動していくという「ワンボール」の考え方を提唱し、連携を働きかけています。産業全体として新しい価値を生み出すには、この横断的な協力体制が不可欠だと考えているからです。

ーー産業の未来を見据える上で、特に注力されている具体的な活動はありますか。

小林忠広:
ゴルフの普及という点で、日本の女性ゴルファーの普及率が世界的に見ても低いという課題があります。私たちはこれを重要視し、一般社団法人ゴルフライフデザインを設立しました。女性が気軽にゴルフを始められるよう、イベント「ハッピーウィメンズゴルフフェス」を毎年開催しています。毎回100名ほどの方々が集まり、ゴルフに触れるきっかけを提供しています。こうした新しい層を取り込むことが、産業全体の活性化に繋がると考えています。

ーー長年にわたり事業が継続し、多くの方に愛される理由は何にあるとお考えですか。

小林忠広:
お客様からはよく「場が良い」「気が澄んでいる」と、パワースポットのようだとも言われます。それは、働いているスタッフたちが、やらされ仕事ではなく、自分たちの場所だという意識を持って、良い場を作ってくれているからです。一人ひとりが主体的に仕事に取り組んでいることが、ゴルフ場全体の良い雰囲気に繋がっているのではないでしょうか。

信頼がすべてをつなぐ 素晴らしい人材が生み出す好循環

ーー貴社の事業内容と、お客様から選ばれる理由についてお聞かせください。

小林忠広:
住地ゴルフは、主に全国のゴルフ場の会員権売買を仲介する事業を展開しています。

お客様に選ばれる最大の理由は「信頼」だと断言できます。ゴルフ会員権をお求めになるお客様には、多様な経験を積まれ、人間的にも素晴らしい方が多くいらっしゃいます。私たちは、そうした方々と仕事をご一緒しながら多くを学ばせていただいています。

その学びを重ねることで信頼が深まり、さらに新たなご紹介へとつながっていく。人と人とのつながりを軸としたこの好循環が、私たちの事業を支えていると感じています。

人が育ち、人が集う組織へ 未来を担う世代へのメッセージ

ーー組織づくりにおいて、最も大切にされている指針は何ですか。

小林忠広:
会社は突き詰めていけば、「人」しか残らないと思っています。だからこそ、働く人、一人ひとりの可能性を最大化することに、最も注力しています。会社は誰かのものではなく、皆で一緒に育ち、育てていく場だと考えています。

目先の数字や短期的な拡大にとらわれず、地域や産業を背負う覚悟を持って、一年一年着実に成長していく「年輪経営」を大切にしています。若手に対しても、私自身が26歳で裁量権をもらえたように、積極的に責任あるポジションを任せています。

ーー今後のビジョンと、未来を担う若い世代に向けたメッセージをお願いできますか。

小林忠広:
2030年の目標として「人と人、人と地域、地域と地域の交流の中心にいる会社になる」という姿を掲げています。ゴルフの持つ、人や地域を繋ぎ、移動させる力を起点に、ゴルフ場が地域の元気を生み出す拠点となり、日本全体の活力を高めることに繋がればと思っています。誰かのために汗をかける人、本気で自分たちが生きる社会をより良くしたいと思える人たちと、これからの時代を作っていきたいです。

編集後記

26歳で事業を承継し、ゴルフ場の経営からホテル再建、農業へと事業を拡大してきた小林氏。その挑戦の根底には、「自然の美しさと豊かさ」を両立させるという一貫した経営方針がある。同氏の視線は単一の事業の成功に留まらず、ゴルフ産業の変革、そして地域社会全体の未来へと向けられている。会社は人しか残らないという信念のもと、働く一人ひとりの可能性の最大化に注力し、社員や地域と共に成長しようとするその姿勢は、これからの時代に求められる新たなリーダー像を提示していると言える。

小林忠広/祖父の代から続く株式会社セブンハンドレッドを事業承継し、代表取締役に就任。「みんなが幸せを実感できるゴルフ場」を掲げ、自治体や地場企業と連携した持続可能な運営に取り組む。グループ会社として全国のゴルフ会員権売買最大手である株式会社住地ゴルフの代表取締役を担うほか、再生を手がけた「お丸山ホテル」、農業を営む「株式会社セブンハンドレッドファーム」を経営。一次産業から観光業まで多角的な視点で、地域の魅力発信と活性化に挑む。