
出版取次業を祖業とする、日販グループホールディングスの一員として、長きにわたり出版流通を支えてきた日販物流サービス株式会社。出版業界が未曾有の変革期を迎える中、同社は新たな戦略拠点として「N-PORT新座」を稼働させた。書籍のみならず様々な商材・商流に対応する物流最適化の実現に向けて、事業を拡大している。この変革を牽引するのは、物流の現場と人事部門、双方のキャリアを持つ代表取締役社長の太田紀行氏だ。これまで培った資産をいかにして新たな価値へと転換し、顧客と共に未来をつくるのか。「共創」の実現に挑む次世代物流プラットフォームの構想について、同氏にうかがった。
「企業は人なり」の真理から導かれた経営判断の軸
ーー社長のこれまでのご経歴についてお聞かせください。
太田紀行:
私は1996年に日本出版販売株式会社へ入社しました。キャリアのスタートは物流センターでの現場業務で、そこで6年間、物流の基礎を学びました。その後、物流の企画部門を経て、2012年からは人事部へ異動し、採用や教育、総務といった管理部門の仕事に従事しました。
ーー物流と人事、双方の経験は現在の経営にどう活かされていますか。
太田紀行:
人事の経験を通じて、改めて「企業は人なり」という真理を痛感しました。どんなに優れたシステムや機械があっても、結局それを動かし、価値を生み出すのは「人」だからです。
かつて物流の企画部門にいた頃、私は現場の声を聞きながら新センターやシステムを立案し、PDCAを回して成果を検証していました。人事の仕事に就いたとき、そのプロセスが「組織づくり」や「人の成長」と全く同じ構造であることに気づき、そのプロセスを改めて明確に理解できました。現場の論理と組織の論理、この両輪を理解できたことが、今の経営判断の大きな軸になっています。
新拠点が担うグループ変革の中核的ミッション
ーー新拠点「N-PORT新座」設立の背景には、どのような課題感があったのでしょうか。
太田紀行:
出版物の流通量は、私が入社した1996年をピークに、現在ではおよそ3分の1まで縮小しています。日販グループが70年以上にわたり磨き上げてきた高度な出版物流のノウハウは、非常に貴重な資産です。しかし、出版物だけを扱っていては、この資産を十分に活かしきれません。この状況を打破し、持続可能な成長を図るためには、事業領域の拡張が不可欠でした。
ーー「N-PORT新座」はグループ内でどのような位置づけなのでしょうか。
太田紀行:
「N-PORT新座」は、全国の書店の売場を支えることはもちろん、文具や雑貨など、本以外の商材も包括的に扱える新たな物流拠点です。日販グループは、「人と文化のつながりを大切にして、すべての人の心に豊かさを届ける。」という経営理念のもと、文化に関わるあらゆる領域へ事業を拡大しています。その物流面での中核を担うのが「N-PORT新座」であり、その運営を通じてグループの変革を支えることが私たちのミッションです。
ーー「N-PORT新座」の具体的な機能や特徴について教えてください。
太田紀行:
大きな特徴は2点あります。一つは、棚搬送型ロボットの導入による生産性の飛躍的向上です。商品棚ごとにロボットが移動し、自動で商品を作業者のもとへ運んでくるため、作業者は定位置から移動することなく効率的にピッキング作業を行えます。
もう一つは、働く環境へのこだわりです。休憩所やカフェテリアの快適性を高め、多くのスタッフが気持ちよく、誇りを持って働ける空間づくりを徹底しています。これもまた、人事時代に培った視点の一つかもしれません。
専門ノウハウを最適解に組み直す再構築力

ーー「N-PORT新座」立ち上げにあたり、最も大切にされたことは何ですか。
太田紀行:
センター設立当初、私たちがまず掲げたのは「汎用性」でした。もともとが出版物という非常に専門的な分野に特化していたこともあり、当初はとにかく「何にでも使えること」が正義だと考えていたのです。
しかし、実際に運用してみると、ただ汎用的なだけでは生産性が上がらず、結果として何の価値も生まないことに気づかされました。そこでたどり着いたのが、「汎用性」「柔軟性」「高い生産性」という現在のコンセプトです。
これは単に標準化するという意味ではありません。雑誌の全国一斉発売で培った膨大なノウハウを全く異なる商材やビジネス要件を持つお客様に対し、そのまま適用するのではなく、最適な形に組み直して提供していくプロセスを指しています。
具体的には、汎用的な機械や仕組みをベースにしながらも、個々のお客様の「ビジネス要件」や「発行の特性」に合わせて、私たち側で計画、調達、配送ルートなどを再構築し、最適なソリューションとして提供するということです。
お客様のビジネスの本質を捉え、最適な形で再構築して提供する力こそが、私たちが「N-PORT新座」を通じて提供できる真の価値だと考えています。
ーー組織として重視していることは何でしょうか。
太田紀行:
対話による深い顧客理解です。正直に申し上げれば、これまでは出版業界という確立された枠組みの中で役割を果たせば良かったため、個別のニーズを深く汲み取ることは得意ではありませんでした。しかし今は状況が異なります。お客様ごとに異なる課題に対し、膝を突き合わせて対話し、試行錯誤しながら共に最適解を作っていく。その「共創」のプロセスを一つひとつ積み重ねている段階です。
ーー「N-PORT新座」を核として、どのようなビジネスモデルを描いていますか。
太田紀行:
私たちは、単に荷物を預かって運ぶだけの物流事業者になるつもりはありません。目指しているのは、お客様のビジネスの川上から川下までを一貫で支援する「戦略的パートナー」です。自社で物流機能を持つことが難しい企業様に対し、在庫管理から販路開拓、配送網の共有に至るまで、出版流通で培ったノウハウを活かしたトータルソリューションを提供していきます。
「文化」をキーワードとした事業拡大の展望

ーー今後の事業拡大の展望をお聞かせください。
太田紀行:
キーワードは「文化」です。書店というチャネルを起点に、文具や雑貨、食品などへの広がりも模索しています。また、出版物流の最大の強みである「発売日に合わせて全国一斉に届ける」という機能は、エンターテインメント領域とも相性が抜群です。たとえば、イベントに合わせてグッズをファンの方々へ一斉にお届けするなど、弊社の強みが活きる領域はまだまだあると確信しています。
ーー最後に、今後のビジョンについて一言お願いします。
太田紀行:
弊社はもともと、輸送、倉庫管理、梱包資材製造という3つの機能を持つ会社が統合して生まれました。この総合力こそが最大の武器です。5年後、10年後には、「N-PORT新座」での取り組みをさらに進化させ、あらゆる文化領域のビジネスを支えるインフラ企業となっていきたいと考えています。自分たちの資産を最大限に活かし、時には外部パートナーとも連携しながら、お客様、そして社会に貢献できる存在へと飛躍していきます。
編集後記
出版市場の厳しい現実を直視し、自社の歴史的な資産を再定義して価値創造に挑むリーダーの姿勢が強く感じられた。物流現場の論理と、組織・人事の視座を併せ持つことで、太田氏は単なる効率化ではなく、お客様のビジネス要件を深く理解し最適なソリューションに組み直す「再構築力」を、新たな武器としている。この試みは、単なる荷物の移動を超え、文化領域の多様なニーズを足元から支える重要なインフラへと進化していくことを示している。輸送、倉庫管理、資材製造という三つの機能を統合した総合力を活かし、同社が今後どのような「共創」のプラットフォームを描いていくのか、大いに期待したい。

太田紀行/1972年生まれ、國學院大学経済学部卒。1996年に日本出版販売株式会社に入社。人事総務グループ部長、物流本部流通計画室室長などを歴任し、2020年4月物流本部副本部長に就任。2024年4月より現職である日販物流サービス代表取締役社長。