
創業110年の歴史を誇る高島株式会社。同社は今、単なる仲介役としての商社から、顧客の課題解決に深くコミットする「機能商社」へと劇的な進化を遂げている。省エネ、省力化といった現代社会の切実な要請に応えるソリューション提供が同社の強みの中核だ。
この変革を牽引してきたのが、2002年に会社の窮地に際して白羽の矢が立った、代表取締役社長の高島幸一氏である。世界的な消費財メーカーP&Gでブランドマネジメントの精髄を極めた同氏が、いかにして老舗企業の縦割りで硬直化した組織を壊し、社員一人ひとりが自律して動く「経営者集団」へと変え得たのか。その軌跡には、110年続く企業の「変えてはいけない誇り」と「変えなければならない仕組み」の冷静な見極めがあった。
祖父の丁稚奉公の苦い経験から刻まれた「社会の公器」としてのプライド
ーー創業家のご出身として、家業を継承するという意識はお持ちだったのでしょうか。
高島幸一:
私自身は当初、家業に入る予定は全くありませんでした。そもそも祖父である創業者の高島幸太吉は、「会社は社会の公器である」という確固たる考えを持っていました。戦後すぐに上場を果たしたのも、特定のファミリーが支配的な株を持つのではなく、社会に開かれた存在であるべきだと考えていたからです。たまたま経営のトップに「高島」の名が続いてはいましたが、同族による経営を前提とした会社ではなかったのです。
P&Gで培った経営の礎 20代で叩き込まれた「ファクトに基づく意思決定」と「人財育成」
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。
高島幸一:
幼い頃から経営者の家族の中で育ち、漠然と海外で活躍できる社会人になりたいという憧れを持っていました。その思いから、まずは語学力を身につけようと大学3年生の頃から本格的に勉強を始め、ニューヨークの大学院でMBAを取得しました。就職活動では、日本企業の海外展開、あるいは海外企業の日本展開に関われる場を探しており、その中で出会ったのがP&Gです。
ーーP&Gではどのようなキャリアを歩まれ、ご経験を積まれたのでしょうか。
高島幸一:
私はマーケティングや営業部門のマネジメントに従事しましたが、そこで経験した「ブランドマネージャー」という仕事が、私の経営の原点になっています。この役割は「そのブランドの社長である」と位置づけられ、20代の若手であっても大きな責任を任されます。宣伝、パッケージ、商品戦略から製造、営業、店頭での展開に至るまで、ブランドに関するすべての方向性を決める役割です。
社内外の生産、営業、市場リサーチ、研究開発、広告代理店といったさまざまな分野の専門家とチームを組むのですが、自分が明確なリーダーシップを発揮しなければ誰も動きません。常にマーケットシェアや出荷といった「結果」と向き合う緊張感がありました。神経をすり減らし、一喜一憂しながら分析し、「次の一手」を毎日考える。あの緊張感のある経験は、私にとって非常に大きな学びとなりました。
ーーその経験の中で、特に現在の経営に役立っていることは何ですか。
高島幸一:
二つあります。一つは「事実(ファクト)に基づいた意思決定」です。P&Gでは「消費者はボスである」という考えが徹底されており、事実の前では役職は関係ありません。若手であっても、事実をしっかり把握し論理的に説明できれば、周りを動かすことができます。
もう一つは、人を育てることがマネージャーの最重要責務であるという考え方です。部下をいかに成長させ、後継者を育てたかで評価が決まる。「部下は自分の作品であり、自分自身の評価そのものである」という意識。この「生え抜きを育てる循環」が、企業が持続的に輝き続けるために不可欠だと実感しました。
窮地からの挑戦 硬直化した組織を壊し構造を逆転させる

ーー2002年に高島株式会社へ入社された経緯をお聞かせください。
高島幸一:
2000年頃に会社が2期連続の赤字を出すなど厳しい状況に陥りました。創業家の一員として再建に貢献できないかという声がかかったのがきっかけです。P&Gでエクスターナル・リレーションズディレクターを務めていたこともあり、家族からは大反対されましたが、祖父が創業した会社への思いもあり、入社を決意しました。当時の会社は10もの事業本部に分かれ、それぞれが別々の会社のように独立していました。人員の流動性もなく、選択と集中もままならない。一事業本部に20人程度しかおらず、このままではジリ貧になるという強い危機感がありました。
ーー具体的にどのような改革から着手されたのですか。
高島幸一:
まず、10あった事業本部を半分の5つ(現在は3つ)に統合し、事業部の壁を壊しました。もう一つは、組織図を逆さまにしたことです。お客様を一番上に、私を一番下に配置しました。「私たちは誰のために仕事をしているのか」を再認識するためです。メーカーや最終顧客に最も近い営業の第一線を何よりも大切にし、現場から吸い上げたニーズを会社全体の力に変えていく。この逆転の発想が、再生には不可欠でした。
ニッチトップを極める「機能商社」の正体
ーー貴社が掲げる「機能商社」とは、どのような概念なのでしょうか。
高島幸一:
商社には大きく分けて3つの形態があると考えています。一つはダイナミックな投資でリターンを得る大手総合商社。もう一つは、特定の業界でフルラインの商品を扱う専業の専門商社。これらに対し、私たちは「機能」を売りにしています。
単に商品を右から左へ流すのではなく、サプライチェーン上で必要とされる設計、施工、加工、物流といった機能をコーディネートし、ソリューションとして提供する。メーカーやエンドユーザーは、本来自分たちが集中すべき領域(開発や顧客対応)があるはずです。その中間にある、彼らにとって「手間だが不可欠な機能」を私たちが肩代わりし、複合的に提供する。この足らない部分を補うコーディネート力こそが、私たちの存在価値です。
ーーその領域における、具体的な「機能」の磨き込みについて教えてください。
高島幸一:
私たちは特に「省エネ化」と「省力化」を二大テーマに掲げています。省エネに関しては、断熱材を60年以上、太陽光エネルギー関連商材を30年以上扱ってきた豊富な知見があります。また、人手不足という社会課題に対し「省力化工法」を提案しています。
たとえば、現場で耐火被覆材を固める手間がかかる「湿式工法」に対し、私たちは工場で加工された耐火被覆材を現場で取り付けるだけの「乾式工法」を長年推進してきました。工法を変えることで、3つの工程を1つに集約できる。手間をかけずにトータルコストを抑え、品質を維持する。この「高付加価値・省力化」のDNAを磨き抜くことで、特定のニッチ領域でトップを狙う戦略をとっています。
M&Aで加速させる成長戦略
ーー主力である建材事業において、どのような成長戦略を描いていらっしゃるのでしょうか。
高島幸一:
建設業界においては、どんなに自動化や効率化が進んでも、最後の仕上げは必ず「人の手」が必要になります。この最終工程である「施工」の領域、つまりお客様に価値を届ける、ラストワンマイルを私たち自身が担うことで、顧客ニーズをより深く掴み、付加価値を高めようとしています。
同様に、M&Aの基本方針も「既存事業の機能強化」と「既存事業の周辺展開」を掲げており、M&Aの実行を通じて、当社の施工機能、製造機能などの強化を目指しています。実際、ここ数年は、専門性の高い施工会社を積極的にM&Aしてきました。
ーー施工会社をグループに迎えることで、具体的にどのような相乗効果が生まれているのでしょうか。
高島幸一:
現場に最も近い施工会社がグループに加わることで、市場に対する感度が格段に上がります。たとえば、中四国における住宅地盤改良のマーケットシェアトップクラスを誇る「岩水開発株式会社」をグループに迎えましたが、彼らの持つ圧倒的な現場力と私たちの商社としての仕入れ能力を掛け合わせることで、提案の幅が飛躍的に広がりました。また、太陽光発電の施工会社として、月に約600件もの住宅用の施工実績がある「新エネルギー流通システム株式会社」と、累計1万件以上の施工実績がある「株式会社サンワシステム」のM&Aも行っており、そこから得られる生の情報は極めて貴重です。
ーー他の事業セグメントではどのような取り組みをされていますか。
高島幸一:
産業資材事業では、昨年子会社を再編成し、メディカル領域の製造も可能な工場機能を核とした一貫体制を整えました。電子・デバイス事業では、香港にヘッドクォーターを置き、ベトナムやタイの自社工場を拠点にアジア全体を統括しています。このように、各事業が商社機能だけでなく、施工や製造といった具体的な「現場の機能」を自ら持つことで、ニッチな市場で圧倒的な存在感を発揮することを目指しています。
社員全員が社長 「キャリア型人財制度」に込めた思い
ーー人財育成についてはどのような方針で取り組まれているのでしょうか。
高島幸一:
私たちは「キャリア型人財制度」という独自の仕組みを導入しています。これは「あなたの社長は誰ですか?」という問いから始まる制度です。答えは「自分自身」。私は、経営者というのは役職に就いてからなるものではなく、社会人になった最初から経営者であるべきだと思っています。会社に依存するのではなく、社員一人ひとりが自らのキャリアの経営者(オーナー)であるべき。この考え方を具体化したのが、ビジョン、インテグリティ(※1)、デザイン、コミュニケーションという4つの要件です。
将来どうなりたいかという存在意義である「ビジョン」、ぶれない価値観である「インテグリティ」、資源を使ってシナリオを描く「デザイン」、そして周囲とベクトルを合わせる「コミュニケーション」。これらは役職に関わらずすべての社員に求めています。
この制度は後継者の選定にも直結しています。指名委員会で後継者候補を議論する際、幹部に対する360度評価を参考にしますが、その評価項目はまさにこの4要件です。P&Gのトップが40代で務まるのは、1年目から経営者として育っているからです。弊社でも「役員になってから教育する」のではなく、入社1年目から経営者として振る舞い、自らのキャリアを経営することを求めています。
(※1)インテグリティ:誠実さや真摯さを指す概念。倫理観に基づき、一貫性のある正しい行動をとることを意味する。
110年の歴史を未来へ 変わるものと変えてはいけないもの
ーー110年続く企業として、変えてはいけないものは何だとお考えですか。
高島幸一:
守るべき軸は、高島ならではのオリジナルな発想で、企業使命である「事業を通じて社会に貢献する」ことと、経営姿勢である「誠実一筋」です。これは110年かけて先輩方が築き上げた最大の信用力であり、決して変えてはなりません。一方で、事業内容は時代に合わせて進化し続けなければなりません。
その大きな転換点となったのが、東京証券取引所の市場再編に際し、プライム市場を目指すと決断したことです。当時の私たちの流通株式時価総額では基準に届いておらず、PBR(※2)も低い状態でした。しかし、私はこの移行措置を「千載一遇のビッグチャンス」と捉えました。高い目標を掲げ、成長への「意志」を社内外に示したことで、社内の空気も投資家からの評価も劇的に変わりました。
(※2)PBR:Price Book-value Ratioの略。株価純資産倍率、株価が1株当たり純資産の何倍まで買われているかを表す指標のこと。
ーー最後に、今後の事業成長に向けた展望をお聞かせください。
高島幸一:
「意志」を示したことで、M&A案件が次々と持ち込まれるようになり、投資家との対話も深まりました。結果として、この数年で時価総額は約3倍にまで成長しました。これからは成長を加速させるステージに入ります。数値目標も大切ですが、それ以上に「EBITDA(※3)」を着実に向上させていく。自分のキャリアを経営する社員たちが輝き、この両輪を回し続けることで、次の100年も社会から必要とされる企業であり続けられると確信しています。
(※3)EBITDA:税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益指標。企業の純粋な「稼ぐ力」を評価する際に用いられる。
編集後記
P&Gで「ブランドの社長」として培った経営の原理原則を、110年の伝統企業の改革に昇華させた高島社長。「公私混同を嫌った祖父」の思いを、「自立した個人の集合体」という現代の組織論へ見事に翻訳している。110年の伝統を跳躍の踏み台に変えたその経営。自らのキャリアの経営者たれ、というメッセージは、不透明な時代を生きるすべてのビジネスパーソンにとって、道を切り拓くための力強い指針となるだろう。

高島幸一/1952年生まれ。1975年慶應義塾大学経済学部卒業。1977年ニューヨーク大学の経営大学院修士課程(MBA)修了。1978年プロクター・アンド・ギャンブル日本法人入社。マーケティング部門および営業(CBD)部門のマネジメントに従事。2000年同社エクスターナル・リレーションズディレクター。2002年に高島株式会社に入社し、2004年に同社代表取締役社長に就任。