
Visaプリペイドカード『バンドルカード』を提供し、ネット広告の最適化による低コスト集客と開発力で成長を続ける株式会社カンム。近年は大手金融グループとの資本業務提携により、ベンチャー特有の機動力を維持しながら、金融サービス企業として信用力を兼ね備えた組織へと進化した。現在はB2C(※1)事業で培ったデータ解析技術や知見をB2B(※2)領域へ展開。決済データを起点とした統合的な金融体験を目指し、「本質的に世の中を変える」事業創造を掲げる第2創業期を迎えている。エンジニアとしての原点から、開発の裏側、次世代の金融サービス企業を共につくる仲間への思いまで、代表取締役の八巻渉氏に話を聞いた。
(※1)B2C:Business to Consumerの略。企業が一般消費者に対して商品やサービスを提供するビジネスモデルのこと。
(※2)B2B:Business to Businessの略。企業が企業に対して商品やサービスを提供するビジネスモデルのこと。
エンジニアの家系に育ち 逆境の「ライブドア・ショック」後に起業
ーーまずは、幼少期の原体験について教えてください。
八巻渉:
もともとは経営者ではなく、エンジニアを志していました。その背景には、ソニー株式会社で液晶テレビなどの基盤設計をしていた父をはじめ、エンジニアリング系の家系で育った環境があります。当時はまだパソコンが一般家庭に普及しきっていない時代でしたが、父の影響で幼稚園の頃にはすでにプログラミングに触れていました。ファミコンなどのハードウェアが故障した際に、父が自分で直す姿を間近に見ていたことも大きな経験です。
ただ、私はハードウェアの緻密な設計よりも、自らのアイデアをすぐにかたちにして動かすことができるソフトウェアの柔軟性に関心を持ちました。「将来は自然とエンジニアの道を歩むのだろう」と、物心ついた頃から考えていました。
ーーその後、どのような経緯で創業に至ったのでしょうか。
八巻渉:
経営や起業を意識し始めたのは、慶應義塾大学に入学した頃です。大学受験で味わった挫折から、「このままではトップになれないのではないか」という焦燥感がありました。その悔しさをバネに、大学受験に代わる「大きな勝負」に再び挑みたいという思いが芽生えたのです。また、当時は堀江貴文氏によるIT企業の急成長とメディア露出が社会現象(IT起業ブーム)となっており、起業という選択肢が非常に身近に感じられたことも後押しになりました。
大学卒業後はITベンチャーで2年ほど実務経験を積み、2011年、25歳の時に現在の株式会社カンムを創業しました。私が起業を志した2005〜2006年頃は、いわゆる「ライブドア・ショック」の影響でITベンチャーが一時的に冷遇されていた時期です。しかし、多くの学生がNPOなどに目を向けるなか、あえてその時期にIT領域に残った人々は非常に結束力の強い、「濃い」コミュニティを形成していました。そこで築いた現在のエンジェル投資家や有力な起業家の先輩方とのネットワークが、後の創業における決定的な契機となりました。前職を退職するタイミングで、月に一度ほど食事をして親交を深めていた投資家の方から「独立するなら出資する」と力強い言葉をかけていただいたことが、最終的に背中を大きく押してくれました。
クレカ業界の常識を覆す圧倒的低コスト集客と「プロダクト・オリエンテッド(製品主導型)」の姿勢
ーー創業当初はどのような事業モデルを構想されていましたか。
八巻渉:
金融領域で勝負することは決めていましたが、当初は現在とは異なる事業を模索していました。実は、最初は教育分野での起業も検討したのですが、ビジネスとしての立ち上がりに時間がかかるため、自身の強みである「データ解析」と相性の良い金融に的を絞り込んだのです。一時期は「会社四季報のオンライン個人版」のようなサービスを構想していたこともあります。
転機となったのは、決済領域に明るい経営者らとの交流です。「米国にはカードの決済データを分析し、付加価値を提供するビジネスモデルがある」と知ったことから日本での検証を始め、現在の決済事業の土台へと至りました。そこから「スマホに最適化されたカード」という着想を得て、現在の主力事業である『バンドルカード』の誕生に繋がっていったのです。
ーー主力事業『バンドルカード』がこれほどまでに支持され、急成長を遂げた要因は何だったのでしょうか。
八巻渉:
リリースから半年後、YouTuberへのプロモーション依頼によって一気に1万人以上のユーザーを獲得し、世の中に潜在していたニーズを確信しました。そこから、当時の株主による「資金の使いどころと勝負のタイミング」に関する助言が大きな転換点となりました。それまでは月数百万円ほどの広告費で小規模に展開していましたが、「ここで数千万円を投資して一気に勝負に出るべきだ」と強く背中を押されたのです。この助言に従って10億円以上の大型資金調達を実施し、プロモーションに注力した結果、月に数万人のユーザーを獲得する成長フェーズへ一気に移行できました。
また、従来のクレジットカード業界が1人のユーザー獲得に1万円〜2万円のコストをかけていたのに対し、私たちはすべての手続きをスマートフォンアプリで完結させる仕組みを構築しました。当時のクレジットカード業界はWeb明細の利用率がまだ20%程度にとどまっており、パスワードの変更一つをとってもハガキの郵送が必要になるなど、ユーザー体験において大きな課題を抱えていました。そこに目を向けたことでネット広告の最適化が可能となり、獲得コストを低く抑えるモデルを確立できたのです。圧倒的なユーザー獲得コストの低さこそが、私たちの大きな強みです。
ーー事業を推進する上で、大切にされている指針をお聞かせください。
八巻渉:
表面的な見せ方やマーケティングのテクニック、あるいは営業力で売るのではなく、プロダクトそのものが持つ「構造的な新しさ」や「機能の良さ(強度)」によってユーザーを引きつけるべきだという「プロダクト・オリエンテッド(製品主導型)」の姿勢を貫いています。金融という規制の厳しい領域だからこそ、新しい体験を提供できれば明確な差別化となります。常に新しい価値を創出し、プロダクトの力で成長し続ける組織でありたいと考えています。もちろん、そういった差別化要素があった上で、マーケティングや営業も重要とは考えています。プロダクト戦略の中にマーケティング・営業の要素も含まれていると定義しています。
金融の「コンテキスト化」への挑戦とB2B領域への進出
ーー事業拡大における大きなターニングポイントについて教えてください。
八巻渉:
株式会社三菱UFJ銀行との資本業務提携により、同行グループの一員となったことは、私たちにとって大きな転機でした。この提携により、ベンチャー特有のスピード感や機動力を維持したまま、資金調達手段が多様化しました。同時に、幅広い金融サービスを提供する企業へと舵を切るにあたり、リスク管理やコンプライアンスの基準をメガバンクが求める高い水準へと引き上げられたことも、組織づくりにおいて非常に重要なステップとなりました。高い社会的信用力を手に入れたことで、他社にはない強みを持つ組織へと変化しました。これからは「単にカードでヒットした会社」という現在の認知を超え、「複数のサービスを展開する、信用ある金融サービス企業」へと進化していく段階にあります。
ーーB2B領域への進出も本格化されていますが、この狙いは何でしょうか。
八巻渉:
金融領域でトップクラスを目指すには、B2C単一の事業だけでなく、B2CとB2Bのハイブリッドで市場を開拓する必要があると考えています。現在は、『バンドルカード』の運営で培ったデータ解析とスコアリングの知見をB2B領域に転用し、『サクっと資金調達』『サクっと分割』などのB2Bサービスを展開しています。
構想としては、B2C事業で提供しているクレジットカード『Pool』などサービスを通じて集まった資金を活用して、スタートアップや中小企業の将来債権を買い取る形(RBF:レベニュー・ベースド・ファイナンス)で資金提供するエコシステムの構築を目指しています。銀行からの借り入れが容易ではないスタートアップや、建設業、運送業といった既存の融資枠組みでは対応しきれない複雑な資金ニーズを持つ業界において、私たちの知見が活きると確信しています。
ーー今後の金融サービス全体は、どのように進化していくとお考えですか。
八巻渉:
私たちが目指すのは、決済データを起点とした金融サービスの「コンテキスト(文脈)化」です。単に決済手段を提供するだけでなく、ユーザーの生活動線のなかで「今、投資が必要」「ライフステージの変化により、今、保険が必要」というタイミングを日々の決済データから読み取ります。そして、最適な瞬間に提案できる統合的な金融体験を創り上げます。
現在の主力ユーザー層は若年層ですが、今後は家族を持ち、より複雑なお金の悩みを抱える40代、50代の層に対しても、スマートフォン一つで金融の課題をすべて解決できる世界観を提示していきたいと考えています。
そのような世界の実現を目指して、2026年3月より『バンドルカード』アプリの刷新プロジェクト「Re: バンドルカード」を始動しました。その第一弾として、日々の決済データに基づき、個人ユーザーの資金ニーズに柔軟に応える貸付サービス『バンドルカードローン』の提供を開始いたしました。
「本質的に世の中を変える」次世代の金融サービス企業を共につくる仲間を求む

ーー今後の展望をお聞かせください。
八巻渉:
本質的に世の中を変えるには、ソフトバンクグループ株式会社の孫正義氏や楽天グループ株式会社の三木谷浩史氏のように、最初から桁外れの規模を狙いに行くマインドセットが必要です。既存の数千億円規模の企業に並び、さらにその先へ行くビジョンを描いています。そのためにも、まずは社会インフラを担う次世代の金融サービス企業としての確固たる地位を確立させていく考えです。
ーーさらなる事業拡大に向け、どのような人材を求めていますか。
八巻渉:
ビジョンの実現には、組織のさらなる成熟が不可欠です。弊社は創業期からのメンバーが長く在籍しており、離職率が低く組織としての経験値が非常に高いという強みがあります。現在の社員は平均年齢が40歳前後と、スタートアップとしては比較的年齢層が高く、落ち着いた大人の組織です。
一方で、事業が多角化する「第2創業期」の現在、複雑な変数をコントロールし、事業全体を束ねられるミドルマネジメント層(部長級)の採用・拡充が急務となっています。これまでは個人の突破力に依存する部分もありましたが、これからはチームとして再現性を持って成果を出し続ける仕組み作りが求められます。だからこそ、多角化する事業の変数をしっかりと理解し、事業責任者として経営陣と現場をつなぐ役割を担える人材が欠かせません。「プロダクト・オリエンテッド」の理念に共感し、私たちと共に「次世代の金融サービス企業」をつくり上げる気概のある方と、ぜひお会いしたいと考えています。
編集後記
エンジニアとしての冷静で論理的な視点と、「本質的に社会の構造を変える」という野心。八巻氏の言葉からは、その両面が強く感じられた。「プロダクト・オリエンテッド」という信念を貫き、確固たるユーザー基盤を築き上げた同社は今、新興ベンチャーという枠組みを超え、社会インフラを担う次世代の金融サービス企業へと大きな飛躍を遂げようとしている。自社の開発力と大手金融機関の信用力という強力な両輪を得た彼らの描く未来は、決して夢物語ではない。成熟した組織を土台に、新たなミドルマネジメント層を迎え入れる同社の「第2創業期」は、日本の金融史に新たな軌跡を刻むことになるだろう。

八巻渉/慶應義塾大学を卒業後、2011年に株式会社カンムを設立。2016年にアプリから1分で発行できるVisaプリペイドカード『バンドルカード』をリリースし、2026年1月には累計1,400万インストールを突破。2022年3月に第二種金融商品取引業の登録を完了し、同年6月に手元の資産形成に活用できるクレジットカード『Pool』をリリース。2023年3月に株式会社三菱UFJ銀行と資本業務提携を締結。