※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

千葉県を拠点に、地域経済と住民の暮らしを支え続ける千葉信用金庫。そのトップに立つ理事長の宮澤英男氏は、地元の信用金庫を自らのキャリアに選び、入庫以来、一貫して現場を大切にする姿勢を貫いてきた。営業店での勤務、そして本部での経営企画業務を経て、58歳という若さで理事長に就任。組織のトップとして「顔の見えるトップ」を掲げ、自ら現場の最前線に立ち続ける。理事長就任を機に腹をくくり、覚悟を決めたという宮澤氏に、これまでのキャリアと経営哲学、そして千葉信用金庫の未来について話をうかがった。

予期せぬ抜擢が生んだ転機 組織変革への静かなる決意

ーー数ある金融機関の中から千葉信用金庫を選んだ理由をお聞かせください。

宮澤英男:
長男だった私は、地元の千葉で働きたいという強い思いがありました。複数の会社から内定をいただきましたが、千葉信用金庫に情報収集のため訪れた際、人事課長から信用金庫の社会的な役割等の説明を受け、とても感銘を受け、その日のうちに「ぜひうちに来てほしい」と電話があり、その熱意に心を動かされ、入庫を決めました。

ーー入庫後、営業店から本部の総合企画部に異動になったきっかけは何ですか。

宮澤英男:
営業店勤務時代に、役員が営業店に出向いて職員との意見交換会がありました。私はその時手を挙げて質問をしたのですが、当時の総合企画部長が、私の質問に対し「痛いところを突かれた」と感じたそうです。それがきっかけで、「面白いやつがいる」と私を覚えてくださり、総合企画部へ呼んでいただきました。当時、私は営業店の支店長を目指していたものですから、突然の異動がその後の大きな転換点となりました。

ーー総合企画部での経験は、ご自身のキャリアにどのように影響しましたか。

宮澤英男:
営業店と仕事の内容が全く違ったので、最初の3カ月間は何をすればいいのか分からず、戸惑いました。しかし、業務に慣れていく中で、組織の壁をまざまざと感じるようになりました。このままの立場では、組織の課題を根本からは変えられない。そう感じた私は、その時初めて「組織を変えるためには、トップになるしかない」と理事長になるという明確な目標を持ちました。

読書で見出した原理原則 リーダーの礎を築いた知の探求

ーー「理事長になる」と決意されてから、具体的にどのような準備をされましたか。

宮澤英男:
私は常日頃から、新入職員等に「運やチャンスは偶然ではなく必然的に巡ってくるもの。準備された心にしか降りてこない」と話しています。この言葉は私の実体験に基づいています。書物を読み、分からないことはすぐに調べて知識を吸収するという地道な努力を続けてきました。

読書をする際は、ただ本を読むだけではありません。心に響いたフレーズや分からなかった言葉に線を引いてメモを取り、自分だけのネタ帳をつくりました。心が落ち込んだり、判断に迷ったりした時に、そのメモを読み返すことで、言葉の力に元気づけられます。読書は自己研鑽のための行動です。

特に、安岡正篤氏の著作を読み、物事の根本にある「原理原則」を深く考えるようになりました。「原理原則」は個人だけではなく法人にも共通する部分があり、最も重要な考え方だと思います。

誰よりも汗を流す覚悟 言葉に重みを与えるトップの行動

ーー2016年、理事長に就任されましたが、その時の決意についてお聞かせください。

宮澤英男:
理事長に就任した時、まず「運命として受け止め、どんなことがあっても逃げない」と覚悟を決めました。逃げ場はないと腹をくくったことで、即断即決が求められる局面でも迷いがなくなりました。

そして、就任後すぐに「顔の見えるトップ」を目指すと宣言しました。これまでの理事長は、現場やお客様のもとへ足を運ぶ機会が限られていました。しかし、私は継続的に全49店舗の主要なお客様を自ら訪問し、現場の職員やお客様と直接コミュニケーションを取ることを徹底しました。

ーー自ら現場へ足を運ぶことは、組織にどのような変化をもたらしましたか。

宮澤英男:
私のスケジュールは、全職員が確認できる状態です。来客・お客様訪問などの予定が毎日ぎっしり詰まっているのを見ることで、職員は「トップがこれほど動いているのだから、自分たちも頑張ろう」と感じてくれます。

言葉は、行動が伴って初めて力を持つものです。私が実際に動くことで、指示や命令に重みが生まれ、職員も真摯に受け止めてくれます。この「背中で見せる」姿勢は、当金庫の強みだと考えています。

数字の先にある存在意義 組織の未来を拓く理念の追求

ーー千葉信用金庫の最大の強みはどこにあるとお考えですか。

宮澤英男:
当金庫の最大の強みは、地元金融機関としてのきめ細やかな対面での営業です。お客様と直接お会いし、課題やニーズを丁寧に吸い上げ、金融・非金融両面から解決策を提案しています。特に、信用金庫は既存のお客様を徹底的に守り、最後の最後まで支えることができる唯一の存在だと考えています。これは地域に根ざしたコミュニティバンクである私たちにしかできないことです。

ーー人材育成で注力していることを教えてください。

宮澤英男:
お客様の課題を解決するためには、自ら考え、行動する自立的な学習が必要です。そのためには、単に座学で学ぶのではなく、職員一人ひとりの感性や気づきを磨くことを重視した研修を行っています。また、女性が活躍できる環境づくりにも注力しています。信用金庫業界でいち早く、内閣府の「輝く女性の活躍を加速する男性リーダーの会」に加盟しました。今では、女性の非常勤理事や、内部から登用した女性の常勤理事も誕生しています。

ーー最後に、千葉信用金庫が今後目指す姿についてお聞かせください。

宮澤英男:
「理念の具現化」を目指しています。結果としての数字だけを追うのではなく、当金庫の存在意義そのものである理念を、愚直に実行することに意義があります。職員には、「数字目標は、あくまで理念を具現化するための手段の一つだ」と伝えています。やらされ感を払拭し、自ら進んで仕事に取り組むことでお客様に価値が伝わり、信用が生まれると考えています。

編集後記

「顔の見えるトップ」を掲げ、全店舗を巡る宮澤氏。その行動力こそが、一つひとつの言葉に圧倒的な説得力を持たせているのだろう。「準備された心にしかチャンスは降りてこない」。この言葉は、地道な自己研鑽を続ける同氏自身の生き様そのものだ。組織のトップが誰よりも汗を流す。その姿勢は、地域金融の未来だけでなく、キャリアを考える我々にも多くの示唆を与えてくれる。

宮澤英男/千葉県生まれ。1982年日本大学法学部卒業後、千葉信用金庫へ入庫。複数の支店で営業の第一線を経験。40歳で総合企画部へ異動し、経営の中枢に携わるキャリアをスタートさせる。その後、支店長、総合企画部長を経て、2008年に常勤理事に就任。営業統括部長や本店長といった要職を歴任し、2014年には常務理事に昇進。経営管理や地域推進を担った後、2016年6月に理事長に就任し、現在に至る。