※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

2021年、日本最古の遊園地「浅草花やしき」を運営する株式会社花やしきの代表取締役に就任した西川豊史氏。そのキャリアの礎は、エンターテインメント業界の巨人、ナムコでの経験にある。「あなた自身を売りなさい」という教えを胸に、顧客と向き合った経験だ。しかし、この就任はコロナ禍という未曾有の危機との闘いの始まりでもあった。西川氏はナムコ時代から一貫する「対話」を武器に、従業員と共にこの逆境に立ち向かう。歴史ある遊園地の伝統を守りつつ、新たな未来をどう描くのか。その軌跡と経営哲学に迫る。

「あなた自身を売りなさい」という教えが原点

ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。

西川豊史:
「なじみのあるゲームの名前を扱う仕事がしたい」という動機でナムコに入社し、アーケードゲームの営業に配属されました。当時はとにかく泥臭く営業をしていました。ゲームセンターが24時に閉まるため、24時過ぎにお店に訪問することもあったほどです。そうした人付き合いの中で信頼関係を築いていくのは大変でしたが、自分が推薦したゲームが人気を博し、お客様が喜んでくれることに大きなやりがいを感じていました。

ーー仕事をする上で、特に大切にされていることは何ですか。

西川豊史:
ナムコ時代、先輩から教わった「あなた自身を売りなさい」という言葉が私の原点です。「困った時に何人味方になってくれるか、そういう人をつくりなさい」と。私自身は特別なスキルがあったわけではないので、とにかくお客様の話をしっかり聞き、真摯に向き合うことを心がけてきました。その姿勢は、後に海外事業や経営企画なども経験した際も一貫していたと思います。

ーーどのような経緯で社長に就任されたのでしょうか。

西川豊史:
2020年に非常勤取締役として関わり始めたのですが、当時はまさにコロナ禍の真っ只中。「浅草花やしき」は長期休園せざるを得ない状況に追い込まれたのです。収入がない中でコスト削減など苦しい判断もしました。しかし、遊園地の運営は初めての経験であり、自分にとっては大きな挑戦だと前向きに捉えていました。そして、2021年に代表取締役に就任するに至りました。

就任後は、何よりも現場とのコミュニケーションを大切にしてきました。社員はもちろん、数十名いたアルバイトさん、一人ひとりと面談を実施しました。「なぜここで働くのか」「何が嬉しいのか」といった生の声を聞くことから始めたのです。現在も、相手と同じ目線に立ち、一緒に考えることを常に意識しています。

伝統を強みに変える『“なつかしい”を新しく』

ーー「浅草花やしき」の独自性や強みについてどうお考えですか。

西川豊史:
「浅草花やしき」の強みは、他にはない独特の景観や雰囲気にあります。限られたスペースを最大限に活用し、アトラクションを複雑に組み合わせているのです。この独自性を活かしつつ、収益源を増やすことにも注力しました。具体的な施策として、縁日エリアの改装やバンダイナムコグループのコンテンツの一つであるカプセルトイ専門店「ガシャポンのデパート」の導入が挙げられます。

コロナ禍が明け、会社の将来を見据えて、2025年の4月に新たなミッションとビジョンを策定しました。ミッションは『世代をこえて笑顔をつむぐ』、ビジョンは『“なつかしい”を新しく』です。これは社内プロジェクトで従業員の意見も取り入れたものです。170年以上この浅草の地でお客様に「笑顔で過ごすことのできる場」を提供し続けてきた花やしきだからこそ、あらゆる世代の方がいくつになっても笑顔になることができ、そんなお客様の笑顔をいつまでもつむぎ続ける施設を目指すという想いが込められています。

200年企業を目指し社員が楽しく働ける場所をつくる

ーー今後の展望と、それを実現するための組織づくりについてお聞かせください。

西川豊史:
2023年に開園170周年を迎え、今後は180年、200年と歴史を紡いでいくことを目指しています。そのために、ビジョンである『“なつかしい”を新しく』を体現すべく、施設を少しずつアップデートさせていきたいと考えています。2025年7月にはお化け屋敷をリニューアルし、少し怖い方面にアップデートすることで、より幅広い客層の方に関心を持っていただけるよう工夫しました。

こういった取り組みがメディアに取り上げられることで、今まで花やしきを知らなかった方々に来ていただくきっかけにもなっています。また、この地域は海外からのお客様も多いため、インバウンドの方々にもっと魅力を知っていただけるような対策も強化していくつもりです。

そのような未来を実現する上で最も重要なのが、従業員がやりがいとリターンを得て、明るく楽しく働ける環境づくりです。近年は社員も増え、多様なバックグラウンドを持つメンバーがそろっています。全員が同じ方向を向いて進めるよう、まずは会社の土台となるミッション・ビジョンを刷新しました。

さらに、以前は曖昧だった役割を明確にし、行動や成果が適切に評価される人事制度へのアップデートも進めています。遊園地という一つの場所で働き続けると得られる経験が限られてしまうため、研修にも時間をかけ、人材育成には特に力を入れています。月に一度の全社共有会や年に数回実施のアルバイトさんも参加する懇親会などを通じて、立場に関係なく皆で目的を共有し、一体感のある会社をつくっていきたいと考えています。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

西川豊史:
「浅草花やしき」という名前は、ありがたいことに多くの方が知ってくださっています。しかし、それは170年以上の歴史がもたらした知名度であり、「花やしき」というブランドが明確に確立されているかと問われると、まだ道半ばだと感じています。

このブランドイメージをさらに磨き上げ、次の世代へと花やしきを長く継続させていくことが、私たちの重要な役目です。そのためには、現状に満足せず、常に新しい挑戦を続ける必要があります。人の流動性が激しい時代ではありますが、「花やしきをもっとこうしたら面白くなるんじゃないか」と当事者意識を持って提案し、最後までやり抜いてくれるような熱意のある方と共に働きたいですね。私たちの思いに共感し、一緒に挑戦してくれる方をお待ちしています。

編集後記

ナムコで授けられた「あなた自身を売りなさい」という助言。それは、相手の懐に飛び込んで対話を尽くす、西川氏のキャリアを貫く姿勢を形作っている。コロナ禍という最大の危機に直面した際、彼が武器にしたのもやはり「対話」であった。従業員一人ひとりと向き合い、未来へのビジョンを共に創り上げる。その真摯な姿勢が組織の一体感を生み、V字回復への道を拓いたのだろう。変化の激しい時代において、組織を前進させる力は、人と人との真摯なコミュニケーションにある。西川氏の歩みは、その本質を改めて教えてくれた。

西川豊史/1963年生まれ。株式会社ナムコ(現・株式会社バンダイナムコエンターテインメント)に入社後、一貫してエンターテインメント業界に身を置く。アーケードゲームの営業として、顧客との対話を重視するスタイルを確立する。その後、海外事業や経営企画などにも従事。2020年に株式会社花やしきの非常勤取締役、2021年4月より同社の代表取締役に就任。170年以上の歴史を持つ日本最古の遊園地の新たな歴史を紡いでいる。