
プロフェッショナル人材と企業のマッチングを通じて、社会課題の解決を目指す株式会社みらいワークス。同社は、「ライスワーク(生活の糧)」と、「ライフワーク(働きがい)」の両立を支援するという独自の視点で、個人と企業の新たな関係性を築いている。その根底には、代表取締役社長である岡本祥治氏の原体験がある。順風満帆なキャリアから一転、挫折の淵で日本全国を旅する中で見出した「日本を元気にしたい」という強い思い。その情熱がいかにして現在の事業へと結実し、社会をどう変えようとしているのか。同社の描く未来図と、その根底にある思いに迫る。
挫折と自分探しが生んだ「日本を元気にする」という使命
ーー社会人としてのキャリアは、どのようにスタートされたのでしょうか。
岡本祥治:
実は最初から起業を目指していたわけではなく、一生サラリーマンでいるつもりでした。新卒で入った現在のアクセンチュアではコンサルタントの仕事が面白く、すっかり没頭していました。
転機は2005年頃です。同期と比較しての焦りや野心もあり、大学の先輩の誘いを受けてマザーズ上場のIT企業へ転職しました。ところが、入社してわずか半年後、いわゆる「ライブドア事件」が起きたのです。その会社が過去の取引を疑われて捜査対象となり、あっという間に倒産寸前の状態に陥りました。なんとか会社は生き延び、私は人生で初めての転職活動を始めましたが、現実に直面します。社長面接まで進み「ぜひ来てほしい」と言われても後日、不採用になるのです。理由は明確でした。当時28歳で上場企業の経営企画室の責任者。しかし会社名をネットで調べれば、ライブドア事件と結びつけられるようになっていたのです。
ずっと学歴社会のど真ん中を歩んできたはずなのに、これまで築き上げたキャリアが突然、マイナス評価に変わり、どこにも行けなくなってしまったのです。
ーー起業を決意されるまでの経緯についてお聞かせください。
岡本祥治:
開き直って、自分を見つめ直すために本を読み、いろいろな人と交流し、行ったことがなかった全県を旅しました。各地で歴史や食、文化に触れるにつれ、日本の素晴らしさを再認識していくことになります。その一方で目の当たりにしたのが、活力を失いシャッターが下りた地方の商店街でした。利便性が追求され、どこも同じ景色になっていく現実。日本の良さを生かしながら、再び経済を発展させる方法はないかと考え続けていました。
そして旅を通じ、「日本を元気にすること」が自分のやりたいことだと気づきました。ただ、起業への恐怖心もすぐには拭えずにいました。そんな中で転機となったのが、青森のねぶた祭です。祭りに懸ける人々の熱量に圧倒され、「それに比べて、自分は何もやっていない」と痛感させられたのです。翌日、秋田の乳頭温泉でデール・カーネギーの「道は開ける」を読み、覚悟を決めました。2か月足らずで、具体的な事業案もないまま、法人設立へと踏み切りました。
仲間を救う中で見えた「個の力」を束ねるビジネス

ーーどのような経緯で、現在の事業につながったのでしょうか。
岡本祥治:
起業直後にリーマン・ショックが起き、まずは私自身がフリーランスのコンサルタントとして働き始めました。私は仕事を得られるようになり、手に余るほどになりましたが、周囲には仕事がなく困っている友人が大勢いました。
彼らは実力があるものの、個人ゆえに企業から直接仕事を受けるための社会的信用が不足していました。そこで、まずは私の会社が企業から業務委託で案件を請け負い、責任を持って友人に再発注するスキームを構築したのです。万が一、友人のパフォーマンスが不足した場合は、私の会社が責任を負います。この仕組みにより、企業は安心して発注でき、個人は活躍の場を得ることができる。結果としてこのモデルが社会的信用を補完する仕組みとして喜ばれたため、事業化を決意し、みらいワークスの原点となりました。
ーーその気づきは、現在掲げるミッション「日本のみらいの為に挑戦する人を増やす」やビジョン「プロフェッショナル人材が挑戦するエコシステムを創造する」にどうつながりましたか。
岡本祥治:
共に働くフリーランスの友人たちの志を聞くと、彼らの多くが「大企業での経験を活かした中小企業の支援」や「地方創生」、「海外との繋がり」をテーマに掲げていたのです。私と同じ「日本を元気にしたい」という思いを持つ人がこれほど多いのかと、驚きを隠せませんでした。
しかし、実力も志もある彼らが、活躍の場を持てずにいる現実がありました。私一人が動くより、同じ志を持つ彼らが活躍できる環境をつくるほうが、日本を元気にするスピードは格段に上がります。このとき、「個人が輝くための社会インフラをつくろう」と決意し、プロフェッショナル人材のマッチング事業へと一気に注力していくことになります。
「ライスワーク」と「ライフワーク」を両立させる独自の強み
ーー現在の事業内容と、貴社ならではの強みについておうかがいできますか。
岡本祥治:
現在は、フリーランスや副業など5つのプラットフォームを運営しています。その最大の強みと言えるのが、約9万5000人のプロフェッショナル人材データベースです。これを核にコンサルティングや地方創生、オープンイノベーションといった周辺事業を多角的に展開し、相乗効果を生んでいます。また、生活のための仕事=「ライスワーク」と、人生を懸けて成し遂げたい仕事=「ライフワーク」の両立を掲げている点も大きな特徴と言えます。優秀な現役世代が、報酬よりも「地域に貢献したい」という思いで地方企業を支援する事例のように、お金以外の価値観でマッチングを実現できる点が、他社にはない独自の強みです。
ーー企業や経営者へ、どのような価値を提供できるとお考えですか。
岡本祥治:
変化の激しい時代において、ビジネスのスピードは非常に重要です。正社員採用には数ヶ月かかりますが、それでは間に合いません。その点、外部のプロフェッショナル人材を活用すれば、必要なスキルを持つ人材をすぐに確保できます。例えば、新規事業がうまくいかなかった場合のリスクも、正社員採用に比べて格段に低い。事業のスピードアップとリスクヘッジを両立できる、企業にとって有益な選択肢を提供しています。
「ロマンとそろばん」で挑む社会課題の解決
ーー経営者として大切にされている価値観について教えていただけますか。
岡本祥治:
私たちが存在する目的は、ミッション・ビジョンの達成にほかなりません。事業を立ち上げる際も、どれだけ利益が出るかではなく、ビジョンの実現にどう貢献するのかを最優先の判断基準にしています。マネタイズの手法は後から考えるとして、まずは「社会のためにやるべきだ」という強い使命感を優先して走り出すこともあります。実際に地方創生事業も、採算の目途が立たない状態からスタートし、試行錯誤の中で形にしてきました。
こうした姿勢を貫き、将来的には「プロフェッショナル人材といえばみらいワークス」と、誰もが想起する存在になりたいですね。現在は各サービスの認知が分散しているため、ブランドの再定義を行い、社会課題を解決する企業としての認知を広めようとしているところです。
ーー最後に、ビジョンの実現に向けての方針をお聞かせください。
岡本祥治:
まず組織づくりにおいては、人材育成に注力しています。弊社のビジネスモデルは独自性が高く、即戦力を外部から採用することは容易ではありません。そのため、新卒や若手を採用し、私自身が講師となって一から教育する仕組みづくりに力を入れています。理想の組織を目指し、常に育成を続けていく方針です。
私はよく「ロマンとそろばん」の話をします。社会課題解決という「ロマン」だけでは活動は継続できません。利益という「そろばん」との両立が不可欠なのです。外部資金に頼るのではなく、自ら稼ぎながら社会貢献を続ける。この持続可能な仕組みをつくり出すことにこそ、私たちがビジネスとして取り組む価値があるのだと確信し、チャレンジを続けています。
編集後記
順風満帆なエリートキャリアからの転落、そして自分探しの旅。岡本氏の言葉から浮かび上がるのは、その強烈な原体験が「日本を元気にする」という揺るぎない使命感へと昇華された物語である。同社の掲げる「ライスワーク」と「ライフワーク」。それは単なる言葉の定義ではなく、自身が挫折の中で見出した、人が働く意味そのものへの問いかけにほかならない。社会貢献という「ロマン」を、ビジネスという「そろばん」で持続可能な形にする。その挑戦は、個人の働きがいと社会全体の活性化を両立させる、日本の働き方を変える同社の歩みの先に、明るい未来が広がっている。

岡本祥治/1976年神奈川県生まれ。慶應義塾大学理工学部卒。アクセンチュア等を経て、47都道府県を旅する過程で「日本を元気にしたい」という思いが高まり起業を決意。2012年みらいワークス設立。2017年に東証マザーズ(現・東証グロース)上場。プロフェッショナル人材事業を主軸に地方創生、コンサルティング、オープンイノベーション、実践型リスキリング、サステナビリティの事業を展開し、自治体や企業の課題解決に貢献。趣味は読書、ゴルフ、旅行(日本47都道府県・海外115ヵ国渡航)。