※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

宇宙開発という壮大なテーマに、日本発のスタートアップが挑んでいる。株式会社ispaceは、民間企業として月への輸送サービスを構築し、将来的には月面での資源開発を見据えている。代表取締役CEOの袴田武史氏は、航空宇宙工学の知見を生かし、多国籍チームを率いて前人未到の領域を開拓してきた。困難が予想されるビジネス領域において、彼はなぜ力強く事業を推し進められるのか。単なる技術開発に留まらない、社会システム全体の最適化を見据えた経営信念と未来へのビジョンに迫った。

「諦めない」精神と全体最適を見据えた「システム」思考

ーー起業の経緯についてお聞かせください。

袴田武史:
航空宇宙工学を学んでいた学生時代、これからは商業的な宇宙開発が発展するかもしれないと強く感じていました。ただ、最初から起業しようと思っていたわけではありません。商業化していくならビジネスの視点も必要だと考え、まずはコンサルティング会社に入社しました。

そこでは、宇宙以外の業界が利益を出すために現場でどれだけ苦労しているのかを体感し、大体のコスト構造を把握する視点を養うことができました。また、入社した会社自体が立ち上げ直後で、事業を始めた人たちが自ら資金を投じて進めるスタートアップのような環境だったんです。活気がある一方でリスクもあり、「自分たちでしっかりとお金を稼げるようにならなければ」という現実を目の当たりにしたことが、結果的にスタートアップを始める大きな度胸につながっています。

その後、「Google Lunar XPRIZE」という国際レースの日本チームを法人化することになり、当時一番時間を使えた私が代表に就いたのが、現在の事業のきっかけです。

ーー前人未到の挑戦を続ける中で、幾多の困難を乗り越えてこられた原動力は何でしょうか。

袴田武史:
私が折れずにここまで来られたのは、単に「諦めない」というシンプルかつ強力な信念を持っているからです。私自身の原動力は「スター・ウォーズ」に出てくるような宇宙船を見られる世界にしたいという思いにあります。また、私の強みは、大学時代に学んだ「全体を大きなシステムとして捉え、物事を考える」思考だと思っています。宇宙開発を単なる技術開発としてではなく、社会システム全体の最適化として捉え、幅広い視野で構築していくことを意識しています。

多様性が生む革新で切り拓く 異業種共創の月面インフラ

ーー競合がひしめく中で、貴社の強みや特徴についてお聞かせください。

袴田武史:
弊社の大きな特徴は、国籍を問わず多様な人材が集結するダイバーシティ組織にあります。アメリカなどの競合企業は宇宙開発における輸出規制や政治的な制約が多いですが、私たちはグローバルに展開することでそれらを乗り越え、世界中の一番良い技術と人材にリーチできる体制を構築しています。

日本の品質に対する世界からの信頼を維持しつつ、多様なバックグラウンドを持つメンバーが集う「日本発」×「グローバル」のハイブリッド体制が私たちの強みです。異なる文化やアイデアを融合させないと、イノベーションは起こりません。意見がぶつかりストレスがかかることもありますが、その摩擦から生み出されるスピード感こそが、誰も考えたことがない新しい価値を創出します。

また、私たちは「Prove by Action(行動で証明する)」という言葉を行動指針として掲げています。言葉だけでなく、まず一歩進めて行動し、結果を出すこと。初期の国際レースでの中間賞獲得や、事業が本格的な成長期に入る際に行う「シリーズA」という段階での100億円規模の資金調達など、実績を一つずつ積み上げてきた歴史が、今の強固な信頼につながっているのです。

ーー月面インフラ構築や地球環境への貢献について、どのようなビジョンをお持ちでしょうか。

袴田武史:
月はこれから非常に重要な要素になります。宇宙での活動コストの半分は輸送費と言われており、地球から燃料を持っていくのは非常に非効率です。もし、月で水資源から水素や酸素の燃料を作り、宇宙の「ガスステーション」として地産地消できれば、輸送コストは劇的に下がる。これにより宇宙での経済合理性が飛躍的に高まり、地球の持続可能性にも大きく貢献できると考えています。

私たちは単なる輸送業にとどまらず、人間が月で活動するためのインフラ基盤を担うことを目指しています。これから月でインフラ構築が始まる中で、通信や電力、水資源開発など、地上で事業を行うさまざまな企業がパートナーとして参加してくるでしょう。たとえば、地上の水処理技術を持つ企業との連携をはじめ、農業やデータセンター、通信など「地上の常識」を月面へ転用し、異業種を巻き込んだエコシステムを構築していくことが、日本企業の大きな強みになるはずです。

月面経済圏の中心へ 次世代に求める「わがまま」な発信力

ーー今後の展開と目指すべきマイルストーンについて教えてください。

袴田武史:
まずは月面への着陸を実現し、それを継続して輸送のインフラをしっかりと構築していきます。具体的には、月の裏側への着陸を目指すミッションや、より大きな荷物を運べる次世代着陸船を投入するミッションを計画しています。現在は、月への輸送頻度を上げることで、より高度な技術検証を行いながら、宇宙資源の利用に向けた道筋をつける重要なフェーズにあります。まだ誰もやったことがない領域に挑戦しており、私たちが最初のメインプレイヤーとして、月面経済圏のエコシステムのハブになることを目指しているのです。将来的には、人類が火星へ進出する際の「生存圏」の基盤として、私たちのインフラが不可欠な役割を果たすと確信しています。

ーー最後に、グローバルな環境で活躍を目指す次世代へ向けてメッセージをお願いします。

袴田武史:
グローバルで戦うために必要なのは、「言語」と「議論を恐れない姿勢」、そして「コンテンツ」です。コミュニケーションのツールとして英語は必須ですが、それに加えて、自分の信じるものを恐れずに口に出して議論できる強さと、自分にしかないユニークな「コンテンツ」を持つことが重要です。自分がやりたいことを明確に主張すれば、世界の人々は真摯に聞いて共感してくれます。日本人が持つ品質や信頼感に甘んじることなく、自ら能動的に発信し、周囲を巻き込む発信力こそが、グローバルな競争で輝くための鍵です。外国人の意見にただ同調するのではなく、もっと「わがまま」に自らの意見を発信し、挑戦を恐れないでほしいですね。

編集後記

民間企業による月面探査という途方もない夢を、袴田氏は「諦めない」精神と極めて冷静な「システム思考」で現実のものにしようとしている。多国籍チームによる意見の衝突をイノベーションの源泉に変え、「月面経済圏」という新たなフロンティアを開拓する姿勢には、日本発スタートアップの底知れぬ可能性を感じた。同社がつくり出す宇宙の歴史から、今後も目が離せない。

袴田武史/スター・ウォーズに魅了され宇宙開発を志し、ジョージア工科大院で航空宇宙工学修士を取得。外資系コンサルを経て、2010年に「HAKUTO」を率い株式会社ispaceを設立。「HAKUTO-R」で2度の月面着陸に挑戦し、現在は月輸送サービスと宇宙資源利用の実現に向け後続ミッションを開発中。