外出規制の緩和によりコロナ禍以前の日常に戻りつつあり、プライベートやビジネスでの海外渡航者の数も回復した。そんな中、国内初の中長距離LCC(格安航空会社)としてリーズナブルな運賃を実現しているのが、日本航空(JAL)傘下の株式会社ZIPAIR Tokyoだ。
他社が苦戦してきた国際線における中長距離LCCモデルに挑戦した理由や、無料インターネットサービスの提供、従業員の新しい働き方などの戦略について、代表取締役社長の西田真吾氏にうかがった。
航空会社の経営者としての基盤をつくった下積み時代
ーー西田社長の経歴についてお聞かせください。
西田真吾:
学生時代には羽田空港でアルバイトをするなど、航空業界で働くのが長年の夢でしたが、念願が叶い、日本航空の総合職として入社しました。入社後は伊丹空港に配属され、当時、伊丹空港で運航していた国際線で搭乗手続き業務や予算管理などの間接業務を担当しました。
当時は指示されるまま入国管理局や税関に顔を出している毎日でしたが、ただ、それぞれの役割を把握することで、各業務の必要性を理解し、全体の流れを俯瞰して見られるようになりましたね。
ーーZIPAIR Tokyoが設立した経緯を教えていただけますか。
西田真吾:
母体である日本航空が経営破綻して以降、フルサービスキャリアモデル(※)だけでは限界があると考えました。そこで打ち出したのが、他社が行っていない中長距離LCCモデルです。
過去にヨーロッパの各航空会社がアメリカ・ヨーロッパ間でLCC事業を行っていましたが、成功したとは言えませんでした。それでもあえてこの事業に参入したのには主に2つ理由があります。
ひとつが、フルサービスキャリア以外にも太平洋を渡れる手段をつくり、お客様の選択肢を広げていくためです。これまではフルサービスキャリアに限定されていた国際線ですが、「より低コストで快適なサービスを拡大していく」という思いをずっと持っていて、必ず実現しようと考えていました。もうひとつが、地理的要因です。日本は経済成長が著しい東南アジアと北米の間に位置しており、二つのエリアを結ぶ航空ネットワークの需要増加が見込まれました。
(※)フルサービスキャリアモデル:ファースト・ビジネス・エコノミーの複数の座席クラスに分かれ、機内食や飲み物サービスが航空運賃に含まれているもの
航空業界の常識を覆す戦略で利用者獲得を狙う
ーー貴社の特徴や強みについてお聞かせください。
西田真吾:
中長距離LCCのパイオニアとして、「NEW BASIC AIRLINE(ニュー ベーシック エアライン)」をコンセプトに掲げています。その中でも従来の航空業界の常識を大きく覆したのが、チケットの価格です。
たとえばハワイ・ホノルル線では、片道2万円から提供しており、ほとんどの時期で他社の半額以下でお買い求めいただけます。チケット以外の手荷物や機内食の料金はオプションで購入いただく必要がありますが、お客さまが必要なものだけをご自身で選択することが可能です。
近年、原油価格相場に応じた燃油サーチャージを別に支払わなければならない航空会社もありますが、ZIPAIRには燃油サーチャージがなく、今後も導入するつもりはありません。
若い世代の方を中心に「この運賃で乗れるなら、このサービスで十分」とのお声をいただくこともあり、今の時代にあった商品・サービスを展開できているのではないかと手ごたえを感じています。
ーーその他にフルサービスキャリアと異なる点や差別化ポイントを教えてください。
西田真吾:
機内でのインターネット無料サービスは従来の航空会社の常識を覆したと自負しているポイントです。インターネット全盛期の時代に創った航空会社ですから、地上で当たり前にできるインターネット通信を空の上でも実現したいと考えていました。ZIPAIRは近距離路線でも3時間、長距離路線だと10時間を超えるフライトとなりますが、インターネットを無料開放することでお客さまのフライトの体感時間を短くしたいと考えています。
複数の業務を並行するオールラウンダーを育成。社員の長期的なキャリア形成を支援
ーー貴社では独自の採用方針をとっているそうですね。
西田真吾:
航空会社では分業制が一般的ですが、ZIPAIRの場合、パイロットを除いて、特定の職種に特化した採用を行っていません。そのため、一人の社員に対し、客室業務や空港業務に加え複数の地上業務を担当して貰っています。
一つの業務に限定せず、様々な業務を経験してもらうことで、オールマイティーに活躍できる人材の育成を目指しています。
ZIPAIRは業務範囲に自由度があるため、長期的なキャリア形成が可能です。社員一人一人のライフステージに合わせて働き方や職種を変えることでキャリアを中断せずに勤め続けることできます。
社員が出来るだけ長く働ける環境を提供することで、会社は訓練や教育にかかる時間やコストを削減できるため、社員と会社の双方にメリットがあります。
路線ネットワーク拡大も視野に入れ、より便利なフライトサービスを提供
ーーコロナ感染も収束し、インバウンド需要が高まっている今の状況をどのように受け止めていますか。
西田真吾:
ZIPAIRもインバウンド需要の恩恵を受け、約7割以上が外国籍のお客様です。インバウンド需要は今後も堅調に推移すると想定されていますが、一方で航空業界は浮き沈みの激しい業界であり、取り巻く環境変化に着いていけるよう、常に新しい商品・サービスを開発したいと考えています。
ーー最後に今後の展開についてお話しください。
西田真吾:
現在8機の航空機で、成田空港を拠点にアジアで4路線、ハワイ・北米で5路線の計9路線のネットワークを展開しています。今後も新たな航空機導入にあわせ、アジア・北米へバランスよくネットワークを拡大していきたいと思います。
少しだけ新しいサービスの宣伝をさせていただきますが、24年7月から予約後のチケット変更を可能とするサービスパッケージ「Flex Biz」の販売を開始しました。急なご予定の変更にも対応いただけるようになったため、今後はさらに多くの方にご利用いただきたいと思っています。
編集後記
航空業界に強い憧れを持ち、入社以降さまざまな部署で経験を積んできた西田社長。インタビュー中も「お客様に、より自由な空の移動手段を提供したい」という思いがひしひしと伝わってきた。株式会社ZIPAIR Tokyoは、これからも航空業界に風穴を開け、新しい常識を築いていくことだろう。
西田真吾/1968年神奈川県生まれ。生後まもなく、大西洋上にあるスペイン・カナリア諸島へ移り、9歳まで現地で過ごす。1990年に早稲田大学を卒業後、日本航空株式会社(JAL)へ入社し、資金部、関連事業室、収支資金計画部などを経て2015年にマイレージ事業部長に就任。2018年ZIPAIR Tokyoの準備会社ティー・ビー・エル社長に就任。2019年から現職。