
「ロングライフ住宅」を提唱し、都市の住まいを守り続けてきた旭化成ホームズ株式会社。強靭な鉄骨構造と独自素材「ヘーベル」で圧倒的ブランド力を誇る同社を率いるのが、代表取締役社長の大和久裕二氏だ。一貫して現場を歩んだ同氏のキャリアは、若手時代の挫折や本社への直談判など泥臭い挑戦の連続だった。巨大な組織の壁を打ち破ってきた彼がトップとして掲げる「逆ピラミッド型」の組織改革、環境先進住宅の展開を通じた次なる戦略、そして独自の経営信念に深く迫る。
入社7年目の挫折 自分のやり方が通用しない絶望から学んだチームの力
ーーまずは、キャリアのスタートについてお聞かせいただけますか。
大和久裕二:
私は1987年に旭化成工業株式会社(現・旭化成株式会社)に入社し、当時の住宅事業部に配属されました。千葉エリアの営業担当として配属されたのが、私のビジネスパーソンとしてのキャリアのスタートです。当時は全社的に事業部制が敷かれていましたが、後に持ち株会社制への移行などに伴い、住宅事業は子会社である現在の旭化成ホームズ株式会社として分社化されました。その大きな転換期においても、私は迷うことなくこの会社に残り、最前線で住宅の仕事を続ける道を選びました。
ーー住宅という商材を扱う中でどのような点に魅力を感じていたのですか。
大和久裕二:
お客様から直接「大和久さんにお願いしてよかった」と笑顔で感謝されることです。住宅は建てて終わりではなく、お引き渡しから何十年という長いお付き合いが始まります。お客様の人生というドラマに深く寄り添い、時に叱咤激励を受けながら自分自身が鍛え上げられていく。その奥深さにすっかり魅了されていました。
ーー順調にキャリアを重ねられた印象ですが、最初の転機はいつ頃だったのでしょうか。
大和久裕二:
入社7年目で住宅展示場の店長になった時ですね。当時としては異例の若さでの抜擢でしたから、私自身大いに意気込んでいました。しかし、配属されたのは集客が非常に厳しいエリアの展示場でした。おまけに、5月にはその展示場自体がなくなってしまうことが確定しているという、極めて困難な環境でのスタートだったのです。
私はそれまで営業担当として高い受注実績を上げてきた成功体験があったため、「自分がトップセールスとして手本を見せれば、部下たちは勝手に育ち、ノルマも達成できるだろう」と高を括っていました。しかし蓋を開けてみると、最初の3ヶ月は全くと言っていいほど成績が上がりませんでした。
ーーなぜ上手くいかなかったのですか。
大和久裕二:
自分の成功体験をそのまま部下に押し付け、偉そうに指示するだけでメンバーの支援に全く回っていなかったからです。「みんなで力を合わせないと成績は上がらない」と痛感し、心を入れ替え、ポスティングや見学会の企画・準備など、泥臭い作業を私が誰よりも率先して行いました。「自分がやるから、一緒にやってみよう」と、指示を出すだけの存在から、部下を支えるために先頭に立つ存在へと意識を変えたことで、チームが一つにまとまり大きな成果につながりました。
そしてメンバーには「私は上司の顔色を見るのではなく、お客様を見て仕事をしています。だから皆さんも、お客様を見て仕事をやってください」と伝えました。目的を「お客様のため」に揃えて一緒に取り組めるようになったことが大きなターニングポイントであり、それ以降、私自身も上司ではなく部下とお客様を見るスタンスをずっと貫いてきました。
なぜやらないのか 本社の門前払いを覆した執念の直談判
ーーその後、キャリアを進める中で新たにぶつかった壁はありましたか。
大和久裕二:
東京の城南エリアで支店長を務めていた時のことです。当時、弊社は3階・4階建て住宅でトップシェアでしたが、限られた土地を有効活用したいという「5階建て住宅」の強いニーズを現場で肌で感じていました。「お客様が求めている以上、絶対にやるべきだ」と確信し、商品企画部長や営業の推進部長など、本社の推進部長らに直談判に行きました。
ーー直談判に対する本社の反応はどのようなものだったのでしょうか。
大和久裕二:
「莫大な開発費をかけてどれだけ売れるんだ」と門前払いでした。しかし諦めず、さらに上の役員クラスに直接掛け合い、本社から担当者を一人つけてもらうことができました。そこから技術や設計の本部長クラスを集め、「今日からやれない理由を並べるのはやめ、どうすればできるかだけを話しましょう」と伝えたのです。
ーー社内からの反発はなかったのですか。
大和久裕二:
大反発です。「商品化には3年かかる」と言われましたが、「市場が待っている。半年でやるんだ」と押し切りました。論理と情熱で関係各所を説得し、技術陣も既存部材を組み合わせて工期とコストを圧縮する画期的なアイデアを出してくれました。その結果、1年でリリースされた5階建て商品は市場のニーズとマッチし、予想以上の受注をいただく結果となりました。これがその後中高層事業を立ち上げる礎になったと思っています。正しいと思ったことには、やり方を変えてでも周囲を巻き込みチャレンジする。この姿勢こそが組織を変革すると深く学びました。
社長は組織の土台という覚悟 「逆ピラミッド」で挑む自律型組織への変革

ーー社長としてどのような意気込みで経営に臨まれていますか。
大和久裕二:
住宅事業を一体とした成長戦略を描くとともに、それを支える「人」と「組織風土の改革」に注力したいと考えています。その中で最も重視しているのは「一人ひとりの社員の成長」と「チームとしての成長」です。住宅事業を取り巻く環境が激変する中、各事業部が連携して成長戦略を実行するには、「人」と「組織風土の改革」が不可欠です。
ーー具体的にどのような組織づくりを目指していますか。
大和久裕二:
「全員がチャレンジできる組織」です。失敗を恐れず、前向きに話し合える心理的安全性の高い環境をつくりたい。そのために私が提唱しているのが「逆ピラミッド」の組織構造です。一番上にいるのが「お客様」。次にお客様と直に接する「現場」。そして一番下で土台として全体を支えているのが私なのです。
ーー非常に斬新ですが、なぜそのような「逆転の発想」に至ったのでしょうか。
大和久裕二:
役職が偉いわけではありません。最前線の現場が、トップダウンの指示に縛られて身動きが取れなくなるのは間違いです。現場が自ら考え、判断し行動できる自律型組織でなければ変化の激しい時代を生き残れません。私自身が全国の支店を回り、現場のリアルな課題や要望を直接聞く「対話会」を実施し、ボトムアップで組織全体を変えようと全力を注いでいます。
60年価値が続くロングライフの思想と環境への挑戦

ーー貴社の主力商品である「ヘーベルハウス」の強みをお聞かせください。
大和久裕二:
1998年に業界に先駆けて提唱した「ロングライフ住宅宣言」の思想です。独自素材「ヘーベル」と強靭な鉄骨構造により、高い耐火・遮音・断熱性と、圧倒的な耐久性を実現しています。スクラップ&ビルドが当たり前だった時代から60年間の耐用年数を前提とし、無料点検システムを通じて建物の価値を維持し続ける姿勢が、多くのファンを生む源泉です。
ーー近年は環境問題にも注力されているそうですが、詳しく教えていただけますか。
大和久裕二:
弊社は事業活動で使用する電力を100%再生可能エネルギーで調達する国際的なイニシアチブである「RE100」達成の目標を、当初2038年度としていました。しかし、全社を挙げて取り組みを加速させた結果、予定を大幅に前倒した2023年度に目標を達成してしまいました。
これを可能にしたのは、弊社の住宅に太陽光発電システムを搭載していただいたお客様から、余剰電力を買い取らせていただく弊社独自の仕組みである「ヘーベル電気」の存在が大きく貢献しています。固定価格買取制度の期間を終えたお客様の屋根をお借りして発電したクリーンな電力を、私たちの事業活動の電力として利用したり、賃貸住宅の入居者様にも供給しています。お客様と企業が一体となって環境目標を達成するという、非常にユニークで価値のある好循環モデルだと自負しています。環境を意識した経営は、もはや企業の社会的責任の根幹です。

ーー新商品「earth-tect(アーステクト)」についてお聞かせください。
大和久裕二:
「earth-tect(アーステクト)」は、国内の大手ハウスメーカーとして初めての試みとなる画期的な環境先進住宅です。この商品は、住宅の「建設」から、居住する「運用」、そして将来の「改修」、最終的な「解体」に至るまでの60年間のライフサイクル全体において、CO2排出量の収支を「実質ゼロ」にすることを目指しています。単に住んでいる間の省エネだけでなく、建材の製造や建設・解体時に排出されるCO2までも相殺しようという画期的な取り組みです。
具体的には、先ほど申し上げたヘーベル電気の仕組みを通じて、既存のオーナー様から買い取った実質再生可能エネルギー電力や、その環境価値を最大限に活用し、お客様に還元することで収支ゼロを実現します。このライフサイクル全体を見据えた脱炭素化への取り組みは非常に高く評価され、地球環境大賞において国土交通大臣賞を賜りました。環境貢献を力強く宣言し、自ら実行していくこと自体が、これからの企業としての大きな使命だと考えています。
デジタル化の先にある未来を託せる人と会社へ
ーーDXやITの活用についてはどのような取り組みを進めていますか。
大和久裕二:
私たちは住宅の建築・販売を起点として、電気の供給、リフォーム、不動産仲介、さらには火災保険などの損害保険や生命保険に至るまで、お客様の暮らしにまつわるさまざまなインフラサービスを総合的に提供しています。これからの時代、これらの各サービスから得られる膨大なデータを全社で一元化し、精緻に分析することが不可欠です。それにより、お客様のライフステージの変化を的確に捉え、最適なタイミングで、より質の高いご提案ができる仕組みを構築していくことが、現在の中期経営計画における重要なテーマの一つです。
私たちが目指すDXは、単に社内の業務を効率化して人を減らすためのシステム導入ではありません。お客様との長期的な関係性をさらに深め、一人ひとりの暮らしに寄り添った新たな付加価値を創造するための、前向きなデジタル活用を進めていきます。より良いサービスでお客様の人生を豊かにし続けることが、IT活用の本来の目的です。
ーー最後に、今後の展望と読者へのメッセージをお願いします。
大和久裕二:
旭化成ホームズグループは、2030年に目指す姿として「Vision for 2030」を策定し、その中で「未来を託せる人と会社へ」という、新たなビジョンを掲げました。正解のない不確実な時代において、社会の変化に柔軟に対応するためには、人財が命です。指示を待つのではなく、自らが挑戦・成長できる人材の育成が何よりも不可欠です。現場のチームが互いに強固に連携し、お客様が抱える課題の解決に向けて主体的に動く。個人の強さも大事ですが、特に現場のチーム力を上げるための投資は決して惜しみません。そうして多様な人財が活躍することで、お客様から「あなたたちになら、私たちの未来を託しますよ」と心から言っていただける企業になれると信じています。
これからも私たちは、人づくりへの投資を決して惜しまず、卓越した技術力と環境への配慮を両立させながら、お客様の「未来を託せる人と会社へ」という姿を実現するための挑戦を続けていきます。自分が正しいと思ったことには、ぜひ皆さんも果敢にチャレンジしてください。その勇気ある一歩が、必ず未来を切り拓く力になります。
編集後記
旭化成ホームズ株式会社を牽引する大和久氏の言葉には、徹底した「現場至上主義」と「顧客第一」の信念が宿っていた。トップとして会社の未来像を描きつつも、自らが組織の土台となって最前線を支える姿勢は、数々の泥臭い苦労や挫折を乗り越えてきた氏ならではの哲学だ。変化の激しい現代において、自ら考え行動する人材への投資を惜しまず、「未来を託せる人と会社へ」というビジョンの実現に向けた挑戦から今後も目が離せない。

大和久裕二/1963年千葉県生まれ、中央大学法学部卒業後、1987年旭化成工業株式会社(現・旭化成株式会社)に入社し、以降新築請負事業中心に従事。東京エリアでの支店長、千葉・茨城エリアでの営業本部長、本社マーケティング本部長などを歴任し、2025年に旭化成ホームズ株式会社代表取締役社長に就任。