
黒電話の時代から始まり、現在では携帯電話や放送設備など社会に欠かせないインフラ事業を多角的に展開する田中電気株式会社。同社は確かな技術力と社員の「人柄」を強みに成長を続けてきた。現在は「2030年に売上高300億円、平均年収1000万円」という目標を掲げ、抜本的な組織改革と新規事業の創出に挑んでいる。過酷な現場で培われた、決して諦めない精神を持ち、社員を信じて権限を委譲する代表取締役の田中良一氏に、同社の強みと未来への展望をうかがった。
1ビットの重みを知る 現場体験から生まれた「お客様第一」と「信頼」
ーーまずは、社長に就任されるまでの歩みや、これまでで印象に残っている出来事などを教えて下さい。
田中良一:
印象に残っているのは、入社後、スポーツ新聞社におけるコンピューターシステムの導入現場で営業として奔走していた頃の経験です。「Never give up!」の精神や今の私の考え方のベースは、この当時の現場で培われました。
私たちが扱うような「インフラは動いて当たり前」と思われがちですが、その裏側では少しのミスも許されない過酷なプレッシャーがあります。当時の新聞社ではデータ送信の制限時間が厳しく、タイムリミット寸前でシステムが停止する絶体絶命のトラブルに見舞われたことがありました。私は現場の担当者と原因究明に奔走し、最終的にわずか「1ビット」のデータ処理を調整することで無事に稼働へ漕ぎ着けたのです。
「お客様に迷惑をかけない」「約束を守る」。一見当たり前のことかもしれませんが、あの極限の現場で1ビットと向き合った経験が、今の「お客様第一主義」という姿勢につながっているのかもしれません。約束を守る対象は、社員に対しても同じです。給料日には、社員の帰りを待つ家族がいます。だからこそ、いかなる状況でも毎月確実に給与を支払うことが経営者の最大の責任だと考えています。
ーー「お客様第一主義」を実現するために、どのような組織運営をされているのでしょうか。
田中良一:
現場の状況を踏まえて検討した結果、基本的には社員を信頼して任せる「放任主義」をとっています。会社としての方向性や、お客様に迷惑をかけないといった大枠のルールは設けていますが、その範囲内であれば現場の担当者が自ら決断し、自由に案件を進めています。
商社×技術×「人柄」 インフラを支える誇りと唯一無二の強み

ーー他社にはない、貴社ならではの強みは何ですか。
田中良一:
最大の武器は、社員の「人柄のよさ」です。誰もが相手の立場になって考えることができ、官公庁や大手企業のお客様からも「融通が利く」「相談しやすい」と評価していただいています。また、単なる卸売業にとどまらず、設計から施工、メンテナンスまでを一貫して手がける技術力も強みです。現場感のある教育体制のもとで技術を磨いており、配電盤のドアを開けて、ケーブルの配線を見た瞬間に「あ、これは田中電気さんの仕事だね」と言われるほど、仕事の正確さと美しさには定評があります。
私たちが扱う携帯電話やテレビ局の放送設備は、社会の基盤となるインフラです。社員には「私たちはインフラを支えている」という強い誇りを持って仕事に取り組んでもらっています。私自身も頻繁に現場へ足を運び、直接ねぎらいの言葉をかけたり差し入れをしたりして、社内のファミリー感や親しみやすい距離感を大切にしています。
ーー会社として、今後はどのようなロードマップをお考えですか?
田中良一:
2030年の目標には、「社員の平均年収1000万円」を組み込んでいます。会社が利益を出したから給与を上げるのではなく、「まず給与水準を上げるから、それに見合う成果を出してほしい」という発想です。これを実現するため、誰もが納得できる透明性の高い人事評価制度(MBO)のリニューアルを進めています。
これからの時代を生きる若い世代にもっとも求めているのは、目標設定です。会社のためだけでなく、「自分はこうなりたい」という人生の目標が明確であれば、多少の困難も乗り越えられます。個人の成長に寄り添いながら、自分の人生を主体的につくり上げて楽しんでほしいと考えています。
過去の飛躍から「第3の創業期」へ 売上高300億円への挑戦
ーー貴社ではどのような方を求めていらっしゃいますか。
田中良一:
挑戦を恐れない姿勢と、スピード感のある方を求めています。営業の現場でお客様に「なぜ弊社に決めてくださったんですか?」と質問すると、「どこよりも返事が早かったから」と言っていただけることが多いんです。まずはその即レスの積み重ねが、大きな信頼につながっていく。そんなスピード感と前向きなエネルギーを持った方と一緒に働きたいですね。
現在、ニューヨークに事務所を開設する海外展開も進めていますが、これは社員に「ワクワクしてほしい」という思いからです。「自分も海外へ行けるかもしれない」と期待を持てる環境のほうが、仕事は確実に面白くなります。こうした高揚感を共有し、共に新しい歴史をつくる仲間を待っています。
ーー最後に、今後のビジョンについて教えていただけますでしょうか。
田中良一:
過去を振り返ると、会社が大きく飛躍する転機がいくつかありました。約30年前、まだ普及していなかった携帯電話の取り扱いを始めたことが、現在では売上高の約60%を占める中核事業に成長しています。
そして今、弊社は「第3の創業期」とも呼べる変革期にあります。2030年に向けて「売上高300億円」という目標を掲げました。既存事業を200億円規模に成長させ、残りの100億円は新規事業で創出する計画です。思えばうちの事業は、お客様からの「こんなことできない?」という相談に「乗る」ことから全て始まってきました。現在注力しているドローンもそうです。これからも、こうしたお客様の困りごとに一つひとつ応えていく先に、新しい100億円のビジネスが生まれてくると確信しています。既存の枠組みに囚われず、挑戦を続けていきたいですね。
編集後記
「1ビット」のデータを巡る過酷な現場体験から生まれた、決して諦めない精神。それが田中電気のインフラを支える強靭な責任感へとつながっていることが深く理解できた。一方で、「平均年収1000万円」を目標に掲げ、社員の人生の豊かさやワクワク感を最優先に考える田中氏の温かい眼差しも印象的だった。老舗企業でありながら、柔軟さとスピード感で「第3の創業期」を突き進む同社。次世代のインフラを担う彼らの躍進から、今後も目が離せない。

田中良一/1951年東京都千代田区生まれ。1973年帝京大学卒業後、中道機械株式会社に入社し、建設機械の営業に従事。1975年田中電気株式会社に入社。東芝常駐として新聞社向け制作コンピューターシステム導入業務などに携わる。1999年10月、田中電気株式会社の代表取締役社長に就任し、現在に至る。