
IT企業を経営し、エグジットを経験した後に全くの異業種である食品の製造・販売へと転身した株式会社バンザイ・ファクトリーの代表取締役、髙橋和良氏。岩手県三陸地方を拠点に、日本初となる「椿茶」の製造を手がけ、障がい者雇用や地方創生にも大きく貢献している。なぜ、最先端のIT業界から「椿」へと行き着いたのか。社会人大学院での出会いから、独自の販売戦略、そして「地方発・世界基準のメーカー」を目指す今後の展望まで、波乱万丈な歩みをうかがった。
社会人大学院での出会いとIT業界で感じた「日本の誇り」への渇望
ーーまずは、これまでのご経歴についてお聞かせください。
髙橋和良:
長く情報技術の分野で働き、以前の会社では経営陣としてエグジットまで経験しました。ただ、IT業界で海外の企業と仕事をする中で、常に欧米に対するコンプレックスのようなものを感じていたのです。彼らから見れば、ITは欧米のものであり、私たちはそれを学ばせてもらっている側だという見えないプレッシャーがありました。
また、欧米の企業の役員会議では女性や障がい者、博士号取得者が当たり前のように活躍しているのに対し、日本企業は遅れをとっていることにも衝撃を受けました。第一線を退いた後は、「日本にしかないもの」「日本の誇りになるもの」で、ゼロから仕事を生み出したいと強く思うようになったのです。
ーーどのような経緯で現在の活動へと繋がっていったのでしょうか。
髙橋和良:
三重大学の大学院に進学した際、現地の教授から第二次世界大戦中の津波の悲惨さと、そこから人々がどう復興していったかという生々しいお話を聞く機会がありました。当時は自分の事業に直結するとは思いませんでしたが、後に陸前高田で震災からの復興に携わる際、その時の学びや知見がさまざまなアイデアの根底で繋がることになりました。
震災を生き抜いた「椿」に重ねた不屈のメッセージ

ーーそこからなぜ今のメイン事業である「椿」に着目されたのですか。
髙橋和良:
もともとお茶が好きなわけでもなく、椿の知識も全くありませんでした。きっかけは、震災後の陸前高田でのお話でした。津波で約7万本あった松が流される中、奇跡的に残った一本松を皆で大切にしている一方で、「実は椿も津波の中で結構生き残っていたんだよ」と教えられたのです。気になって調べると、椿は根を深く張るため成長は遅く、周りの木に追い越されて陰になってしまうことも多いのですが、一度根を張れば災害に最も強い木だと分かりました。最初は周りに負けても、ゆっくり根を張り、努力を続ければいつか花を咲かせることができる。その姿が自分の人生や、今不登校や引きこもりで悩んでいる子どもたちへのメッセージになると思ったのです。
「人に負けても、転んでもいい。自分を信じていけば花は咲く」。その物語を伝えたい一心でした。当時は椿の葉を主原料としたお茶も、その生産者も世の中にいない状態でした。それならば私たちがゼロから形にしようと決意をしたのです。
ーー「椿茶」はどのような方に届けていきたいとお考えですか。
髙橋和良:
「椿茶」は、楽天やAmazon、コンビニなどでは一切販売していません。大量に売ることよりも、価値を理解していただくことを優先しているからです。現在はお客様を大切におもてなしされている高級ホテルや旅館、高級飲食店などに置いていただいています。単なる商品としてではなく、「震災を生き抜いた椿の物語」という背景と共に提供していただくことで、お客様の心に残るブランド価値が生まれると考えています。今後も、私たちの思いに共感し、一緒に「椿茶」の価値を届けてくださる高級料理店やホテル、旅館の方々と、さらに多く繋がっていきたいですね。
ーー「椿茶」はどのような方々の手でつくられているのでしょうか。
髙橋和良:
現在、毎日約100人の障がい者の方々が製造に携わってくれています。障がいの軽い方が山に入って枝を切り、重い方が葉を摘み、全盲の方が手の感覚で葉を洗うといったように、それぞれの特性に合わせた分担を行うことで、全員が参加できる仕事を生み出しました。これまで仕事が限られていた重度の障がいを持つ方や全盲の方も、「自分たちにもゼロからつくれるものがある」という誇りを持って働いてくれています。
「ずんだもん」とのコラボと共に挑戦する仲間への期待
ーー「椿茶」をより多くの方に知ってもらうために取り組んでいることはありますか。
髙橋和良:
若い世代や子どもたちにも椿の物語を知ってもらうため、人気キャラクター「ずんだもん」を活用した解説動画(※)を作成しました。
この動画を名刺や商品からスマートフォンで読み取れるようにすることで、私たちが直接説明しなくても椿の背景やストーリーが伝わり、ホテルや旅館の支配人の方々からも大きな反響を呼んでいます。
※『三陸椿物語』×『ずんだもん』の動画はこちら
ーー最後に、今後の展望をお話しいただけますか。
髙橋和良:
地方の小さな企業ですが、本気で世界に通用するようなメーカーになりたいと思っています。フランスのシャネルがカメリア(椿)を愛して世界的なブランドになったように、日本の「椿茶」を世界、特にフランスなどで認められるブランドに育てていきたいのです。私たちの思いに共感し、「一緒に世界に通用するブランドをつくるぞ」という熱意を持った方とは、ぜひ一緒に働きたいです。
編集後記
IT業界での輝かしい経歴を持ちながらも、日本の誇りを取り戻すために泥臭く、しかし洗練されたビジネスモデルで異業種に挑む髙橋氏。震災の傷跡から生まれた「椿茶」には、不屈の精神と優しさが込められていた。高級路線を貫くブランド戦略と、障がい者の方々が特性を活かして輝ける緻密な仕組みの両立は、真の持続可能なビジネスの一つの完成形を見ているようだった。地方から世界基準のメーカーへ。株式会社バンザイ・ファクトリーの挑戦は、これからも進み続けるだろう。

髙橋和良/1961年岩手県出身。三重大学の大学院にて後期博士課程を修了。3.11の震災後に陸前高田市に移住し、震災後にはコンビューター業界から一転して製茶業を創業。被災土地に椿を植える活動、レッドカーペット・プロジェクトも推進している。