※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

ホテルマン、IT会社の社長、コンサルタント。異色のキャリアを歩む臼井宏太郎氏は現在、札幌を中心に介護事業を展開するHTC株式会社を率いる。同社が運営するデイサービス「我が家」は、全国平均の約10倍となる利益率を記録。組織調査においても全国の従業員エンゲージメント部門で最優秀賞を獲得した。慢性的な赤字と人手不足に悩む介護業界において、なぜ成果を出し続けられるのか。独自の「全員参画型経営」と業界変革にかける思いに迫る。

ホテルマンからコンサルを経て介護業界へ 現場の変革を牽引する攻めの経営

ーー介護事業を立ち上げるまでの経緯を教えてください。

臼井宏太郎:
もともとは外資系ホテルでオープニングスタッフとして、飲食マネジメントに携わっていました。転機となったのは、ある通信会社の会長との出会いです。その方に熱心に誘われて、27歳という若さでいきなりIT会社の社長を任されることになりました。結果として立ち上げはうまくいきませんでしたが、この経験で「経営の面白さ」に目覚めました。そして、本格的に経営を学ぶためにコンサルティング会社に入社し、約5年間、飲食業界などを中心に支援を行いました。

その後、コンサルタントとして独立した際の最初のクライアントが、北海道の介護企業だったことが、この業界に足を踏み入れる直接のきっかけとなりました。

ーー当時の介護現場にどのような課題を感じましたか。

臼井宏太郎:
現場に関わるすべての人が疲弊している、と感じました。当時は経営者とスタッフがすれ違い、顧客である利用者さんに十分な意識が向いていない状況だったのです。業績悪化により赤字が続き、スタッフへの給与支給や取引先への支払いが滞るなど、まさに負の連鎖が起きている厳しい環境でした。

こうした光景を目の当たりにし、コンサルタントとしての経験を活かして「関わる人全員が笑顔になれる会社をつくりたい」と決意し、HTCを創業しました。当時の介護業界は競争が少ない傾向にありましたが、飲食業界のような「攻めの経営」を取り入れ、人のマネジメントに集中すれば、勝算があると考えました。

顧客満足と利益は車の両輪 「全員参画型経営」がもたらす成果

ーー現在運営されている事業の特徴と強みを教えていただけますか。

臼井宏太郎:
私たちは札幌市を中心にデイサービスやケアプランセンターなど計12箇所の事業所を展開していますが、全ての施設に「我が家」という名称をつけています。利用者様やスタッフにとって「第二の我が家」と思ってもらえる家庭的な雰囲気と、一人ひとりに寄り添った介護が特徴です。

創業以来、全店舗で黒字を継続し、利益率は25〜35%と全国平均を大きく上回る数字を出しています。また、導入している組織調査では、全国2300社の中で従業員エンゲージメント部門の最優秀賞を受賞しました。

ーーなぜ、それほど高い業績とエンゲージメントを実現できているのでしょうか。

臼井宏太郎:
最大の理由は、会社の理念や目的が社員からパートまで全員に浸透しているからです。私たちはこれを「全員参画型経営」と呼んでいます。

理念が大切だと言われながらも、実際には抽象的な概念のまま形骸化してしまっているケースも少なくありません。そこで弊社では「我が家に関わる全ての人を幸せにすること」という基本理念を実現するため、事業目的を「顧客の満足と利益」と明確に言語化しました。顧客満足と利益は、いわば車の両輪で、どちらが欠けても前に進むことはできません。この考え方をベースに、スタッフのスキル向上や意識改革がどう利益につながるのか、売上高の増大やコスト適正化の仕組みをあわせて、誰もが理解できるロジックとして全従業員に共有しています。

理念を現場に落とし込み介護業界に希望を与える「大谷翔平」になる

ーー言語化した理念を、どのようにしてスタッフに浸透させているのでしょうか。

臼井宏太郎:
採用面接から個人面談、そして毎月の会議で繰り返し確認しています。特に各事業所の会議では、スタッフにローテーションで会社の目的や目標について発表してもらいます。人前で発表するには、本当の意味で自分の中に落とし込んでいなければなりません。一部の経営層だけが意識を持つ組織と、一人ひとりが理念と目的を意識して働く組織では、生み出される成果に大きな差が出ます。スタッフが目的意識を持って働くからこそ、利用者様の満足度も上がり、業績につながるのです。

ーー最後に、今後の目標や展望をお聞かせください。

臼井宏太郎:
数値的な目標としては、2030年までに事業所数を倍の20拠点にし、売上高13億円を目指していますが、その先にある本当に成し遂げたいことは、介護業界に関わる人を幸せにすることです。これまでは「我が家」に関わる人たちを幸せにしてきましたが、今後は私たちが培ってきた経営手法やデジタル化のノウハウを広く発信していきたい。そうすることで、慢性的な赤字や人手不足に苦しむ業界全体の課題を解決する力になりたいと考えています。

私はよく従業員に「介護業界の大谷翔平になりたい」と話しています。大谷選手が活躍することで世の中に勇気や希望を与えているように、私たちも「従業員一人ひとりに真摯に向き合い、全員が経営意識を持って取り組めば、高い利益率を実現できる」という事実を証明したい。その成功モデルを示すことで、介護業界を「やりがいも利益も両立できる、希望に満ちた業界」へと変えていく存在になりたいですね。

編集後記

「幸せな従業員こそがお客様を幸せにする」。臼井氏の言葉には、現場の浮き沈みを見てきた経営者としての確かな実感がこもる。抽象的になりがちな理念を言語化し、現場のスタッフに自らの言葉で語らせる。この徹底した姿勢が、高い利益率とエンゲージメントの源泉である。「介護業界の大谷翔平になる」という宣言は決して夢物語ではない。同社の取り組みが介護業界の常識をどう変えていくのか。今後の飛躍が楽しみだ。

臼井宏太郎/1973年大分県出身。外資系ホテル勤務を経て、東京の上場コンサルティング会社で企業理念が浸透した組織づくりを実践する。2007年に独立後、介護現場の課題に直面したことを機に、2009年にHTC株式会社を設立。代表取締役に就任。「我が家に関わる全ての人を幸せにすること」を基本理念に、業界平均を大きく上回る利益率を誇る介護事業を展開している。