※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

かつて「年間におけるスポーツ観戦費が全国最下位」という統計データがあった岡山県岡山市。その地でゼロからファンを開拓し、悲願のJ1昇格を果たしたのが、株式会社ファジアーノ岡山である。同クラブを率いるのは人材業界での営業経験をもつ森井悠氏だ。入社後は、法人営業、広報やイベントなど複数の部署を歴任した。同クラブでは岡山県民すべての人に興味を持ってもらうことを目指し、ホームゲームを「地域一番のお祭り」と位置づけ、部署を問わず全社員で取り組む「仲間づくり」の精神を掲げて、強固なファンコミュニティを築き上げた。売上高50億円を見据える若きトップに、スポーツビジネスの神髄と未来へのビジョンを聞いた。

異業種からの転身と「全員営業」のカルチャー

ーーまずは、貴社に入社された経緯をお聞かせください。

森井悠:
私は昔からサッカーをしており、大学時代には高校のサッカー部でコーチも務めていました。大学卒業してからは人材業界の企業に入社し、主に転職サイトの営業を担当。その後、通信・放送関連のグループ企業へ出向して9か月ほどお世話になったのですが、「改めて自分が選んだ環境で働きたい」と考え、新たな道を模索し始めたのです。

そんな中、大学院時代にサッカーのコーチングを共に学んだ同級生と電話で話す機会がありました。当時、彼はファジアーノ岡山でコーチをしており、世間話をするなかで、創業メンバーである木村正明さんをはじめ、非常に魅力的な方々がクラブを運営していることを知りました。その運営陣の熱量や面白さに強く惹かれたことが最大の理由となって求人に応募し、入社に至りました。

ーー入社後はどのような業務をご経験されましたか。

森井悠:
法人営業、広報やイベントなどあらゆる部署を経験してきました。このクラブでは、部署を問わずすべての社員が営業活動を担う「全員営業」の意識が根付いています。これは創業時からの風土であり、私はこれを「仲間づくり」と呼んでいます。経理や管理部であっても、ただ待つのではなく、ステークホルダーと積極的にクラブの活動を発信することで、クラブへの共感の輪を広げています。部署に関係なく常に人と会い、クラブの仲間を増やす姿勢を大切にしています。

「サッカーの話はするな」 無関心層を動かすお祭り空間の創出

ーー全員で仲間づくりを進める中で、直面した壁は何でしたか。

森井悠:
最大の壁は、「無関心」でした。岡山にはプロスポーツを見られる機会がほとんどなく、そこにお金を払う習慣もありませんでした。入社当時から、「サッカーの話はするな」「相手の話を聞きなさい」と徹底的に指導されました。サッカーやスポーツ観戦に関心がない方を巻き込むには、まずは私という人間を信用してもらうことが、クラブを応援していただくための最初の一歩になるという考えだったからです。

ーーサッカーの話をせずに、具体的にどのような仕掛けづくりに奔走されたのですか。

森井悠:
試合の日を「2週間に1回のお祭り」と位置づけ、1日中楽しめる空間をつくりました。たとえば、「ファジフーズ」という飲食エリアを展開してできたての食事を手頃な価格で提供したり、子ども向けのキッズパークを設けたり、時にはプロレスイベントを開催し、お笑い芸人の方を呼んで漫才を楽しんでいただくこともあります。そんな、地域全体を巻き込んだイベントや飲食に注力し、サッカー以外のコンテンツづくりに力を入れてきました。来場のきっかけがどんなきっかけだったとしても、一度スタジアムの中に足を踏み入れ、臨場感のある試合を体験していただければ、必ず次も来てもらえるという強い自負がありました。

失敗を終わらせない組織力と飛躍的な事業成長

ーーそうした地道な取り組みは、その後どのような結果に結びついたのでしょうか。

森井悠:
私が社長に就任した2024年、ついに悲願のJ1昇格を果たすことができました。飛躍の要因は、「失敗を失敗で終わらせないクラブ」として、過去の経験を踏まえて万全の準備を整えてきたことにあります。過去に2度、プレーオフで敗退した経験が私たちを強くしました。昇格に伴って事業規模も大きく成長し、広告や入場料、グッズなどの収入が軒並み増加しました。

ーー事業成長を支えるスポンサー企業とは、どのような関係性を築いていますか。

森井悠:
クラブの現在地と目標設定を明確にし、それらをこまめに共有することを重視しています。現在、約800社の協賛企業様がいらっしゃいますが、一社一社に必ず担当者がつき、定期的に直接足を運んでいます。現在の経営状態や今後の目標を率直に伝え、地域の方々と一緒にクラブを育てていく姿勢を貫いてきました。

売上高50億円へ 新スタジアムとクラブが描く未来

ーー今後のクラブとしての目標と、現在注力している取り組みを教えてください。

森井悠:
今後の目標として、売上高50億円を見据えています。その目標に向けて現在注力しているのは、顧客体験の改善と、事業の柱となる若手選手の育成です。たとえば、決済時の待機時間を短くするためのQRコード決済導入や入場時間の短縮など、快適に楽しんでいただける環境づくりが急務です。

また、有望な若手選手や野心のある選手を獲得し、移籍金を事業収益の一つとして確立することも明確に位置づけています。クラブで成長して活躍し続けてもらうことは大前提ですが、より大きなクラブなどが移籍金を払ってでも獲得したいと思うような選手をいかに育てられるかも重要です。今後のさらなる収入増を目指す上で、この選手育成をクラブの価値の一つとして具体的に言語化し、私たちが果たすべき命題としてしっかりと取り組んでいく考えです。

ーー最後に、クラブを通じてどのような未来を実現したいとお考えですか。

森井悠:
私たちが未来を見据える上で根底にあるのは「子どもたちに夢を!」という理念です。創立20周年を機に、この理念をより深く体現すべく「地域とともに未来を拓き、岡山の誇りとなる」という新たなミッションを掲げました。ファジアーノ岡山を通じて日本全国に岡山を知っていただき、県民の皆様にとって地域のアイデンティティとなるような存在を目指しています。その実現に向け、これからも共感してくださる皆様とともに、実直に仲間づくりを続けていきます。

また、昨年、ファン・サポーターの方々が主導する形で新スタジアム建設に向けた署名活動が行われたのですが、同様の署名活動においてJリーグ史上最多となる50万筆以上の署名が集まる結果となりました。それを受けて岡山県が協議会を設置し、私も協議会の一員として名を連ねていますが、とにかく岡山県にやるかやらないか、その結論を一日でも早く出してもらうことを強く要望しています。署名の結果を踏まえ、今後クラブとしてもやれることは何でもやる覚悟をもって、より多くの方に臨場感あふれる試合を楽しんでいただけるフットボールスタジアムの一日でも早い実現に向けて、全力で取り組んでまいります。

編集後記

スポーツ観戦の文化が根付いていなかった街で、着実に熱狂の火を灯してきた森井社長。言葉の端々からは、徹底して地域の人々に寄り添う実直な姿勢が溢れていた。チームが躍進し、スタジアムが満員になろうとも、根底にあるのは「まずは相手の話を聞く」という創業時からの変わらぬ信念だ。50万筆を超える新スタジアム建設への署名は、クラブが県民にとってかけがえのないアイデンティティへと成長した何よりの証左だろう。「子どもたちに夢を!」という理念のもと、ファジアーノ岡山がこれからどのような未来図を描くのか。次なる挑戦からも目が離せない。

森井悠/早稲田大学理工学部、筑波大学大学院を経て、株式会社インテリジェンス
(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。2010年に株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブへ入社後は、法人営業、広報・イベント部長、地域コミュニケーション推進部長などを歴任し、クラブ事業の根幹と地域密着活動を幅広く牽引。執行役員事業本部長、副社長を経て、2024年に41歳で第3代、代表取締役社長に就任。