
「希望を持てる社会をつくる」。そう語る株式会社ENBASE代表取締役の無尽洋平氏は、目の前の事業と真っ直ぐに向き合う、熱量を宿した経営者だ。大学卒業後に東日本大震災のボランティアに参加し、その後はIT企業で新規事業などを牽引。2022年に退任し、現在は訪問看護・介護・居宅介護支援といった在宅ケア業界向けに特化した音声AIサービス「スタンドLM」を展開している。少子高齢化という逃れられない社会課題に対し、感情論ではなく緻密な計算と愚直な実行力で立ち向かう無尽氏。同氏が描くビジネスの使命と、次世代へのメッセージに迫った。
震災ボランティアで知った現場のリアルと「理解しようとする姿勢」
ーー社会人としてのスタートはどのようなものだったのでしょうか。
無尽洋平:
実は大学卒業後は、東日本大震災の支援のため、宮城県石巻市で1年間活動をしていました。最初は10日間の瓦礫撤去ボランティアのつもりだったのですが、現地に被災地支援で入っていたボランティア団体の代表に誘われて避難所の運営やコミュニティスペースの管理に携わることになったのです。
その後、東京に戻って立ち上げ間もないコンサルティング会社に入社しました。そこで新しい商材としてチャットボット事業などを立ち上げ、軌道に乗ったタイミングでその事業を別会社として独立させ、代表を務めました。そして、その退任前後の2020年に弊社を創業したという流れです。
ーー経営者として最も大切にしていることは何ですか。
無尽洋平:
「人の話を理解しようとする姿勢」です。これまで経営者として、目標や事業計画から逆算し、達成のための合理性が求められますが、実際に事業を作っていくのは人です。そこで顧客・社員・株主といった多くのステークホルダーとともに事業を作っていくわけですが、人間を理解しないことには前には進んでいけません。しかし人と接する上で「相手を理解できる」と思うのは傲慢だとも感じています。他者である以上すべてを理解し合うことはできません。だからといってその理解しようとする姿勢自体を失ってはいけません。相手の人格に向き合い、理解しようと努める。その姿勢を持ち続けることが、経営者として何よりも大切だと考えています。
「希望を持てる社会」へ 確実に来る未来の課題にビジネスで挑む

ーーどのような思いで会社を起業されたのでしょうか。
無尽洋平:
私の人生のミッションは、「希望を持てる社会をつくる」ことです。現在の日本は少子高齢化や円安が進み、社会全体が停滞しています。かつての経済成長期と比べると、どうしても未来に希望を持ちづらい状況です。特に少子高齢化による構造的な人手不足は、確実に来る未来の課題として避けられません。私はこのゆっくり起きる変化だからこそ対処が後手に回りやすいこの課題に対して茹でガエル状態になる前に、ビジネスを通じて解決策を提示し、社会を少しでも前に進めたいと考えています。
ーー社会課題の解決に挑む根底にはどのような思いがありますか。
無尽洋平:
私自身が持つリソースを、今目の前で困っている人や社会課題の解決といった誰かの役に立つために使わなければという使命感です。お金や所有物、果ては名声といった自己顕示欲を満たすことにはあまり興味がありません。
私はたまたま良い教育を受ける機会に恵まれ、たまたま物事を推進するエネルギーも持っているという、自分が恵まれた環境にあることを自覚し、そうであればこそ誰かの役に立ち、社会を少しでも前に進めるために、自分のリソースを使いたいと考えています。
現場の「痛み」に寄り添う音声AI「スタンドLM」の強み
ーー改めて、貴社が展開する「スタンドLM」について教えていただけますか。
無尽洋平:
近年、「病院から在宅へ」という流れが加速しており、在宅医療のニーズが急増しています。一方で現場は1対1のケアが中心となるため、スタッフが抱える責任や負担の大きさが課題となっていました。そこで私たちは、訪問看護や訪問介護、ケアマネージャーといった現場スタッフの負担感を少しでも減らすべく、音声AIサービス「スタンドLM」を開発しました。
ーー「スタンドLM」の具体的な強みや魅力はどこにあるのでしょうか。
無尽洋平:
最大の強みは、対面現場の自然な会話から自動で現場の専門的な記録を生成する点です。
一般的に訪問看護の現場では、業務の約3割が記録などの事務作業に割かれています。スタンドLMなら、スタッフが端末を置いておくだけで、利用者様との会話を高精度に解析し、業務負担を劇的に軽減します。これにより、生み出された時間をケアそのものに充てることが可能になります。また、どんな事業所でも導入しやすいよう、徹底的な低価格で提供しています。過去のコールセンター事業で培った音声解析のノウハウを活かし、高品質と低コストを両立させました。現場の声を聞き、日々の業務フローに反映できるようにプロダクトに落とし込む。その愚直な積み重ねが私たちの最大の武器です。
社会を少しでも前に進めるために 社会課題の解決に向けた思い
ーー今後の展望や目標についてお聞かせください。
無尽洋平:
まずは、訪問看護・介護業界の3割の方々に「スタンドLM」を使っていただく状態を目指しています。ITやAIの恩恵を受けにくい業界の方々が、どれだけ楽に働けるようになるか。現場の痛みを緩和し、なくてはならないインフラのようなサービスになれるようにしていきたいと考えています。私個人としては、少しでも社会を前に進めるために私のリソースを使いたいという大きな夢を持っています。ゴールから逆算して、今やるべきことを淡々と実行していくのみです。
ーー最後に、これからの社会を担う世代へのメッセージをお願いします。
無尽洋平:
一人ひとりが目の前の課題に向き合い、少しずつでも社会を前に進めてほしいということです。いま、社会全体が停滞しているのは間違いありません。しかし、それを嘆いていても何も始まりません。いきなり大きな社会課題を解決することは難しくても、着実に行動することはできるはずです。私も本気で頑張るので、皆さんも一緒に頑張りましょう。
編集後記
「楽しいといった一時の感情は、目的を達成する上ではあまり重要ではない」。インタビュー中、無尽氏は自身を分析するように淡々と語った。一見すると冷徹にも聞こえるが、その言葉の裏には「希望を持てる社会をつくる」というブレないゴール設定と、目標に向かって愚直に走り続ける強靭な精神力がある。訪問看護の現場を救う「スタンドLM」も単なる技術のひけらかしではなく、現場の人手不足という痛みを取り除くための極めて実用的な解決策だ。感情に流されず事実とデータに基づき、最短距離で社会課題の解決を目指す無尽氏。同氏が目指す「大きな夢」に向かって、ENBASEがどのような希望を切り拓くのか、今後に期待だ。

無尽洋平/1986年、福島県会津若松市出身。2011年、一橋大学経済学部卒業後、ボランティア団体チーム神戸代表秘書として宮城県石巻市にて避難所、地域コミュニティスペースを運営。2012年、株式会社リゲイン入社。2017年にWEBチャットシステムの開発・販売やコールセンターを運営するREGAIN株式会社の代表取締役に就任。2022年に株式会社ENBASEを創業。