※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

大正時代から続く化粧品メーカーとして、100年以上人々の肌悩みに寄り添い続けてきた株式会社三香堂。創業家三代目の代表取締役社長、佐々木基之氏は幼少期から後継者の重圧に苦しんできた。しかし歴史小説との出会いを機に視点を変え、社長就任後は評価制度や業務手順などの「見える化」を推進。コロナ禍では全国の営業所を閉鎖して在宅勤務中心へ移行し、採用難から一転して300名の応募を集めた。老舗企業がいかに変革を成し遂げたのか、未来への展望を聞いた。

「自分が目立つ必要はない」歴史小説が変えた経営者としての視点

ーーまずは佐々木社長の幼少期や、入社後の先代との関係についてお聞かせください。

佐々木基之:
物心ついた時から「三代目」として後継者になる前提の教育を受けてきました。当時は高度経済成長期で「上の言うことは絶対」という時代です。期待と責任感は相当なもので、小学生の頃にはストレスから胃に激痛が走り、レントゲンで線状の炎症が確認できるほどでした。

入社後も、カリスマ経営者である父への畏怖から、社員は私に本音を話してくれませんでした。周囲の先輩や上司が良かれと思ってしてくれるアドバイスが微妙に食い違い、どう振る舞えばいいのか分からない時期が続きました。さらに、後から入社した弟との間に甘えや摩擦が生じて指示系統が乱れ、組織運営に大変苦労したこともあります。

ーー後継者としての苦悩から、どうやって抜け出したのですか。

佐々木基之:
父に勧められた歴史小説『徳川家康』が転機となりました。作中、家康の生母である於大の方が、周囲から中傷を受けた際のことです。相手を憎むのではなく「一生嘘をつき続けなければならないなんて、かわいそうな人だ」と捉える描写があったのです。それを読んで、物事にはいろいろな捉え方があるのだと気づかされました。

さらに、他者を蹴落としてまでトップを目指す時代ではないという世の中の変化にも触れる中で、考えが腑に落ちたのです。私には後継者としてすでにレールが敷かれています。だからこそ、自分だけが突出して目立つ必要はない。むしろ、周りの人が喜んでくれることをひたすら実践し、このレールに乗っている皆を応援する存在になればいいのだと悟りました。そう思えたときから、胃の痛みも不思議と消えていきました。

伝統を守るための「見える化」と理念の再定義

ーー社長就任後、社内ではどのような改革に着手しましたか。

佐々木基之:
属人化していた評価制度や業務手順の「見える化」を推進しました。先代からは「いきなりやり方を変えるな」と言われており、創業理念は守ることを大義としました。一方で、時代に合わせた業務革新は必要です。当時の社内はマニュアルがなく、業務が個人の感覚に依存していました。人事評価も先代の頭の中にある感覚だけで行われていたのです。これでは社員もどう評価されているか分かりません。そこで、評価を明確にするための査定シートを作成し、さらに、製造現場の品質管理手順を明文化するために、品質管理の国際規格(ISO)も導入しました。

ーー貴社の理念である「世のため、人のため、お役に立つ」を、現代においてどう解釈していますか。

佐々木基之:
「自分の生きがいを創造すること」と再定義しています。かねてから私は、働く意味は自分のやりがいを見つけることだと思っており、単に「人のため」という言葉にどこか矛盾を感じていました。しかし「ボランティアとは自分の存在意義を見つけるためにやるもの」という心理学の教えを受け、腑に落ちたのです。「誰かの役に立つことが、結果として自分の最高の生きがいや喜びになる」。そう確信してからは、社員にも「世のため、人のためが、巡り巡って自分のためになる働き方をしよう」と伝えています。

応募ゼロから300人の殺到へ DXで実現した多様な働き方

ーーコロナ禍という未曾有の危機に対し、どのような対策を講じたのですか。

佐々木基之:
全国に7カ所あった営業所を全て閉鎖し、完全在宅勤務・オンライン営業への移行を決断しました。コロナ禍によって訪問営業ができなくなり、上半期の売上高が前年対比で半減する危機に直面したのです。そこで、経費削減と感染対策の両立を図るため、思い切って全営業所を閉鎖しました。

それまでの紙を中心とした体制を改め、ITツールを導入してペーパーレス化を進めることでオンライン営業へと切り替えたのです。さらに、社員間のコミュニケーション不足を補うため、仮想空間でのオフィスも導入し、全国の社員が繋がる仕組みを整えました。対面が当たり前だった化粧品業界の営業スタイルを、根本から覆す挑戦でした。

ーー働き方の変化は、採用活動にどのような影響をもたらしましたか。

佐々木基之:
以前は対面での営業職を募集しても、人が集まらない状態が続いていました。しかし、「在宅・時短勤務可能」という条件で募集をかけたところ、予想をはるかに超える人数からの応募が殺到したのです。これからの人口減少社会では、子育てや介護で「8時間フルタイム」が難しい優秀な人材が必ず増えます。そうした多様な背景を持つ方々に、能力を最大限発揮できる場を提供できるようになったことは、弊社の大きな強みとなりました。

「身近な人を救う」原点と AIが拓くゆとりの未来

ーー最後に、今後の事業展開や経営の展望をお聞かせください。

佐々木基之:
弊社の原点は、創業者が肌荒れに悩む家族や従業員を救いたいという一心で、福島の野山にある和漢植物(薬草)を熟成させて化粧水をつくったことにあります。儲けよりもまず「身近な人を救う」。この思いは、100年にわたり製法を守り続け、和漢植物を熟成発酵させた独自の主力商品である「オパール R-III」に今も息づいています。

今後はAIやロボットも積極的に活用し、生産性を高めることで社員に精神的・時間的な「ゆとり」を生み出したいと考えています。社員自身がゆとりを持ってこそ、本当の意味で社会に貢献し続けられる。持続可能な経営を目指し、これからも歩みを進めていきます。

編集後記

トップの号令による無理な牽引ではなく、社員が自らの存在意義を見出し、いきいきと働ける環境を整えること。佐々木氏の語る「世のため人のため」は、自己犠牲を強いるものではなく、多様な人材の幸福を追求する温かなメッセージだった。100年の歴史を持つ老舗企業が、伝統の重みを背負いながらも変化を恐れず新しい働き方を取り入れる姿は、これからの日本企業のひとつの理想像を示している。

佐々木基之/1959年5月3日 大阪府東大阪市本町生まれ、100年続く家業の三代目としての教育を受ける。大学卒業後、1年間大阪のアパレル会社にて勤務、1983年 株式会社三香堂入社、2000年 副社長就任、2003年 代表取締役社長就任、2026年3月12日 創業100周年を迎えた。