※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

愛知県に拠点を置き、配電盤の筐体製造などを手がける株式会社マウンテック。代表取締役の山田剛士氏は、入社後に直面した大口顧客の倒産という危機を契機に、社内の意識改革と自律的な組織づくりを推し進めた。先代の反対を押し切って始めた新規開拓は、既存顧客への依存体質からの脱却を実現する。さらに、熟練の溶接ノウハウが詰まった独自の「角だし技術」を活かした新ブランド立ち上げや、新たな社内制度の導入など、次なる一手を投じた。まずは動いて種をまくことを重んじる山田氏の行動力と、挑戦の裏側に迫る。

大口顧客の倒産を機に温めていた「社内改革」を決行

ーーまずは、貴社に入社されたきっかけと当時の会社の状況を教えていただけますか。

山田剛士:
弊社は祖父が創業した会社で、私は長男として「いずれ家業を継ぐのだろう」と漠然と考えながら育ちました。しかし最初から自社に入ったわけではなく、大学卒業後は一度別の会社に就職しています。その後、就職して1年ほど経った頃に、マウンテックでCADを担当していた社員が退職することになり、父から「会社に入ってくれ」と呼び戻されたのが入社のきっかけでした。出社初日、出勤のために高速道路を降りる際に「これから先、一生毎日この時間にここを降りるのか」と考え、大きな葛藤があったのを覚えています。

入社後は、退職した前任者からCADの業務を引き継ぐ形で働き始めました。このCAD業務は、お客様と現場の双方とのやり取りをすべて行う中枢のポジションであったため、結果として会社全体の仕事の流れをいち早く把握することができたのです。当時の社内は、決まったお客様の仕事だけをこなす受動的な体制でした。私は働きながらそのやり方に違和感を覚え、日々気づいたことをメモして改革のアイデアを温めていました。しかし入社3年目の頃、売上高の7割を占めていた大口の取引先が倒産し、会社に最大の危機が訪れたのです。

ーーその危機をどのように乗り越えていきましたか。

山田剛士:
当時、社員は40人ほどいましたが、年輩者の方には早期退職をお願いしたり、若手についても何人も辞めてしまって、最終的に20人ほどにまで減るほど厳しい状況でした。しかし、私はこれを「会社を変えるチャンス」と捉えました。差し迫った状況だからこそ、強引にでもやり方を変える必要があったのです。

それまでは、決まったお客様の決まった仕事だけをパターン化してこなす体制でしたが、大口顧客を失ったことで、初めて別のお客様の打ち合わせにも入るようになりました。最初は専門用語すら分からず、お客様に直接教えてもらいながら必死に知識を吸収する日々でしたが、この危機をきっかけに、どんな案件にも柔軟に対応できる体制へと会社を生まれ変わらせることができました。

先代の反対を押し切った「新規開拓」への挑戦

ーーホームページの開設によって、新規の問い合わせは増えましたか。

山田剛士:
少しずつ問い合わせは来るようになりましたが、当時は先代から積極的な新規開拓を止められていました。「既存のお客様が大事」であり、他社の仕事を受けることで「うちの仕事をやってもらえなくなるのではないかとお客さんに心配をかけることになるから」というのが理由です。

ーー先代の反対を受けながらも、自ら新規開拓に踏み切った理由は何ですか。

山田剛士:
既存顧客に依存する体制から脱却するためです。特定の取引先に依存していると、どうしても年末や年度末には仕事が集中して売り上げが立ちますが、それ以外の仕事がない時期には仕事をとろうとしても、相見積もりなどの激しい価格競争に巻き込まれてしまいます。この激しい繁閑の波と価格競争の繰り返しを打開するには、自ら新しい市場を開拓するしかありません。そこで、業界リストをインターネットで検索し、上から順番にテレアポを行いました。同時に、全国の商談会にも年10回ほど足を運んでいます。

また、弊社に出入りする材料屋さんや機械屋さんといった外部企業の方々にも「新しい取引先を探して懸命に営業活動を行っています。どこかご紹介いただける先はありませんか」と積極的にお声がけをしました。私一人での営業活動には限界があったため、周囲の協力を仰ぎながら思いつく限りの行動を重ねた結果、取引先の幅が大きく広がり、利益率の高い仕事を受注できるようになりました。

独自の強み「角だし技術」と即断即決の新ブランド「KADONE」

ーー改めて、現在の事業内容と技術的な強みについてお聞かせください。

山田剛士:
主に配電盤など電気関係の筐体をつくる事業を展開しています。最大の強みはアングルを用いた強固なフレームの製造技術があることです。一般的な板金加工では、鉄板を折り曲げて箱状の容器をつくります。

一方で弊社が手がけるフレーム構造は、先にアングルを組んで頑丈な骨組みをつくり、そこに板を張り付ける工法です。アングル枠の溶接には、熱による金属の収縮や歪みをあらかじめ計算し、叩いたりあぶったりして真っ直ぐに補正する熟練の職人技が欠かせません。非常に手間のかかる作業ですが、鉄板だけの箱に比べて強度を誇り、同時に全体の軽量化も実現できる点が大きな特長といえます。個人で1本程度を製作する会社はありますが、弊社のように毎日何本も量産できる企業は愛知県内でも限られています。全国的に見ても、この難易度の高い技術に特化している企業はぽつぽつとしか存在しません。

ーーその独自の強みを活かして、直近ではどのような事業を展開されていますか。

山田剛士:
一般消費者の方に向けた新ブランド『KADONE(カダン)』を立ち上げ、鉄を用いた家具やプリザーブド盆栽を飾るためのディスプレイ什器など、インテリア領域へ参入しました。これまで配電盤づくりで培ってきたアングル枠の溶接技術と、そこから美しい直角を生み出す「角(かど)を出す技術」を、デザイン性の高い製品へと応用した取り組みです。

実はこのプロジェクトは、展示会への出展を決めてから、実際に何を展示するかやブランド名をわずか数週間で決定したものです。協業する外部のデザイナーと対話する中で出品を即決し、走りながらコンセプトを固め、展示品が完成したのは開催のわずか数日前でした。綿密な事業計画を練り上げることに時間を費やすよりも、まずは思いついたアイデアを形にし、可能性の種をまくことを重視しております。こうしたスピード感のある挑戦の積み重ねが、将来的に会社を支える新たな柱に成長すると信じています。

社員の健康と生活を守る独自の組織づくり

ーー社員の働きやすさを向上させるために独自に取り組んでいることは何ですか。

山田剛士:
今いる社員に長く元気に働いてもらうため、健康維持の環境づくりに注力しています。たとえば、溶接作業は無理な姿勢が続くため、腰痛を引き起こしやすい傾向があります。そこで、毎週月曜日に専門のスポーツトレーナーを招き、身体のケアや腰痛予防の指導の時間を取り入れました。結果として、腰痛で休む社員が顕著に減少しています。

ーー就業時間や福利厚生については、どのような制度を設けていますか。

山田剛士:
勤務時間は朝8時から始まり、16時40分には終了するよう設定しています。夕方早い時間に終業すれば、その後のプライベートな時間を長く有効に使えますから。また、外部のコンサルタントを交えた面談体制を整えました。現場の不満や、社長の私には直接言いにくい悩みもしっかりと吸い上げて解決できる仕組みをつくっています。さらに、弊社ならではの面白い取り組みとして、年末に従業員へ向けて「生のし餅」を最大20切れ配っています。お米屋さんに頼んでつきたてのお餅を贈るのですが、とても喜ばれています。

計画に縛られず走りながら正解へ 未来に向けた「新たな種まき」を続ける

ーー最後に、今後の展望についてお聞かせいただけますか。

山田剛士:
目標は、従業員を40〜50人規模に拡大し、年商10億円を達成することです。ただ、最初から細部まで計画を立てるつもりはありません。計画を書いて満足するのではなく、動きながら軌道修正を行い、良いと思った方向へ進んでいく。これからもスピード感を持って、新しい種をまき続けていきます。

編集後記

「ピンチをチャンスに変える」という言葉は安易に使われがちだが、株式会社マウンテックが見せた改革の軌跡は、それを「体現」して証明した。大口顧客の倒産という逆境を単なる再建の機会ではなく、既存の依存体質から脱却し、自律的な経営へと進化する契機に変えた山田社長の決断には、特定顧客への依存から脱却するための実践的なヒントが詰まっている。確かな技術力と、失敗を恐れずに新しい市場へ打って出るスピード感。マウンテックが描く未来は、地域のものづくり企業の新たなモデルケースとして、今後も多くの示唆を与えてくれるはずだ。

山田剛士/1976年名古屋市生まれ、近畿大学卒。1年間樹脂加工企業での勤務を経て、2000年に同社へ入社。2016年に代表取締役社長に就任。2024年には名古屋商工会議所若鯱会の代表幹事を務めるなど地域経済発展の活動にも注力している。