※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

ペーパーレス化の波が押し寄せる現代において、独自の存在感を放ち続けている紙の専門商社がある。それが柏原紙商事株式会社だ。社員数46名(グループ全体で約70名)という機動力のある組織規模を活かして、自社倉庫による物流の優位性を武器に経営課題に立ち向かっている。同社を率いる取締役社長の柏原昌和氏は、「その時にしかできない探究をしたい」と大学院の理工学研究科で物理化学の世界に没頭したのち、メガバンクでリスク管理に携わってきた独自の経歴を持つ。「自立型マネジメント」「アナログな付き合いの重視」など、独自の手腕はいかにして生まれたのか。本質を追求し続ける同氏の思考の原点と、老舗企業が挑む変革のプロセスに迫った。

「物理化学×メガバンク」 リスク管理の視点が生んだ本質追求の思考

ーーまずは、これまでのご経歴についてお聞かせください。

柏原昌和:
キャリアのスタートは、三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)です。今しかできないことをしたいという思いから、自己分析をして、OB・OG訪問をして、という王道の就職活動をしました。最初に赴任した新橋支社は大企業・中堅企業や、土地柄もあり外資系企業が多く、1年間先輩の営業サポートを経験したのち、外資系企業営業を任されました。3年目には総合リスク管理部という、銀行自身が抱えるリスクの定量化とリスク削減施策を行う部署に着任した。その後5年目の10月に家業である弊社へ入社しました。

ーー大学院やメガバンクではどのような経験をされたのでしょうか。

柏原昌和:
大学時代は、量子コンピューターやナノスケール半導体を研究する伊藤公平先生研究室、大学院では太陽光電池などのペロブスカイト構造や鉄系超伝導体を研究する的場正憲先生・神原陽一先生研究室に入りました。そこで未知の問題を解決する力、深く考える力、を鍛えられましたね。

また、銀行員時代は社会人としての基礎を叩き込んでいただきました。大学院でひとつひとつの事を深く考えてきたため、最初の1年間はとても苦労しました。今の時代には合わないかもしれませんが、毎朝上司に叱られつつも、夜には先輩に相談に乗っていただくなど、社会人1年目での成長が、今でも私の社会人としての基礎になっています。仕事を常に全力で楽しむこと、自らの長所を磨き・発揮することの大切さを学びました。

その後3年目に配属された総合リスク管理部では、銀行内のさまざまな部署と連携しながら、施策をつくり、ルール化、銀行のルールとして認めてもらうための説明を社外に行いました。ひたすらに立案・交渉・成立を積み重ねていきました。

「マニュアルと評価制度」 細かくつくりすぎない自立型マネジメント

ーーその経験は、組織運営においてどのように反映されていますか。

柏原昌和:
たとえばルールについて、弊社は社員全員の顔が見えることから大企業のような細かなルールはつくっていません。ルールで大事なことは、わかりやすいことと、細かすぎないことだと考えています。わかりにくいルールは作成者本人がいなくなってしまえば運用が難しくなります。細かさの粒度は、日常で起こり得ることはルールを定めますが、5年に一度の頻度で起こるような例外事項については定めない、という程度です。細かすぎるとルールを守ることが目的になり、時代の流れについていけません。

また、評価制度については社員全員の顔が見えることから、本店長と支店長が一人ひとり直接面談をして決めています。私が入社した頃に目標管理シートを導入したことがありますが、今は本店長と支店長がしっかり一人ひとりの社員を評価してくれているので、両者に任せています。

ーー社員に対しては、具体的にどのような形で現場を任せているのでしょうか。

柏原昌和:
弊社は本店長と支店長に事業を任せる体制をとっています。社長・会長は地域貢献活動や業界活動を行い、事業については、月に一度の取締役会で本店長と支店長から報告を受け、課題や改善点を協議します。

また、地域貢献活動や業界活動で得たご縁を、本店長と支店長は事業に活かしています。二人がしっかりと事業を担ってくれているからこそ、弊社はこの体制をとることができているのです。この体制は、創業当時から取り入れている「別家制度」によるもので、本店長・支店長(当時でいう別家・番頭)と、社長・会長(当時でいう主人)がそれぞれ自立した役割を担っています。良いときは互いに高め合い、悪いときは互いに牽制し合うことで、創業より381年継続できています。

ーー次世代リーダーや若手の早期戦力化についてはいかがでしょうか。

柏原昌和:
若手の育成はとても大事です。一方で、近年は生涯独身や子どもを持たない家庭も多くはなってきていますが、年齢とともに少なからず責任と必要な生活費は上がっていくため、社員の生活を守るためには若手重視の能力主義に偏りすぎず、定期昇給を行うことも大切だと考えております。

弊社では、従来からの定期昇給制度を守りつつも、やる気のある優秀な若手は、対象年次未満でも昇格を認めています。二代前の支店長は40代で常務取締役になりましたし、私自身も30代で社長に就任しました。今後も従来からの良いところは残しつつ、やる気のある優秀な若手の成長を止めずにさらに伸ばせるようにしていきたいと思います。

ドライな時代にあえて「顔の見える経営」を貫く理由

ーー組織運営や社員同士の関わりにおいて、大切にしていることは何ですか。

柏原昌和:
社員同士のアナログなつながりを重んじる「顔の見える経営」を大切にしています。私は先代から会社を引き継ぐ際、「社員は家族」と言われました。また小さい頃から、社員みんなが楽しそうに酒宴をしている姿を見ていたのです。それらが原体験となり、現在はOB会として毎月1回のランチ会や年2回のゴルフ会を開催しています。

また、現役社員については、東京本店では関連会社と一緒に野球・ゴルフ・スキー・テニス・囲碁将棋などの部活動を行い、時には軽井沢の宿泊施設を活用することもあります。さらに大阪支店ではゴルフや釣りの部活動や、社員旅行を実施しています。2024年7月には東京・大阪・関連会社を含めた全社員で1泊2日の社員旅行を実施し、名古屋と長野(昼神温泉)にいきました。来年7月にも、全社員での社員旅行を計画しています。

一見すると時代に逆行する非効率な方針に思えるかもしれません。しかし、非効率な付き合いの中に新しい仕事の種や、社員の悩みと成長の種があります。効率化が重視される今でも、弊社ではアナログなつながりを大切にしています。

確実な供給体制を強みに特定領域でシェアを拡大する

ーー同業他社にはない、貴社ならではの強みはどのような点にありますか。

柏原昌和:
強みは、自社倉庫を活用した確実な物流機能です。紙には色や風合い、厚さなど数多くの種類があり、一度メーカーの在庫が切れると次の生産までに時間のラグが生じてしまいます。私たちはそのタイムラグを埋める役割を担っており、お客様から求められた際にすぐに出荷できる体制を整えています。

インターネット通販大手が広く利用されるのは「そこに在庫があるから」ですが、弊社の役割もそれと同じ理屈だといえます。実際に、私たちが作成している在庫一覧の冊子を常に手元に置いていただいたり、同業の代理店やメーカーの方々が弊社の在庫を頼ってくださることも多く、業界内で私たちの機能が価値として認められている証拠だと受け止めています。

また弊社の営業は、紙単体の知識に留まることなく、加工などの周辺知識にまで及ぶことが、同業他社と比較した強みになっています。近年は製紙メーカー・今治タオルメーカー・弊社の三社で、新素材の今治タオルハンカチを共同開発しました。弊社の支店長は、社員へ常に「なんでもやりなさい。お客様のためになるのなら」と言ってくれており、常に新しいことに皆で取り組む社員は、弊社の一番の強みです。

ーーペーパーレス化が進む中で、今後はどのような成長戦略を描いていくお考えですか。

柏原昌和:
弊社は紙事業を始めた1884年から140年以上にわたり、紙業界に助けられて事業を継続してきました。しかし今は変わり目のときであり、紙業界では現在、メーカー・代理店・卸商が一体となって新しい取り組みを次々と始めています。

弊社は、1645年の創業から約150年は小間物問屋、次の約150年は木綿問屋をそれぞれ主力とし、現在の紙問屋としての歴史は142年になります。しかしながら、木綿問屋として第一線で活躍していたからこそ、紙問屋を始めることができました。これからも目の前の事業とお客様を第一に大切にして、紙業界の第一線で活躍する会社にするとともに、新しいことになんでもチャレンジする会社にしてまいります。

編集後記

「顔の見える経営を大切にする」。柏原社長の言葉からは、物事の表層に惑わされず、奥にある本質を射抜こうとする鋭い知性が感じられた。一方で、数字やマニュアルに頼らないマネジメント手法には、効率化だけでは生み出せない確かな体温と情熱が宿っている。最も心に残ったのは、社長が社員一人ひとりを深く信頼し、バトンを託そうとする姿勢だ。ペーパーレス化という厳しい環境下にあっても、自社の価値を再定義し、現場とともに歩み続ける柏原紙商事株式会社。トップの冷静な分析力と、自立的に動く組織の熱量が掛け合わさることで生まれる、力強い未来のうねりを確信した。

柏原昌和/1986年11月8日、東京都生まれ。2009年3月慶應義塾大学理工学部卒業、2011年3月慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。同年4月、株式会社三菱東京UFJ銀行(現・株式会社三菱UFJ銀行)に入社。2015年9月、三菱東京UFJ銀行を退社し、同年10月に柏原紙商事株式会社へ入社。その後は取締役業務部長、取締役副社長を経て、2023年12月同社取締役社長に就任。