
父親が創業した東邦パーライトに入社した橘俊夫氏は、独自の経営理念を掲げて組織の根本的な変革を推し進めてきた。事業領域を「資材の販売」から「幸せな空間の提供」へと転換させ、現在では歴史的建造物の活用など社会的意義の高いプロジェクトを手掛けている。利益のみを追求しない独自の経営方針や、次世代の経営者たちに向けた熱い思いについて、同氏に詳しく聞いた。
危機感から始まった組織変革と理念への共感
ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。
橘俊夫:
私は学生時代に「世界一周に行く」と決意したのですが、当時はそのための資金がありませんでした。そこで、アルバイトをして費用を稼ぎながら、同時に2年間で大学の必要な単位を取得するという2つの課題を自分に課したのです。当時の時給はわずか150円で、1日8時間働いても1200円にしかならず、2年間で目標である100万円を作ることは決して簡単な道のりではありませんでした。しかし、目標のための道筋をつくり、毎日努力を積み重ねてついに出発の前夜を迎えたとき、ふと「ああ、世界一周はもう夢ではなく現実になっている。明日から船に乗れば始まるのだ」と気づいたのです。目標金額を達成し、準備が整ったその時点から見れば、これからの旅そのものはある意味で「消化試合」のように感じられました。
この経験から、私にとって本当に大きかったのは「世界を見た」という結果そのものよりも、自分で決めた目標に向かって2年間やり切った実感なのだと気づきました。目標を立てて道筋を作り、毎日努力する。その目標に向かう一日一日こそが「生きている」ということであり、自分で決めた目標に向かってやり切るプロセスこそが自分をつくるのだと学んだのです。
その後、日本交通公社(現・株式会社JTB)の難波支店に入社し、海外旅行の黎明期に新婚旅行の販売やパスポート申請などを担当しました。当時の私は、世界一周の経験から「一度海外に行った人は必ずリピートしたくなる」と確信していました。そのため、顧客情報をデータベース化してリピーターを囲い込むなど、女性客をターゲットにした先進的な提案を会社に行いました。ただ、当時の組織は非常に規模が大きく、一人の新しいアイデアをスピーディーに形にすることが難しい環境でした。そこで、より自分の裁量で挑戦できる環境を求め、父親が創業した東邦パーライトに入社することを決めたのです。
ーーお父様が創業された会社に入社された当時、どのような課題を感じられたのでしょうか。
橘俊夫:
私が入社した時、会社は創業10年目で売上10億円、利益1.3億円と急成長を遂げていました。しかし、社員たちに仕事へのモチベーションを尋ねたところ、「他に行き場がないから」「給料が良いから」という答えが返ってきたのです。これでは、会社の業績が悪くなった瞬間に誰もいなくなってしまうと強い危機感を抱きました。会社の本質は建物の大きさや商品ではなく、そこで働く人が未来に対してどういう思いを持っているかです。そこで私は、会社の根本的な変革を決意し、社員教育に力を入れ始めました。
ーーその後の組織づくりは、どのように進められたのでしょうか。
橘俊夫:
当初は外部の研修を導入するなど人材育成に投資しましたが、お金のために働いている社員の意識を変えることは難しく、失敗の連続でした。そこで、入社後の人間を変えるのではなく、最初から会社の理念に共感してくれる人を採用する方針へと転換したのです。オイルショックで大企業が採用を控える中、自ら新卒採用を主導し、会社の思いや理念に共感して共に会社を創り上げてくれる人材を少しずつ採用し始めました。この方針は現在まで続いており、何人採用するかという人数を競うのではなく、代表である私自身が直接採用活動に関わっています。まず私からしっかりと会社の理念や目指す生き方を語り、その価値観に強く共感し、共に歩める仲間だけを迎え入れることを何よりも大切にしています。
「モノ」から「空間」へ 事業の本質的な転換

ーー事業内容にも大きな変化があったそうですが、具体的にお聞かせいただけますか。
橘俊夫:
創業当初は、パーライトという独自の建築資材を販売し、良いものを売ることを正義としていました。しかし、「パーライトを売ること」は自分たちの利益を追う行為に過ぎず、お客様が本当に必要としている「本質的な価値」ではないと気づいたのです。事業の本質は資材そのものではなく、それを使うことで生み出される「人間が幸せに生きるための居住空間や生活環境を提供すること」にあります。その考えに基づき、社名を「東邦パーライト」から「生活環境の向上に貢献する」という意味を込めた「東邦レオ」へと変更しました。そこから緑化事業や土壌改良、環境デザインなど、多様な空間開発事業へと業務展開を広げていきました。
ーー現在手掛けている社会的意義の高いプロジェクトの背景にある思いを教えてください。
橘俊夫:
たとえば、東京都内に現存する歴史的価値の高いコンクリート住宅「九段ハウス」の再生・活用事業があります。放っておけばいずれ壊され、マンションになってしまう歴史的価値のある建物を、社会的意義を果たすために自社でリニューアルし、活用できる形にしました。私たちは利益の追求や社員数、売上規模の拡大を目的としていません。一人ひとりの生産性を高めながら、約100名という小回りの利く規模を維持し、他社にはできない独自性と社会的な価値のある事業を継続していくことを経営方針として貫いています。
世界を見据えた展開と、次世代への思い
ーー今後の事業におけるビジョンについてお聞かせください。
橘俊夫:
これからは国内にとどまらず、日本の文化や優れた技術、考え方を世界の富裕層や海外市場へ発信していきたいですね。日本の文化や技術に対して敬意と深い理解を持ち、その価値に深く共感し、適正に評価してくださる層に対してビジネスを展開することで、5年後には売上や利益の半分を外貨で稼げるようなグローバル企業を目指しています。そのためには、社員一人ひとりが高い生産性を持ち、新しい価値を創造できる自律的な組織であり続けることが不可欠です。
同時に、こうした海外展開や会社としての展望の根底には「中小企業のあるべき姿」を体現したいという強い思いがあります。それは、会社が自社の利益ばかりを追求するのではなく、事業を通じて得たお金をどのように社会のために使い、還元していくかを真剣に考える姿勢です。グローバルな展開で得た利益を、社会課題の解決や人々の幸せのために還元していく。そうした事業成長と社会貢献の好循環を創り出すことこそが、これからの時代における中小企業の新しいロールモデルになると確信しています。
ーー最後に、今後のご自身の活動と次世代への承継について教えてください。
橘俊夫:
現在、会社の経営は現社長の吉川社長にスムーズに引き継いでいます。彼は創業者の「変えてはいけない思いや理念」を大切に継承しながら、時代に合わせて「変えるべき事業や経営」を推進してくれています。私が今注力しているのは、レオ財団などの活動を通じて、事業で得た利益を社会に還元することです。会社や個人が儲かることだけを目的とするのではなく、得たお金を社会のためにどう使うかを真剣に考える。そんな中小企業経営者のロールモデルとなるような社会貢献活動に、これからも尽力していきたいと考えています。
編集後記
利益や規模の拡大ではなく、社会的な意義と理念への共感を何よりも重んじる橘会長の言葉には、確固たる信念と揺るぎない熱量があった。危機感から始まった新卒採用や事業領域の転換など、すべての決断の根底には「人が幸せに生きる空間をつくる」という強い哲学が息づいている。次世代の経営者へとバトンを渡し、自身は財団活動を通じて社会への還元に奔走するその姿は、これからの時代における企業のあり方と経営者の生き方に、一つの明確な答えを提示しているように感じた。

橘俊夫/1950年、愛媛県生まれ。甲南大学卒業後、日本交通公社(現・株式会社JTB)に入社。修業期間を経て、1974年に東邦パーライト株式会社(現・東邦レオ株式会社)へ入社。1990年、同社代表取締役社長に就任。2016年、同社代表取締役会長に就任するとともに、株式会社東邦レオホールディングス代表取締役社長に就任。2013年には一般財団法人レオ財団を設立。現在は、レオ財団を通じて、「ひとのために生きようとする人」を支援する活動にも注力している。