
インバウンド需要の急速な拡大とともに、日本の観光産業は今大きな転換期を迎えている。その最前線で業界を先導するのが、JTBグループにおいて訪日旅行事業を専業で担う株式会社JTBグローバルマーケティング&トラベルだ。代表を務めるのは、営業現場からスタートし、数々の困難や新規事業の立ち上げを乗り越えてきた石田恒夫氏。同氏が掲げる「ウェルビーイングによる好循環創造経営」の全貌と、人とテクノロジーが織りなす未来のビジョンに迫る。
徹底した現場主義と挫折から学んだ「人を動かすマネジメント」
ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。
石田恒夫:
私はこれまで、営業の最前線や地域の現場で、お客さまや地域の方々と向き合うことに、キャリアの多くを費やしてきました。20にわたるポジションを経験し、引越しも13回を数えます。常に「わからない」からと投げ出さず、理解する努力を重ねて新しい価値を生み出すという挑戦の連続でした。
中でも一番の転機となったのは、2000年にグループ会社の立ち上げへ参画したことです。発端は1999年、競合他社が格安航空券で急成長を遂げる中、対抗するための新事業を私自身が立案したことでした。しかし実際に事業が始まってみると、連日業務に追われ、他社より安い価格と高品質なサービスを提供し、売り上げは伸びたものの、利益が残らない構造に直面したのです。そこで「持続的な利益を出せなければ会社も社員も守れない」ことを痛感し、自社の格安航空券部門と、当時すでに利益を生み出していたJTBの旅の予約センターを合併させる戦略を打ち立てました。
新組織ではCTI(電話とコンピューターの統合システム)を導入して業務効率とサービス品質を最高レベルに引き上げつつ、朝9時半から夜9時まで、365日年中無休の体制へと踏み切りました。一見するとコストがかさむように思えますが、格安航空券から収益性の高いパッケージツアーまであらゆる商品をワンストップで販売できる体制を整えたことで、お客様の利便性が飛躍的に向上。一体感を持って取り組んだ結果、業績は大きく上がって絶え間なく問い合わせが入るようになり、持続的に利益を生み出せる構造へと大きく転換することができました。
ーーその後、マネジメントの観点で大きな影響を受けたエピソードはありますか。
石田恒夫:
再度営業現場に戻り、神戸支店の法人営業部長を務めることになりました。会社としてガバナンスを強化する必要があり、本社としても立て直しが必要だと考えていた時期でした。当時の神戸支店は、従来型の営業スタイルが根付いており、経費や資金の管理をはじめとするバックオフィス業務にも改善の余地がある状況で、早急に体制を刷新する必要がありました。そこで、私は強行に改革へと取り組んだのですが、社員の気持ちを置き去りにしてしまったことで組織が二分化し、結果、営業成績も落ちることとなったのです。
この苦い経験から、「正論をかざすことと、社員を動かすことは全く別物である」と気付きました。たとえ正しいことだとしても、働く一人ひとりが納得して意欲を持たない限り行動は変わりません。それ以来、まずは社員を信じて任せ、自発的な行動変容を促すスタイルを徹底するようになりました。
ウェルビーイングによる好循環創造経営と企業の成長
ーーその他、ご自身の成長につながった出来事はありますか。
石田恒夫:
2019年にハワイ法人の社長に着任したときのことです。就任当時は過去最高となる約40万人のお客様を受け入れるなど業績は絶好調だったのですが、その翌年の2020年、コロナ禍によって事業環境が急変し、お客様が途絶えるという未曾有の危機に直面しました。先行きが見えない中で極めて厳しい決断を迫られましたが、その時に強く意識したのは、経営者として「未来に対する責任を果たす」ということでした。辛い現実であっても正面から受け止め、会社と社員の将来のために前を向いて決断を下す覚悟を固めたのです。
この経験を通じて、経営者は人気取りではなく、どんなに辛くても決断を下さなければならない立場であることを痛感しました。このときに学んだ教訓は、現在の弊社の経営にも大いに生かされています
ーー貴社が経営の軸として大切にされている考え方について教えてください。
石田恒夫:
最も大切にしているのは、「ウェルビーイングによる好循環創造経営」です。社員一人ひとりの健康、幸福、成長の実感を支え、やりがいを感じられる環境を整えることがすべての起点となります。
経営陣が社員を信頼して個性を伸ばし、自ら考えて課題を解決する「自律創造型社員」として活躍できる環境をつくる。それによって組織への愛着やチームワークが生まれ、お客様へより高品質なサービスや商品を提供できるようになります。結果としてお客様に感動を届けられ、業績向上や利益として成果が出れば、それをしっかり社員へ還元する。この好循環を回し続けることこそが、企業の持続的な成長に不可欠だと考えています。まさに、ウェルビーイングは福利厚生ではなく、持続的競争力を生み出す経営戦略です。
伝統の誇りと総合力を強みにインバウンド市場を牽引

ーーJTBグループにおける貴社の立ち位置と強みを教えてください。
石田恒夫:
1912年に誕生したJTBの前身組織であるジャパン・ツーリスト・ビューローは、もともと外国人旅行者を日本へ案内する訪日旅行事業からスタートしました。そのため、グループ内で訪日旅行を専業とする弊社は、創業時の志と伝統を直接受け継いでいるという強いプライドを持っています。
長年にわたり培ってきた全世界とのネットワークと、レジャーから法人向け、国家規模のイベントの運営までワンストップで手掛けられる事業領域の広さは他社にない強みです。世界的なスポーツ大会や国際会議などの大規模プロジェクトにおいても、裏方として安定した運営を行い、高い信頼を得ています。
ーー現在、特に注力されている取り組みについてお聞かせください。
石田恒夫:
大きな取り組みとして、今年の2月に富裕層市場へ向けた「BOUTIQUE JTB営業部」を立ち上げました。欧米や新たに展開するエリアを含め、世界各地の富裕層向け旅行を手掛ける旅行会社への直接的なアプローチを強化していくためです。この市場の開拓を進めることで、新たな収益基盤の確立を目指します。
また、スポーツを通じたグローバルな交流事業にも注力しています。訪日旅行事業を専業とする自社の立ち位置を活かし、スポーツをきっかけに世界から日本へ訪れる人々との交流を地域とともに盛り上げるなど、国際的なイベントを通じて世界と日本をつなぐ取り組みを推進しています。
「人×AI」で価値を高め、グループを牽引するグローバル人財を育成
ーー5年後、10年後に向けた貴社のビジョンをお聞かせください。
石田恒夫:
急激に変化を追い求めるのではなく、市場の変化としっかり歩調を合わせながら半歩先、一歩先を見据えて進化していく姿勢を重視しています。これからのデジタル時代において、AIを活用した手配や業務の効率化は不可欠です。しかし、ネット上にはない地域ならではの魅力の発掘や、現場斡旋、予期せぬトラブルへの対応など、人の温もりや経験、判断が必要な領域は必ず残ります。人の力で感動を創出し、AIで業務を効率化する。この両輪で価値を高めていきます。
ーー今後のグローバル展開と人財育成についてのお考えをお聞かせください。
石田恒夫:
JTBグループ全体として、将来的にグローバル事業での利益比率を高めていく目標を掲げています。その中で、日本にいながら世界中の顧客やパートナーとやり取りを行う弊社は、まさにグローバル人財の育成に適した環境です。
実務を通じて国際感覚と専門知識を磨いた社員が、将来的に海外拠点やグループ全体で活躍していく。こうした人財の循環を生み出すキーカンパニーとして、今後もグループの成長を牽引していきたいと考えています。
ーー最後に、読者へ向けたメッセージをお願いいたします。
石田恒夫:
弊社の経営理念は、日本と世界をつなぐグローバルな交流の創造を通じて、平和で心豊かな社会の実現に貢献することです。日本全体の人口が減少に転じる中、海外からの訪日客をお迎えし、地域との交流や経済の活性化を生み出すことは非常に重要だと考えています。
混雑などの地域課題に対しても国や行政と連携して適切な解決策を講じつつ、住む人も訪れる人も双方の豊かさを実感できる環境を整えていく方針です。交流の力で日本を元気にし、世界との架け橋となるべく、これからも挑戦を続けてまいります。
編集後記
数々の厳しい現場や経営課題を乗り越えてきた石田社長。その言葉からは、単なる事業の拡大にとどまらず、働く社員一人ひとりの成長と幸せを第一に考える真摯な姿勢が強く伝わってきた。「ウェルビーイング」を机上の論理ではなく、持続可能な経営のエンジンとして捉える思想こそが、同社をインバウンド市場のトップランナーたらしめる根源なのだろう。人とテクノロジーを融合させ、日本と世界を結ぶ同社の未来の飛躍が楽しみだ。

石田恒夫/1964年会津若松市生まれ、中央大学商学部卒。日本交通公社(現JTB)に入社し、神戸三ノ宮支店にて教育旅行営業を担当。その後本社の営業企画や新規事業機能の企画・立ち上げ、商品造成、Web販売、航空仕入に携わり、海外仕入販売事業部長などを歴任、2019年にはJTB Hawaii Travel, LLC社長兼ホノルル支店長に就任したのち、2023年4月にJTBグローバルマーケティング&トラベルの社長に就任。