1996年、理美容業界に衝撃が走った。“10分1000円”という日本初のヘアカット専門店『QBハウス』の1号店がオープンしたのだ。
運営企業であるキュービーネットホールディングス株式会社は、2018年3月に東証一部上場を果たし、2019年2月1日時点で国内565店舗、海外123店舗を構える一大企業へと成長した。
業界に革新をもたらした同社の事業拡大を支えているのは、事業推進室室長の江藤貴祥氏と同室トレーナーの米良幸一郎氏だ。
今回、入社のきっかけや、今後の目標、さらには同社の強みの1つであるスタイリスト育成制度「LogiThcut PROFESSIONAL STYLIST SCHOOL (以下、ロジスカットスクール)」を立ち上げたきっかけなどについて、話を伺った。
人生を変える転機となった「10分1,000円」の存在
―御社へのご入社のきっかけについてお聞かせください。
米良 幸一郎:
出身は宮崎県なのですが、どうせ就職するなら、東京で勝負してみたいと思い、最初は渋谷の理容店に勤めていました。
ちょうどその頃、『QBハウス』の1号店がオープンしまして、噂は聞いていました。ただ、「1,000円でどこまでできるんだろうか。上手くいくはずがない」と、当時はだいぶ侮っていたんです。
ところが、常連さんがたまたま『QBハウス』でサービスを受けて、私の勤め先に来たとき、「カットが上手かったよ」と言ったんです。そこで、そんなサービスをする店はどんなところかなのかと興味を持ち、門戸を叩いたというのが入社のきっかけです。
江藤 貴祥:
私も米良と同じくらいの入社時期でした。きっかけは非常に単純です。
当社に入社する前に、別の理容室で8年ほど働いていて、そろそろ大阪の実家に帰って自分の店を構えようと考えていました。
ただ、地元を離れてすでに10年近く経っていましたので、地元の様子がよくわからない。それなら、1年くらい大阪の状況を理解するために働いて、出店準備をするほうが得策だと思いました。
退職を前提に、少し軽い気持ちで働けるところはないかと、求人雑誌をめくっていたところに目に留まったのがキュービーネットでした。気づけばもう10年以上経ってしまっていますが(笑)
ちょうど私たちが入社した時期というのは、当社が置かれている環境が変化してきた時期でもありました。
10分1,000円とまではいかなくても、「スピーディーなヘアカット」というコンセプトのお店が少しずつ出てきたんです。そこで人材育成に重点を置かなければならないという価値観が生まれてきた、そんな過渡期の世代だと思います。
そうは言っても、当時はまだ「どう教育するか」という具体的な考えがあったわけではありませんでした。
未経験者への指導から見えた、当時の教育制度の課題
―当時の御社の状況や教育制度はいかがでしたか?
江藤 貴祥:
出店が加速していた時期で、私も新店の立ち上げに携わっていましたから、全国あちこちに出張していました。今とは違い、採用も即戦力になる中途のみに絞っていました。
研修店舗が銀座にありましたけど、QB独特のシステムといえば、エアウォッシャーと券売機くらいですから、その辺りの業務フローを説明して、数日練習したあとは現場に出てもらう。そんな感じでした。
米良 幸一郎:
当時はなかなか従業員が定着せず、自分たちが新規出店のフォローにいかなくてはなりませんでした。その後、徐々に未経験者の応募が増えてくるようになります。
かつて、私が担当していた店では、一緒に働く人がカットできない人だったので、カットは全て私が担当し、新入社員の彼には切った後の髪の毛の吸い取りだけをお願いしていました。
しばらくして彼は退職してしまいましたが、彼にとってみれば仕事を教えてもらえると思っていたのに、延々と吸い取りだけをさせられているという状況で、目標を持つことさえできなかったのだと思います。
当時は、「技術は教えるものではない。見て覚えるものだ」という風潮があったのも事実です。しかし、未経験の人からの応募も増えてきたとき、「教え方がわからない」という問題に直面しました。
そこで、東京の赤坂見附にある技術研修所に勉強をしに行き、店舗に戻ってから自己流で教えるというのを少しずつ始めていきました。ちょうど本社も接客研修をスタートさせた時期でもあります。
江藤 貴祥:
今思えば、まだ本当に「形だけ」だったかもしれませんが、教育制度が少しずつ生まれてくるようになってきたのだと思います。
共通の想いを持った仲間との出会い
―お二人が初めて会ったときのことをお聞かせいただけますか?
米良 幸一郎:
レディース研修で江藤がカットを披露してくれるシーンがあったのですが、あまりの女性の髪を切るスキルの高さに、思わず感動してしまいました。
バリカンワークも見たことのない使い方をしていて驚きましたし、当時は本当に雲の上の人のような存在でした。
江藤 貴祥:
私が一番印象に残っているのは、表参道の店舗まで会いに来てくれて、「話がしたい」と言ってきたときですね。
2人で3時間くらい語り合いましたが、米良が「教育に力を入れていきたい」というのを熱く話しているのを聞いて、初めてこうした話ができる人と出会ったという記憶があります。
米良 幸一郎:
そうですね。私はエリアで独自に技術指導をしていたのですが、それを仕組み化し、従業員の定着率を上げたいと思っていました。
江藤 貴祥:
それが現在の教育制度「ロジスカットスクール」につながってくるわけです。
「ロジスカットスクール」立ち上げの裏側
―未経験者や経験の浅いスタイリスト向けに、6ヶ月間、カットや接客の研修を行い、研修生の間もきちんと給与が支払われるというロジスカットスクールの制度ですが、立ち上げについてのお話をお聞かせください。
江藤 貴祥:
実は、きっかけはいくつかあります。
もともとはカット技術に長けた即戦力しか採用していませんでしたが、先ほど申し上げたように未経験の人の応募がかなり増えてきたため、教育の必要性が出てきたというのがあります。
また、北野が社長に就任し、「人を育てる」という方針に流れが変わってきたというのもきっかけですね。その2つが重なって、ロジスカットスクールというのが徐々に形作られていきました。
米良 幸一郎:
もうひとつ、エリアの予算で人を雇い、店を回していかなければならないのですが、未経験だと作業に従事できないため、結局人件費がオーバーしてしまう。
そういう葛藤もあり、人は欲しいけれども未経験は採用できないという状況でしたので、その問題を解決するという目的もありました。
ロジスカットスクールに通う期間の給与は会社全体で負担するので、エリア独自の負担にはならない仕組みなんです。
―新たな取り組みをするということで、反発はありませんでしたか?
米良 幸一郎:
それまではせいぜい2週間くらいでだいたいのカット技術を教えていましたので、「本当に6ヶ月も必要なのか?」という声は聞こえてきました。「現場の状況を本社側は理解していないのではないか」という反発はあったと思います。
実際にロジスカットスクールの卒業生が現場で働くようになったばかりのころは、色々と問題も起きましたし、ミスも多かったです。
ただ、私自身もロジスカットスクールにかかわるようになり、そうしたことが起きないよう、「人を育てる」という方に力を入れていき、徐々にレベルが上がっていったと感じています。
今ではもう、卒業試験を突破して現場に入ってくる人たちは、本当に技術力が高いと経験者からも太鼓判を押されるようになっていますね。
「見て覚える」風習を打開した、研修の意義を伝える工夫
―技術を伝えることの難しさは感じませんでしたか?
江藤 貴祥:
この仕事はどうしても「見て覚える」というのが先行しがちです。
「こういうふうにカットするんだ」というイメージが持てる人は問題ありませんが、そうでなければ覚えるのは難しい。最初は我々自身も切り方を教えるだけでした。
今では、言葉の範囲を明確にしたうえで、一つひとつ、「なぜこう切るのか」ということにこだわって説明するようにしていますが、その辺りがきちんと整理されるまでは本当に苦労しましたね。
米良 幸一郎:
ただ教えるだけではなく、その切り方をする理由を論理的に説明する講義の時間を、研修の前後に設けています。相手がきちんと理解した上で指導に入りますので、研修を受ける側の心構えが変わってきます。
また、当社ではこうして学んだあとにテストを受け、合格することで昇給につながるよう、研修を評価制度に結び付けているんです。
長年別のサロンで働いていた人は、「これを学んで何になるのか。自分の技術ではだめなのか」という疑問を持つこともあるでしょう。
そこで、「今ここでしっかりやっておくことが、サービスの向上、品質管理、安全対策、そして自身の評価にもつながっている」ということを話しながら進めることで、研修の目的を明確にし、モチベーションを高めてもらっています。
海外指導に行く度に感じた恐怖
―海外でも広く展開されていますが、現地の方向けの研修についてはいかがですか?
江藤 貴祥:
実際、ロジスカットスクールが始まる前に、既に海外での人材育成は始まっていました。
その期間は、月に2回くらいシンガポールに行って、カットの指導をするというのを繰り返していましたが、正直、毎回行くのが怖かったんです。
日本とは異なり、海外ではカット技術を学ぶという機会が少ない。そのため、現地の人はこれを良いチャンスだと捉えるので、相手も本気で学ぼうとします。最初は、そこでカットをして「あとは経験を積めば大丈夫」と言っていました。
ただ、理美容師ではない通訳さんにしてみると、私の話す意味が分からないときがある。わからなければ訳せません。ですから、「これはどういう意味ですか」と訳す前に質問されることがたくさんありました。
それまでそうした質問にあるような本質的な部分について深く考えてこなかった。「経験」という言葉に甘えていたのです。海外に行く度に、「次は何を質問されるのか」と戦々恐々としていました。
単に切り方だけではなく、考え方を教えないと伝わらないというのを痛感しましたね。
今では、当時指導した技術も言葉も文化も分からなかった現地の人たちが管理者となって、技術・接客・おもてなしの指導に当たってくれています。その姿を見ると、感慨深いものがあります。
彼らが一緒に続けてきてくれているから、今があると思いますね。
「『QBハウス』に来て良かった」と思ってもらうために
―最後に、今後の目標についてお聞かせください。
江藤 貴祥:
当社の採用には幅広い年齢層の方や、ブランクの長い方、様々なバックグラウンドを持つ人がいます。
今まで「見て覚える」というのが主流だったこの業界の中で、我々がきちんとした教育の仕組みをつくりあげることで、そうした方々が理美容業界に復帰しやすくなり、今よりもっと理美容師さんたちの働く環境を改善できるのではないかと思っています。
カットというのは、外見を変えることで、その人の内面にアプローチするものです。人の感情に働きかける仕事である以上、経験値の高さも必要になってきます。
現状、ロジスカットスクールにおいては知識を蓄えるためのプログラムは整えられつつありますので、今後、経験の部分を更に増強し、理美容師さんたちに当社に来て良かったと思ってもらえるような環境にすることを念頭に、仕組みづくりを進めていきたいと思っています。
米良 幸一郎:
今の若い世代の人たちは、海外志向がとても強くなってきていると感じます。そういう面では、当社は海外での活躍の場がありますから、夢を持って働いてもらえる環境にあるのではないかと思います。
国内の店舗数は現在560 店舗を超えていますが、20年後には1000店舗を目指していきたい。しかし、おそらく海外での出店ペースの方が国内よりも上回るでしょう。
若い世代に、「海外で働くためにキュービーネットホールディングスに入社したい」と思ってもらえるよう、更に力を入れていきたいというのが目標です。
編集後記
それまでなかった新たなシステムを生み出し、定着させてきた2人。数々の困難の中にあっても、それぞれの信念に従い、全てを学びとして自身の糧にしてきた姿が印象的だった。2人の今後のさらなる活躍に期待したい。
江藤 貴祥(えとう・たかよし)/1975年8月18日生まれ。関西美容専門学校卒。一般店で勤務後、2004年にキュービーネットホールディングス株式会社に入社。その後、店長・トレーナーを経て、事業推進室室長に就任。座右の銘は「積み重ねる、積み重ねていく」。
米良 幸一郎(めら・こういちろう)/1976年4月28日生まれ。東京総合美容専門学校・宮崎理容専門学校卒。2003年、キュービーネットホールディングス株式会社に入社。多くの店舗勤務を経た後、店長・エリアマネージャー・シニアマネージャー・スーパーバイザーとキャリアアップを積んだ。2015年、事業推進室トレーナーに就任。座右の銘「褒めれば世界が変わる」、「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」、「夫婦とは(永遠の)会話なり」。