後継者不足で悩む中小・中堅企業のオーナー社長をM&Aで救うべく、リーディングカンパニーとして業界を牽引してきた株式会社日本M&Aセンター。2008年に同社に入社した渡部恒郎氏は、日本M&Aセンターが築いてきたノウハウを更に深化させ、新たなモデルを作り上げた。2017年、同社史上最年少となる33歳で執行役員に就任。飽くなき向上心と緻密な戦略で、数々の業績を達成させてきた渡部氏の軌跡を追った。

経営者になると決心した中学時代

―どのような幼少時代をお過ごしになられたのでしょうか?

渡部 恒郎:
私は大分県別府市生まれで、祖父はそこで病院を経営しておりました。祖母の家も100年続く旅館を経営していたので、幼い頃はよく大分に遊びに行っていました。そうした祖父母の影響もあって、私にとって「経営」は非常に身近なテーマでした。

小学生の頃、ハワイでABCストアというコンビニエンスストアを見たのですが、日本のコンビニと違って、かなりの行列ができていたことが印象的でした。「経営の仕方を変えれば、行列ができるんだ」ということを知って、ますます経営に興味を持つようになったんです。その経験が鮮烈で、中学校の卒業論文では、「コンビニの経営戦略」という論文を書きました。実際にサンクスの経営企画を担当する部署にヒアリングもしました。その頃には「経営者になりたい」という目標を持つようになっていました。

ベンチャー企業のNo.2にまで上り詰めた大学時代

―京都大学の経済学部ご卒業と伺っておりますが、学生時代のご経験をお聞かせ頂けますか?

渡部 恒郎:
大学1年生のときに人材派遣のベンチャー企業でインターンシップをしました。3か月間のインターン期間が終了したときに、「うちで働かないか」とお声をかけて頂きました。とはいっても、まだ1年生でしたし、大学を中退するわけにもいきません。それでも、事業として興味があったので、「無給でいいので働かせてほしい」と、私からもお願いしました。その後、会社自体も成長していき、給与も上がり続けていきました。私も普通の社員と同様に法人営業や採用面接も行いました。最終的に3年後には営業成績で社内でトップになることができ、前職のベンチャー企業でも、まさに社長の右腕、会社のNo.2として経営にかかわるようになっていきました。

「経営者になりたい」ということは常々口にしていたのですが、あるときその会社の社長に「それならすぐに会社をつくってみたらどうだ」と言われたことがきっかけで、起業しました。定款を書いたり、書類を法務局に持っていったり、起業に関わる実務を自分でこなすのはとても面白かったですし、いい経験になったと思います。ただ、いざ社長になったところで、私がずっと言ってきた「社長になりたい」という言葉自体の無意味さに気付いたんです。きちんと事業の中身が伴っていなければ、会社をつくっても何もないのだと思いました。


―そこから実際に事業を始めていくわけですね。具体的にはどのようなことをされていたのでしょうか?

渡部 恒郎:
コンビニやスーパーマーケットなど、小売業に当初は興味がありました。大手百貨店内でチーズケーキを販売する事業や、教育系の事業にも挑戦しました。大学に対してネット広告のコンサルティングをしたこともあります。

給与が0円でも働きたいと思えるか

―日本M&Aセンターへご入社した経緯をお聞かせください。

渡部 恒郎:
一度、2007年度の新卒採用で大手金融機関から内定を頂きました。ただ、当時はまだ自分が役員をしていた会社の規模をもっと大きくしたいという気持ちが強かったので、内定を辞退し、就職を先送りにしました。そこから1年間、社内で経営方針などを話し合っていくうちに、方向性の違いが出てきまして、それならば、別の会社で経験を積んでみようと思い、就職活動を再び行いました。

当時はM&Aという言葉さえ知りませんでした。ただ、人材派遣の会社にいた経験があるので、日本M&Aセンターの「企業同士をマッチングさせる」という仕事は、人材派遣と似ているところがあると感じました。それに、決算書を見ると利益率も高く、成長が期待されると企業だと思いました。いくつか内定を頂いた中で、大手総合商社と日本M&Aセンターのどちらに入社するかで悩みました。給与面で見れば、当時の日本M&Aセンターの平均年収と大手総合商社のそれとでは、数百万円の差があったんです。

―その中で、なぜ御社に入られようと決心されたのでしょうか?

渡部 恒郎:
最終的に、「もし、給与が0円だったらどちらの仕事をしたいか」ということで選びました。もともと、学生時代のインターン期間後に「無給でいいから働かせてほしい」とお願いしてまで続けた仕事を、その時は辞めてきたわけです。0円でも働きたいくらいやりたい仕事でないと、就職をするより起業をもう1度した方がいいくらいです。そこで、どちらがいいかと考えたときに、経営者とダイレクトに会える仕事ということに魅力を感じ、日本M&Aセンターに入社することを決めました。

<次ページ>新たに作り上げた業界の“常識”