※本ページ内の情報は2023年10月時点のものです。

近年、アルコール飲料の国内出荷量は減少傾向で推移している。農林水産省のまとめによると、特に日本酒の国内出荷量は、ピーク時の1973年には170万キロリットルを超えていたが減少に転じ、2022年には約40万キロリットルとなっている(※)。また新型コロナウイルスの影響もあり、特に業務用日本酒の国内消費は大きな打撃を受けた。中でも酒造好適米を多く使用する吟醸酒、純米酒等(特定名称酒)は大幅に減少している。
(※)日本酒をめぐる状況(農林水産省 農産局)より

そのような状況の中で「It’s mine(イッツマイン)」や「花巴 KASAMA純米大吟醸」などオリジナル商品の開発に積極的に取り組んでいるのが、奈良県に本店を置く株式会社泉屋だ。そのユニークな発想はどこから生まれてきているのか、代表取締役社長の今西栄策氏に話を伺った。

「名目上の社長」として現場の課題を洗い出すことで会社に貢献

ーー社長に就任されてから、今までを振り返ってみていかがでしたか?

今西栄策:
泉屋は私の父親である今西健策が創業し、私は二代目にあたります。父親は高度成長期を乗り越えてきた、いわゆる「カリスマ創業経営者」で、すべてを自分で決めるタイプでした。

2007年に父親が代表取締役会長に、私が代表取締役社長に就任したのですが、そのときの父親の挨拶は今でも覚えています。

「私は会長になりましたが、今までと何も変わりません。ですから、今まで通り安心して私についてきてください」

結局、役職だけ変わって何も変わらない、私は「名目上の社長」だと宣言されたわけです。このときは「うちの会社に世代交代はないのかもしれない」と本気で思いましたね。

社長になって6年ほど経ち、当社の取引先も酒販店から量販店へと変わっていく中で、やるべきことがたくさん出てきました。そこで父親には好きなように経営をやってもらい、私は社長という肩書きを背負いながら現場を歩くことにしました。結局、父親が手を付けていない領域で自分の成果を出そうと方向転換したわけです。

我々のような卸売業は、生産者と小売業者を結びつける役割を担っています。。小売業の現場を実際に見て回ることで、さまざまな課題が見えてきました。たとえば要冷蔵の生酒の本数。日本酒は1ケース12本が一般的ですが、要冷蔵の生酒だと冷蔵庫に並べきることができず、品揃えが限られてしまいます。そこで1ケースを6本にすることで陳列しやすくしました。この発想は売り場を知らないと出てきません。こういった売り場の課題を一つずつ解決していくことに力を入れました。

新しい事業を立ち上げるのではなく、地域の信頼や先祖代々の信用といった父親が持っているリソースを活用しながら、既存事業の中でも父親がやっていないことを見つける。さらにそこから事業を通じての社会課題解決や、地域資源を活用した奈良のブランド化を酒や食の世界で手伝う戦略に切り替えていきました。

既存の良い商品を活性化させてオリジナル商品に

ーー2020年にはMBA(経営学修士)を取得されていますが、どのような経緯があったのでしょうか?

今西栄策:
一度マーケティングの本質を学びたいと思い、同志社大学大学院でMBAを取得することを決めました。それまでは我流のマーケティング知識しかなかったのですが、書籍やセミナーなどインプットだけの勉強には限界があります。大学院では大量の宿題と論文で何度も力尽きそうになりましたが、アウトプットを伴う勉強ができたのでマーケティングへの理解が深まったことを実感しています。

ーーオリジナル商品の開発にも積極的に取り組まれています。

イチから商品を作らなくても、既存の商品を活性化させることでオリジナル商品をつくることができます。たとえば「It's mine」は既存の300ミリリットルの日本酒を「女性が家でほっこりタイムに飲む」をコンセプトに180ミリリットルに変更したものです。同時にラベルのデザイン見直し、印刷されているQRコードからはお酒の特徴や料理との相性、おつまみのレシピなどを見ることができます。

私は基本的にマーケットインの考え方で、購買接点や消費現場から発想を膨らませています。良いものを作りたいという発想ではなく「顧客のニーズがある商品を、求められる価格で売り出す」という発想です。こういう発想が次々と湧いてくるので、かなり周りの人間を巻き込んでいると思います。

産地卸の開拓で奈良ブランドを世界へ

ーー現在注力しているテーマについて教えてください。

今西栄策:
新規取引先の開拓です。今までは酒類販売業者に商品を売る、あるいは売ってくれるチャネルを開拓するのが新規開拓でしたが、この固定観念を捨て、通常の既存取引では開拓できない取引先を開拓することに注力しています。キーワードとなるのが「消費地卸」と「産地卸」です。

消費地卸は消費地にある小売業者に対する卸のことで、従来のビジネスを指します。一方の産地卸は、奈良ブランドを生み出す中で、それを販売する先を開拓するビジネスのことです。これには近畿地方だけでなく、日本全国や海外、ネット販売なども含まれます。

ーー管理部門の体制強化にも力を入れているとお聞きしました。

今西栄策:
実は父親が会長を務めていた時期は社内にルールがなく、人事や労務の面でもかなりいい加減でした。父親の「俺がルールブックだ」という意見が通っていたわけです。当然、経営理念や社是もありません。

会長が亡くなってから「父親はどんな想いで創業したのか」「この会社はどうあるべきか」を必死に考えました。そして経営理念と社是を作り、各部署を整備することで、これまでの文鎮型組織からピラミッド型組織へと組織改革を行いました。

規模を拡大するよりも「確実に収益を出し続けること」を目指す

ーー最後に今後の展望について教えてください。

今西栄策:
年商にこだわりはないですが、長く続けられる会社にしたいと考えています。経営理念として「仲間と地域に愛され信頼される会社になる」を掲げていますが、これ以上でも以下でもありません。

もちろん消費地卸としての役割もあります。今当社がなくなったら困るという取引先が多いことも事実です。会社の規模を拡大するよりも、つぶれない会社にする。地域にとって必要な会社になることで、確実に収益を出し続けることを目指していきたいと思います。

編集後記

実は西郷隆盛と岩崎弥太郎の玄孫でもある今西社長。

「西郷隆盛のことは自分の努力とは関係ない話なので、そこに努力や創意工夫はありません。しかし、企業経営者イコール会社ですから、会社のブランド力を上げるために自分の祖先というリソースを使うのは良いと思います。もちろん日頃からご先祖様に関心を持っていなければ失礼に当たりますけどね」と毎年の西郷家への墓参りを欠かさない。

父親や祖先の残したリソースを最大限に活用しつつ、柔軟な発想力で新しいことにチャレンジを続ける今西社長と泉屋のこれからに期待したい。

今西栄策(いまにし・えいさく)/1971年奈良県奈良市生まれ。同志社大学 経済学部を卒業後、キリンビールに勤め、1998年に父親が社長(当時)を務める株式会社泉屋に入社。2007年に代表取締役社長に就任。