※本ページ内の情報は2023年12月時点のものです。


建設業界では少子高齢化による働き手不足や長時間労働など、さまざまな課題が残っている。そんな中でも、新築工事や改築工事、仮設工事の際の電気設備工事を請け負っている橋本電気株式会社は存在感を示している。

同社は「明るい生活環境の創造」をモットーに、創業から60年以上にわたり技術の向上に努めてきた。

新聞業界で長く働いてきた橋本明子氏は、創業者である父親から懇願され、予期せず会社を引き継ぐことになったと話す。職人たちの技術を未来につなぐため、安全管理の徹底や社内改革に挑む橋本社長の思いを聞いた。

橋本電気株式会社が大切にしていること

ーーまず貴社の事業内容についてご説明いただけますか。

橋本明子:
弊社は商業ビルやホテル、病院、学校などの新築工事や改築工事、仮設工事を行う際の、電気関係の工事を請け負っている会社です。

ーー貴社がスーパーゼネコンと呼ばれる大手建設会社から依頼を受けるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

橋本明子:
これは創業者である父の努力の賜物です。電気会社はいくらでもあるので、先方に営業に行っても初めのうちはまったく相手にされなかったそうです。

それでも諦めずに毎日通い詰めた結果、父の熱意が認められ、依頼をくださるようになったと聞いています。

ーー日々の業務で貴社が重視しているポイントについて教えていただけますか。

橋本明子:
高所で作業をする場合も多いですし、電気を取り扱っているため、私たちは、何よりも安全を最優先に作業を行います。また、電気工事を請け負う会社として事故が起きると信頼問題にも関わるため、事故防止を最優先に取り組んでいます。

上司と現場の社員、下請けの職人さんたちとの報告・連絡・相談を徹底し、細心の注意を払って作業にあたるよう教育を行っています。

ーー取引先からの信頼を得るために、橋本社長が行っている取り組みを教えていただけますか。

橋本明子:
日頃から危機管理は徹底しているものの、弊社が携わった工事で事故を起こしてしまったことがありました。

その際は、弊社の工事担当者と下請け会社の職人さんたちを集めて安全会議を開き、どういった背景で事故が起きたのかを徹底的に話し合いました。

そして会議の内容を精査し、事故が起きたのは何日の何時頃で、どういった経緯で事故が起きたのか、今後再発を防ぐための防止策をまとめ、報告書として取引先に提出しました。

取引先の信用を失ってしまったら二度と依頼をいただけないので、事故が起きた原因を包み隠さず報告し、誠心誠意対応するよう徹底しています。

就任直後の葛藤と後継者として大切にしたいこと

ーー橋本社長がお父様から会社を引き継がれたきっかけは何だったのでしょうか。

橋本明子:
以前から父より「お前に会社を継いでほしい」と言われていたのですが、私は電気工事は男性がする仕事だと思っていましたし、やりたいこともありましたので会社を継ぐ気はないとはっきり断っていました。

父がまだ若かった頃は仕方ないとあきらめてくれていたのですが、高齢になると自分がいつまで社長業ができるかわからないと不安になったようで「どうか会社を継いでくれないか」と頭を下げられてしまったのです。

それから毎日頼まれ続け、最後は私が根負けして会社を引き継ぐことにしました。それまで自分が経営者になるとは考えもしていなかったので、本当に人生は何が起こるかわからないなと思いました。

ーー2005年の社長就任後、何から手を付けられたのですか。

橋本明子:
私はそれまでまったく畑違いの仕事をしており、今から電気工事の技術を身に付けてベテランの職人さんたちと並んで作業することは不可能だと実感しました。

そこで私が14歳のときに聞いて以来教訓にしてきた、1961年に第35代アメリカ大統領のジョン・F・ケネディが就任演説で「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問おうではないか」という言葉を思い出し、私には何ができるだろうと考えました。

そうして自分で考えた結果、取引先へのあいさつ回りや現場回りならできると思い、営業業務をするようになりました。

ーー会社を引き継いでから、橋本社長が大切にしていることはありますか。

橋本明子:
ある取引先に社長就任のごあいさつにうかがったときに、重役の方から「世代交代したからといって急に会社方針を変えてはダメですよ。これまで培ってきた良い部分を継続していきなさい」と貴重なアドバイスをいただいたことがあります。

橋本電気の最大の強みである技術力があってこそ、取引先様から信頼を得続けられているので、この伝統をこれからも継続していかなければならないと思っています。

働きやすい職場環境の整備と社員教育について

ーー橋本社長がご自身で行ってきた社内改革について教えてください。

橋本明子:
日頃から社員のみなさんには「健康第一で病気と向き合いながら仕事をしましょう」と伝えていて、体調を崩したときはしっかり休んでもらうようにしています。

というのも、私が中学生のときに、母親が退院した翌日に亡くなっているのですよ。そのため社員のみなさんには「早く仕事に復帰しなければ」とあせるのではなく、万全な状態になってから戻ってきてほしいと思っています。

また、これまでの社内体制を変え、週休2日制を導入しました。病院や学校などは平日以外に工事の依頼が入るので、土日や祝日に仕事が入ったときは平日に休みを取ってもらうようにしています。

なお、弊社では、男性社員からの育児休暇の申し出も受け入れ、必要な休みを確保することで働きやすい職場を目指しています。

ーー貴社の今後の課題についてお聞かせいただけますか。

橋本明子:
建築工事業界の人材不足が深刻だと言われていますが、弊社も同じように採用に苦戦しています。

10代〜20代の若い世代の方たちに工事現場の仕事についてどう思っているか聞いてみると、“きつい・汚い・危険”というネガティブな3Kのイメージが定着しています。

こうしたイメージを払拭するために、弊社に応募してきてくれた人たちにはまず現場を案内し、実際の様子を見ていただいています。

電気工事は命を落とす危険のある大変な仕事ではありますが「この建物の工事を自分がやったんだ」という達成感や、やりがいを感じられる仕事でもあります。

これからも電気工事の仕事の魅力を伝えていき、建築工事のネガティブなイメージを少しでも解消するために、より多くの人に情報を発信していきたいです。

ーー社員教育を行うにあたって心がけていることがあれば教えていただけますか。

橋本明子:
相手に自分の考えを押し付けるのではなく、その人の長所をどうやって伸ばしていくかを考えるようにしています。

こうした考えに行き着いたのは、一人ひとりに合わせた対応を取ることで、その人が本来持っている力を発揮できるのだと実感した出来事があったからです。

ある社員が入社して半年後に体調を崩してしまい、出社ができない状態になってしまったのですが、「営業の仕事が合わないので発注管理の仕事がしたい」ということだったので、資材部に異動してもらいました。

すると仕事に取り組む姿勢がガラッと変わって、張り切って仕事に打ち込むようになりました。

また、感情を上手くコントロールできなくなって自主退職した社員がいたのですが「フルタイム勤務は難しいけれどもう一度働きたい」と申し出てくれ、今ではその日の体調に合わせて働いてもらっています。

このように、社員一人一人の意見を尊重している会社ですので、まずは職場見学をしていただき、弊社の雰囲気を肌で感じていただければと思います。


編集後記

新聞記者として活動し、大学で講義をしてほしいとオファーを受けていたという橋本社長。しかし、父親からの懇願に負け、戸惑いながら会社を継ぐことになり「こんな予想もしていなかったことが起こるのか」と自分自身が驚いたと語る。高い技術力を持つ橋本電気のような会社があるからこそ、私たちが不自由なく活動できていることを忘れずにいたい。

橋本明子(はしもと・めいこ)/1947年11月22日東京都生まれ。成城大学文芸学部卒。1972年産経新聞社に入社後、新聞記者を経て2008年橋本電気株式会社に入社。同年代表取締役社長に就任、営業業務に携わり、現在に至る。