
2024年4月1日に建設業への時間外労働の上限規制が適用されてから、早くも2年が経過した。月45時間、年360時間という上限は業界全体の働き方改革を前進させた一方で、生産性の面では新たな課題も浮き彫りになっている。短納期や人手不足が依然として深刻な建設業において、株式会社森本組の代表取締役社長、横尾徹氏はこの問題の解決に早くから取り組んできた。同社に入社してから支店長、役員、そして社長へと着実にキャリアを積んできた同氏に、長年一貫して意識している現場第一主義や、これからの森本組が目指すビジョンを聞いた。
昭和の働き方を変えるべく継続する社内の環境改善と健康経営
ーー建設業界を志した原点と、貴社に入社した当時の労働環境について教えてください。
横尾徹:
子どもの頃、建設の仕事をしている親戚の姿を見ていたのが原点ですね。「自分もあんな風に大きなものをつくりたい」という憧れを持つようになり、大学で土木工学を学びました。
弊社に入社して痛感したのが、当時の労働環境の過酷さです。入社当時は、週休2日制の導入が始まったばかりで、土曜日は当たり前、日曜日も隔週で仕事があり、宿舎の狭い部屋に2~3人で共同生活をするなど、今では考えられない環境を目の当たりにし、立場が上がるにつれて「この環境をなんとか良くしなければならない」と強く思うようになったんです。
ーー当時の厳しい環境から、どのように社内改善を進めてこられたのでしょうか。
横尾徹:
「社員が疲弊していく状況を何とかして変えたい」という一心で、福利厚生を拡充したり、社員との交流会を企画したりと、できることから地道に改善を重ねてきました。最近では、より本質的な「健康経営」の推進に大きく舵を切っています。会社として健康経営宣言を行ったことを契機に、保健師や臨床心理士などの専門家に直接相談できる『オンライン健康相談窓口』を設置しました。さらに、30歳以上の社員に向けた人間ドックの費用補助の拡充や、日々の健康意識を高める『ベジチェック(野菜摂取量測定)』の導入など、具体的なアクションを起こしています。社員が心身ともに健康で長く働ける環境を整えることは、会社の絶対的な義務ですからね。こうした取り組みが社員に喜ばれ、2025年には『健康経営優良法人(大規模法人部門)』に認定されたことは、一つの手応えを感じています。
ーーご自身の長いキャリアの中で、最大のターニングポイントとなった出来事は何でしょうか。
横尾徹:
やはり、民事再生を経験したことです。あの困難な時期に、会社を去っていく仲間たちの背中を見送るのは本当に辛いものがありました。それでも、「森本組の火を絶対に消してはならない」「必ずまた良い会社にしてみせる」と、私自身が心底思い続けたからこそ、今こうして社長として皆の前に立っていられるのだと思います。
ご要望に合わせて複雑な工事にも幅広く対応できることが強み
ーー貴社の現在の事業内容と、136年続く貴社ならではの強みについて教えてください。
横尾徹:
弊社は土木事業と、建築事業を両輪として、両分野を同等の割合で展開している総合ゼネコンです。1890年に奈良で創業した森本組をルーツとし、2003年の民事再生申請という苦難を経て翌年、営業譲渡により大豊建設のグループ会社となりました。再スタートから今年で23年、通算すると137年目になります。
強みとしては、狭い空間で深い穴を縦に掘るアーバンリング工法や、工場排水を浄化して汚泥の発生を削減するオイルバクターシステムなどの独自技術を持っている点です。インフラ整備を主とする官庁工事から、マンション・物流施設などの民間建築工事、鉄道や環境関連工事まで幅広く手がけています。この高い技術力を活かして他社が敬遠しがちな複雑な仕事にも対応できること、そして規模は小さくても対応の幅が広いことが、弊社の大きな武器ですね。
ーー経営面において、お客様から選ばれ続ける強みはどこにあるとお考えですか。
横尾徹:
最大の強みは、安定した利益の継続と、そこから生まれる揺るぎない信頼性だと言い切れます。今年で社長就任から4年目を迎えますが、弊社は10年以上にわたり事業基盤を堅実に構築し続け、安定した利益を出し続けています。一朝一夕には築けないこのブレない財務基盤と確かな実績こそが、お客様に「森本組なら安心して任せられる」と思っていただける信頼の源泉になっていると自負しております。
現場第一主義の使命と2024年問題へのデジタルトランスフォーメーション

ーー長年の現場経験で培われた、仕事に向き合う使命とは何でしょうか。
横尾徹:
常に現場第一主義を忘れないことです。支店長時代は現場に通って施工の課題を聞くなど、社員と頻繁にコミュニケーションをとるようにしました。私たちの使命は、常にお客様へ「より早く、より安く、より良く、そして安全に」価値を提供することです。この柱を体現するためには、自分の知らないことをできるだけなくし、現場の最前線で起きていることを正確に把握する相談役になれるよう努めてきました。
ーー時間外労働の上限規制適用から2年が経過した、建設現場のリアルな実態を教えてください。
横尾徹:
働き方改革という側面で見れば、社員の健康を守りワークライフバランスを向上させる意味で一定の成功を収めていると評価しています。しかし一方で、現場の生産性という面では非常に大きな弊害が出ているのも実情です。
たとえば、生コンクリートを打設する現場を想像してみてください。生コンクリートは時間が経つと固まってしまうため、工場のプラントを立ち上げ、ポンプ車にコンクリートを積み込んでから移動させ、現場で素早く作業を完了させるまで、極めてシビアな時間管理が求められます。しかし、残業規制によって現場における作業時間に絶対的な制約が生じたことで少しの遅れも許容されなくなり、1日あたりのコンクリート打設量が制限され、工期全体のスケジュール管理が従来とは比較にならないほど難しくなりました。
ーー深刻な生産性の課題に対して、現在どのような対策を講じていますか。
横尾徹:
現場のDXとICTの推進に全力で取り組んでいます。限られた時間の中で「より早く、安全に」施工を完了させるためには、従来の人の手や経験だけに頼るのではなく、デジタル技術を活用して業務効率を抜本的に引き上げるしかありません。各現場への新しいシステムの導入を加速させるとともに、全社員にAIを積極的に使用してもらい、会社全体に業務効率改善の意識を浸透させています。誰もが日常的にAIを活用できる環境を整えることで、生産性の大幅な向上を図っているところです。
「Quality Always」を信念にAIを活用した品質向上と技術継承
ーー今後の組織強化に向けて、どのような信念を掲げていますか。
横尾徹:
弊社では、品質へのこだわりを大切にする「Quality Always」を信念に掲げています。品質トラブルをなくすためには、現場のために全員が一丸となることが本当に大切なのです。全員がものづくりに関わることで新たな気づきを得られ、組織全体の強化が進むと信じています。
ーー建設業界における技術継承の課題に対して、どのような解決策を描いていますか。
横尾徹:
おっしゃる通り、これは非常に根深い課題です。建築や土木の現場は、工場のように毎日同じ環境で同じものを生産するわけではありません。天候や地盤、周囲の環境など、現場ごとに全く異なる条件で施工を行うため、現場を管理する技術者や職人の感覚や経験値に依存する部分が大きく、技術継承が非常に難しいという根深い課題があります。
今後は、熟練技術者のノウハウや現場で集めたさまざまなデータをAIに蓄積していく仕組みの構築を模索しています。暗黙知となっていた技術をデータとして可視化し、誰もが活用できる状態にすることで、次世代への確実な技術継承を図っていきたいと考えています。
ーーその「Quality Always」の信念を体現する人材を育成するために、どのような教育体制を敷いていますか。
横尾徹:
若手とベテランで内容を分けた階層別の研修改善に、現在進行形で取り組んでいます。それぞれのキャリアステージにおいて直面する悩みや課題は異なりますから、画一的な教育では意味がありません。各層に合わせた実践的なサポート体制を強化することで、本質的な品質へのこだわりを体現できる人材を育てているところです。
地元志向に応える組織変革と安定を最優先とする将来のビジョン
ーー働きやすさを支える福利厚生や両立支援の現状を教えてください。
横尾徹:
手前味噌ですが、弊社の福利厚生は、大手ゼネコン並みの待遇を備えていると自負しています。仕事と家庭の両立支援にも取り組み、育児休業もとりやすい環境ですし、実際に男性の育休取得も年々増えているので、制度を使うのが当たり前という良い空気が醸成されてきました。住宅補助などの手当も充実させています。
教育面でいえば、年次や役職に合わせた研修を実施したり、資格取得のサポートをしたりしています。通信教育でも学習できますし、外国人の技能実習生には日本語能力試験合格を目指したサポートをしています。
ーー若手社員の価値観の変化に対して、組織としてどう対応していますか。
横尾徹:
近年、若い世代を中心に「生まれた土地、育った場所で働きたい」という強い地元志向の変化を感じています。これまでは全国転勤を伴う「総合職」の仕組みが基本でしたが、発想の転換が必要だと感じています。今年度から社内プロジェクトを立ち上げて人事制度の刷新に向けて取り組んでおり、多様な働き方に応えられる柔軟な組織を目指しています。
ーー今後の森本組を共に創る人材として、どのような学生を求めていますか。
横尾徹:
必ずしも建設系学科卒などの学生だけを求めているわけではありません。実は、7年ほど前より文系出身の学生も技術職として採用しています。入社後の研修や入社前のインターンシップで現場業務を経験してもらい、いろいろな場所でものづくりを体験できるようにサポートしています。
私たちが強く求めているのは、「自分を変えたい」「自分を磨いて成長していきたい」という熱い意欲がある人です。文系理系問わず、建設を通じて社会に貢献したいというものづくりに興味がある方は、ぜひ積極的に採用していきたいですね。
ーー貴社が目指す今後の展望とビジョンをお聞かせください。
横尾徹:
昨今の物価上昇に伴い、売上の自然増という側面は確かにあります。しかし弊社としては、リスクを伴う無理な増収増益を目指すようなことは決してしません。これまで培ってきた136年の歴史と信頼を守り抜くためにも、「安定的な受注・売上・利益の確保」を最優先とし、社員とその家族、そしてお客様に安心を提供し続ける、堅実な経営をこれからも貫いていきます。
編集後記
横尾氏は求める人材について、「自分を変えたい、磨いていきたい人」と熱く語った。民事再生という困難な時期を乗り越え、社長就任後も時代の変化に即した人事制度の刷新やAI活用による技術継承に挑む姿からは、常に現場と社員を第一に考える真摯な姿勢がうかがえる。10年以上にわたり堅実に事業基盤を構築し、安定した利益を生み出し続ける同社の、次世代を見据えたさらなる躍進から今後も目が離せない。

横尾徹/1959年生まれ、大分県日田市出身。1982年に千葉工業大学工学部土木工学科卒業後、森本組に入社。2017年に執行役員東京支店長、2018年に取締役執行役員土木本部長、2022年に取締役執行役員副社長・土木本部長などを経て2023年6月に代表取締役社長就任。