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1649年の創業から375年余り続く歴史ある企業、マルカン酢株式会社。

看板商品であるマルカン酢を始め、飲む黒酢や、お酢屋がつくったぽん酢シリーズなど、お酢や酢酸菌のもつ可能性や魅力を工夫し、伝統的な手法で商品を手がけ家庭の食卓を支えている。

2019年、創業370年を機に家業であるマルカン酢事業を継承し、代表取締役会長CEOに就任した笹田隆氏。醸造家の次男として生まれた笹田会長は、同業界のキッコーマン株式会社に新卒で入社後、株式会社小網(現:三井食品)へ職を移し代表取締役社長に就任。その後、小網時代に立ち上げた飲食事業会社の経営を行うとともに、飲食店開店支援を行う株式会社上昇気流を設立し、経営に従事していた。

伝統ある会社を継いだきっかけとは何だったのか?マルカン酢への思いと大切にしている価値観について聞いた。

剣道を通して培われた今の自分の人生観

ーーどのような幼少期や学生時代を過ごされたのでしょうか?

笹田 隆:
自分でいうのもなんですが、正義感のある子どもでした。ただ、人見知りで社交性がなく自分の意見をいうことができなかった。中学に入って剣道を始め、そこで挨拶や秩序を学び、何事も勝ち負けがあるのだと身を持って体感することで「自分を高めて強くなることは重要なことだ」と、今の人生観が形作られたと思います。

剣道は大学まで10年間続けました。高校、大学と全国大会にも出場し良い成績も収めてきたこともあり、学生時代で唯一、父にも「きちんと物事をやり続けることは立派だ」と褒められました。私にとっても自分の強さや価値を確認することができたので、貴重な経験だったと思います。

ーー醸造家の一族として生まれたエピソードなどはありますか?

笹田 隆:
戦争中、工場が戦争で被災し全壊してしまったのです。父が自らトラックを運転し工場へ赴き、木箱や一升瓶をブラシで洗い、ボロボロになった事務所を再建している姿を見てきました。何もないところから皆で懸命に立派に会社を立て直しました。幼いながらも「これは大変な仕事だな」と肌で感じていました。

ただ、私は次男なので「自分が会社を継ぐ」とはあまり思っていませんでした。継ぐのは長男の役目で、私は自分で人生を切り開いて雑草のように強く生きていこうと思っていました。

社会より学ぶ

ーー大学卒業後、どのような人生設計を考えておられましたか?

笹田 隆:
その頃は人生の目標が分からなかったので、さまざまな経験をしながら自分を作り上げていくことしかできませんでした。

大学卒業後は「勉強してこい」と父に勧められ、同じ食品メーカーであり、姻戚関係にあるキッコーマンに入社しました。剣道で培った気合や自信があっても、いざ社会に出たらやはりそろばんができないとどうにもなりません。帳簿も合わせられなかった当時は皆様に大変迷惑をかけ、それはもう怒られました。

「これはちゃんと勉強しないとまずい」と一念発起し、たくさんの人にお世話になりました。そこから徐々に視野が広がってきたと思います。ただ一生懸命続けることだけは私の特筆できる能力で、途中で投げ出すことだけはしませんでした。

逆境の中の起業家精神

ーー社長に就任されるまでの経緯を教えていただけますか。

笹田 隆:
キッコーマンから食品流通業である小網という会社に入社しました。入社してからは主任、係長、課長代理などありとあらゆる役職を経験し、新規事業なども任せてもらいました。実際にその場でしか体感できない仕事を肌で感じながら身に着けていく経験ができたことが、今の私の財産となっています。

結局、取締役になるのに20年、社長になるまで25年程かかりましたが自分の性格から見ても、すんなり高いポストに就くよりも逆境から這い上がる、何もないところから形をつくるというスタイルの方が合っているのだと思います。会社を守るためには攻める経営をしています。いわゆるマネジメント的な経営者ではなく、起業家や事業家に近いイメージです。

日本におけるエスニシティと事業承継

ーーご実家のマルカン酢を継ぐ決断をされた理由はなんですか?

笹田 隆:
三井食品の代表を退任してから、自ら事業をおこし、飲食店を通じて若者を輝かせるプラットフォームビジネス事業を展開していました。その時兄からの依頼を受け、経営の一切を引き受けました。私は次男ですし、会社を継ぐ事は考えていませんでしたが、先祖代々375年続いてきた伝統を受け継がなければならないという強い想いから、引き受けることにいたしました。

ーー経営陣を社外からも迎え入れていますが、何か狙いがあったのでしょうか?


笹田 隆:
成長する企業として展開するためには、多様な得意分野を持つ人が集まりチーム経営を実践しようと思いました。今の経営陣は社内外含め多様な個性を持つメンバーがそろっています。チーム経営のキーは「横串」です。さまざまな経営課題に対して、正しい判断をして早く解決するためには、関係者が集まってお互いを尊重し、意見を交わし合うことが何より大事です。そのため、各部署長が集まる横断的な「戦略会議」を設置し、そこで会社の重要事項を決定できるようにしています。

会社を変える~体制の形成~

ーー新たな体制に会社を変革する際、抵抗や反発などはありましたか?

笹田 隆:
就任当初は、今までのやり方と違うことに戸惑う人たちも多かったと思いますが、経営幹部を中心に私の想いや考えを伝え、皆が思っていることや考えを聞くことを大切にしてきました。社長をはじめとする経営幹部とはW2V3(WakuWaku Vinegar Venture Victory)として、将来の夢や現実の問題についてのべ600時間以上議論してきました。

やはり大事なのは組織風土です。これまで日が当たらず「もっと活躍したい」という思いを持った人たちが少しずつ芽吹きはじめていたので、抜擢人事を行いました。

また、抜本的に人事制度を変えました。成果評価だけではなく、仕事に対する姿勢や、コツコツとした努力を評価する「情意評価」を導入し、給与体系も変えました。

構造的利益管理システム

ーー実際にはどのような変革を行ってこられたのですか?

笹田 隆:
利益管理システムを作りました。それまでは会社がどのような状況で、どこに課題があるのかが見えにくいところがありました。そこで管理会計の定義の見直しを行い、利益管理システムを構築し、単品別利益を確認できるようにするなど「経営の見える化」に力を入れてきました。

人を活かす、エンゲージメント経営

ーーこれだけは絶対に残していきたいという価値観などはありますか?

笹田 隆:
生きるということは本来的に持っている普遍的な価値を見出す作業だと思います。環境変化の時にこそ、気安く新しいことを始めるのではなく、自分たちの足元をしっかりと深堀りしていこうと決めました。そこで自分にとって大切なのはやはり「人を活かす」ということでした。

活私開公という言葉があって、「自分を活かすことが、公に貢献することにもなる」という意味ですが、まさに私が会社や社員に求めるビジョンをこの言葉が言い表してくれています。

やはり自分の足でしっかり自分の人生を歩み、「自分の人生にとって価値のある仕事だ」と共感してもらって一緒にやらないと面白くないのです。人を活かし世の中のためになる経営をこれからも残していかなければと思っています。

グローカル成功のために

ーーアメリカに展開する際、商品づくりや現地への売り込み方で意識されたことはなんでしょう?

笹田 隆:
グローバル化というのは、世界に売り込みに出て一発儲けようとするものではなくて、「こんなに良い商品があるんだよ」と正当な価値をきちんとローカルである先方に伝えた上で、新たな顧客を創造していくことです。だから、相手に合わせて人気取りをしようとすると内容が薄っぺらいものになってしまいます。

ローカルにおいて価値を生み出すためには、グローバルの理念がしっかりと根付いていないと良い商品づくりにつながらないと考え、まずは経営陣のポリシー浸透の徹底を行いました。

ーー今後会社として目指しているものを教えていただけますか?

笹田 隆:
グローバル化は極めて重要だと考えています。アメリカには約50年前とかなり早い時期に進出しました。我々の目指す「人を活かす経営」をするというポリシーを通じて、日本文化を発信し、アメリカに根付かせる必要がありました。

何度もミーティングを重ねることによって、ポリシーを深く理解した現地の経営陣が主体的に経営を行うことができるようになってきました。おかげでアメリカも非常に活気が出てきて、社内もワイワイと沸き上がり組織活力が出てきました。これらの取り組みの結果、売上は大幅に伸長し、日本の倍ほどの規模になりました。

商品開発でおいしさを探る

ーー最後に商品について、こだわりなどをおうかがいできればと思います。

笹田 隆:
品質に関しては、美味しいなんて当たり前の時代ですが「やっぱりマルカン酢はいい商品を作るよね」と感心されるものを作り続けたいと思っています。

真のマーケットイン、即ちお客様の潜在的なニーズをとらえ、私共でなければできない商品を提供していくため、表面的な流行を追うわけにはいきません。

たとえば、「お酢だけじゃなくぽん酢もそろえて作ったら売れるよね」と安易に手を出すのではなく、「お酢屋が作ったぽん酢はこんなに美味しいのか!」と思われる仕事をしていかないといけません。自社の個性をしっかりと伝え、お客様にマルカン酢の良さを体感してもらうことを大事にしています。

編集後記

伝統的な企業を受け継ぎながらも、多様な経験から経営手法や社内の改変を行ってきた笹田会長。一貫して「人を活かす経営」の必要性を力強く語ってくれた。

お酢の持つ可能性をグローバルに広げていくため、さらなる海外展開を目指すマルカン酢の今後に期待したい。

笹田 隆(ささだ・たかし)/1949年醸造家次男として生まれる。大学卒業後キッコーマンを経て1973年小網入社。1998年代表取締役社長就任。2000年三井物産子会社と対等合併し株式会社三友小網(現三井食品)初代社長就任、2002年退任。退任後1980年設立の飲食事業会社経営に従事。2004年飲食店開店支援業の株式会社上昇気流設立。2019年創業370年を機に家業であるマルカン酢並びに米国マルカン酢を事業継承し代表取締役会長CEO就任。2020年全国食酢協会中央会副会長に就任。現在に至る。