従来のコンピューターでは処理しきれない複雑な計算を桁違いに高速化することが可能になり、社会を大きな変革に導いている「量子コンピューター」。2023年3月に国内初の量子コンピューターが稼働を始めたこともあり、現在注目を集めている。
量子コンピューティングプラットフォームの開発・販売・コンサルティングをおこなっている株式会社Fixstars Amplifyは、2021年に株式会社フィックスターズの子会社として設立された。国内・外を含めて600を超える企業や学校などの組織が、アプリケーションの開発・実行基盤として同社のサービスを利用している。
平岡氏は、入社と同時に親会社のCEOからオファーされ、株式会社Fixstars Amplifyの代表取締役社長CEOに就任した。突然のCEO打診の裏側とは?事業を開始してからの課題点と、舵を切ったばかりの新サービスの現状について、平岡氏に話をうかがった。
転職と同時に訪れたCEOへの道
ーー現在の会社に転職し社長就任に至った経緯を教えてください。
平岡卓爾:
東京大学工学部で物理工学を専攻し、量子テレポーテーションの第一人者である著名な先生の研究室の第1期生として、ハイレベルな実験を繰り返す日々を過ごしました。
大学卒業後はソフトウェア会社へエンジニアとして入社し、商品企画に精を出しました。新製品を自らの力でゼロから生み出し、お客様の元へ届けられたという経験に非常に価値を感じ、「新たなステージでさらに飛躍した商品づくりにチャレンジしたい」と思い、転職活動をおこないました。
量子コンピューターを取扱い新規開発ができる会社を探し、自らアプローチをかけたのが、弊社の親会社であるフィックスターズでした。同社は、ちょうど新会社の設立にあたり、人事異動を考慮していました。私は前職で製品事業の責任者の経験もあり、「こいつなら任せられる」と思っていただいたのか、親会社の社長からオファーをいただき、転職と同時にFixstars AmplifyのCEO就任となりました。
地道なプロモーション活動でユーザーを増やす日々
ーー設立から2年半、どのような活動をされてきましたか?
平岡卓爾:
もともと親会社のフィックスターズでやっていた量子事業を、自社サービスとして本格的に展開することをミッションとし、2年半かけてさまざまなプロモーション活動に励んできました。
たとえば最初は「ハッカソン」というITエンジニアやデザイナーなどが集まり集中的に開発をおこなうイベントを開催しました。主に大学生向けに「弊社のサービスを使ってアプリケーションをつくってください」とお題を出したところ、実際の事業にも役立つような数多くのアイデアが集まると共に、ユーザー登録数も大幅に増やすことに成功しました。
そこから徐々に会社としても独立していき、今度は大学の研究職の先生方へ、弊社のサービスを自身の研究で使用してもらえるようアプローチをかけました。有料プランもありますが、基本は無料で使えるように設定し間口を広げたことで、先生方の口コミからユーザーが増えていきました。こうした積み重ねで2年半が過ぎ、順調な決算を迎えることができたと思います。
ーー具体的な活用事例はどのようなものがありますか?
平岡卓爾:
大学の研究室でいうと、量子アニーリング(量子力学を用いた計算手法の1種)の第一人者である早稲田大学の戸川先生や、慶応大学の田中先生など、多くの研究室でご利用いただいています。弊社のSDK(ソフトウェア開発キット)はプログラミングの工程を自動で処理してくれるので初学者の方でも扱いやすく、学部生向けの授業の教材から、本格的な学術研究のツールまで、幅広い用途で使用されています。
開発の先に見えてきた課題点
ーー事業を開始して見えてきた課題点はありますか?
平岡卓爾:
大学や企業の研究者の方は、比較的プログラミングにも慣れていてご自身で我々のサービスを使いこなしていただいています。一方で製造業や物流業など、我々の技術が適用できる多くの現場では、自分でプログラムを書いてツールを作るというのはなかなか敷居が高いというのが現状です。
こうした課題解決の一環として、グループ間連携を更に強化し、親会社のフィックスターズが手掛ける受託開発の中でも我々のサービスを積極的に活用してもらい、システムの運用開始後には継続的にクラウド利用料をもらえるようなビジネスモデルの構築を進めています。
新サービスで製造・物流業界に革新を
ーー今後の展望をお聞かせください。
平岡卓爾:
主に製造・物流業界向けに、生産計画や配送計画などのスケジューリングを最適化するための新サービス「Fixstars Amplify Scheduling Engine」を2023年9月にリリースしました。クラウド経由でサービスを提供するSaaSビジネスである点は従来同様です。特定の問題に特化することで、より簡単に利用できるよう工夫しました。
リリース前から試行いただいているパイロットユーザー様からは好評をいただいており、すでに実務適用されているお客様もいらっしゃいます。この新サービスを広く普及させ、数年後には月間売上で億を超えるような事業にしていきたいと思っています。
ーー新サービスの内容を教えてください。
平岡卓爾:
製造業などの工場の中では「どの製品をどの順番でつくるか」という綿密な計画のもと作業がおこなわれています。その計画立案には専門知識や経験値が必要な上、表計算ソフトなどを使用し作成しているのが現状です。そこで弊社のスケジューリング問題に特化した新サービスを使えば、最適化された生産計画が素早く算出されるので、新しい設備などにコストをかけずに生産量を増やすことができるようになります。
また、通販の物流倉庫などでは、日々変化する人員配置をホワイトボードに書き込んでいたため膨大な時間とストレスがかかっていましたが、新サービスの導入により、理想的なシフトを迅速に作成することが可能になりました。
多くのビジネスチャンスを掴んだ展示会への参加
ーー新サービスの営業活動はどのようにされているのですか?
平岡卓爾:
定期的に展示会に出展しています。直近では、2023年9月に開催された製造業向けの展示会「Factory Innovation Week」に出展しましたが、とても良い反響をいただきました。
また、新サービスのデモやサンプルコードを含めた製品紹介のウェブページをオープンしました。ブラウザ上で新サービスを体験いただける環境もご用意しています。
今後は、ビジネス向けやプログラマー向けの無料セミナーなども開催していく予定で、それらの活動を通して多くのお客様にこのサービスの良さを知っていただければと考えています。
公式HP:Fixstars Amplify Scheduling Engine
数理的思考と技術を持ち合わせた人材の発掘へ
ーー若手エンジニアに求める人物像を教えてください。
平岡卓爾:
弊社ではお客様とのやりとりもエンジニアがおこなうため、数理的な思考能力、開発・表現をするためのコーディングスキル、顧客との技術的会話から課題定義とそれに対する解決策を提案できる能力、この3つを兼ね備えた人物を求めています。
また、自社で製品を開発できる点が魅力でもあり難しいところでもあるので、そこにチャレンジしたいという方にはマッチした環境です。
自身の「専門領域」を持って、新しい技術で世界を変えていくことに挑戦してほしいと思います。
編集後記
転職と同時に新会社の社長に任命された平岡社長。自身の目標であったゼロからの開発に携わり、サービスの拡充から組織の運営管理まで、怒涛の2年半を過ごしてきた。
「社長の仕事とは、戦略を立てること。製品の機能や売上を語るだけではなく、分かりやすい抽象度と、それに対する具体的な策を社員に納得できるよう発信していく必要がある」と語る。平岡氏が牽引するFixstars Amplifyの今後に注目していきたい。
平岡卓爾(ひらおか・たくじ)/1978年神奈川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了(物理工学専攻)。学生時代は量子テレポーテーションの研究に従事。2004年ソフトウェア開発の会社に新卒入社しエンジニアとしてキャリアを開始、のちに製品企画も担当。新規事業開拓を志向し2021年に株式会社Fixstars AmplifyのCEOに就任。