医薬品業界において創薬は長い期間と多くの研究開発費を要する一方、簡単に成功するとは限らないというリスクがある。しかし医薬品などの開発は、多くの人たちを救う重要な仕事だ。
バイオベンチャーの窪田製薬ホールディングスが研究開発する新薬と医療デバイスは、世界中の眼疾患患者を救う可能性を秘めている。同社の代表取締役会長、社長兼CEOである窪田良氏に同社の歩みとこれからの展望をうかがった。
思考型教育が研究者を育てた
ーー幼少期はどのように過ごしていましたか?
窪田良:
子どもの頃から勉強が苦手で、特に暗記科目の成績が悪かったのです。しかし、転機があり、小学生の時に父の転勤でアメリカに転校しました。
日本の詰め込み型教育とは異なり、アメリカは思考型教育です。日本では暗記しなくてはいけないことがたくさんあって、先生の話を黙って聞くという文化でしたが、アメリカでは覚えることよりも考えることが重視されたため、積極的に質問することが評価されました。そのような環境が僕に合っており、勉強が面白くなって、成績も上がりました。
中学生の時に日本に戻り、帰国直後は日本語の学習に遅れがあったものの、アメリカで勉強が好きになったので、苦労とは思いませんでした。
親戚に医師の多い家系だったので、その影響もあって医学部へ進学しました。
眼科医としての活躍から起業に至るまで
ーー眼科を選んだ理由を教えてください。
窪田良:
外科手術と研究の両方を経験したかったからです。もともと人の心の動きに関心があったので、脳の活動を専門とする分野が選択肢にありました。しかし、脳神経内科や精神科は手術をする機会がなく、脳神経外科は手術で忙しくて研究の時間が持てません。
眼の奥の網膜は、脳の一部です。脳全体は複雑で未解明な部分が大きいのですが、ミニチュアの脳といえる網膜の研究は発達しています。脳神経系と深いつながりがあって、手術もできる眼科を選びました。
そして、眼が好きなことも眼科医になった理由です。ほかの動物はほとんど白目がないのに対して、人間は白目があることで視線の動きを使ってコミュニケーションします。人間独特の機能をもつ眼に興味があったのです。
ーーどのような経緯で起業されたのでしょうか?
窪田良:
日本で研究をしているときに、緑内障の原因遺伝子を世界ではじめて発見しました。その実績が認められ、アメリカの大学に赴任しました。
そこで研究したのが、網膜が光を電気信号に変える「視覚サイクル」という機能で、それが起業のきっかけになりました。
ーー現在の研究内容を教えてください。
窪田良:
3つの研究のうち、最初に始まったスターガルト病の治験は「エミクススタト塩酸塩」による進行抑制の試験で、最も進んでいます。
スターガルト病とは子供の視力が低下し、失明に至る病気です。視覚サイクルの仕組みは網膜の働きを支えていますが、明るい光や強い光に曝露されると有害な物質を生成します。長期間これが蓄積されると病気や視力低下の原因となります。
エミクススタト塩酸塩は視覚サイクルに関わる酵素を抑制し、有害物質の蓄積を軽減することなどによってスターガルト病の発症を軽減する可能性を持つ、世界初の新薬の候補です。
このように、患者様にとって「絶対ほしい」というニーズがあるものを、他社にない技術でつくっているのが弊社の強みです。
次に、NASAと共同開発している「eyeMO」という在宅医療用の網膜診断装置です。現在、個人の体質やライフスタイルに合わせた医療がより求められています。そのためには継続的に眼の状態をモニタリングしてデータを蓄積しなければなりません。今までは病院に行かなければできなかった検査を自宅でできるように、機器を開発しています。宇宙飛行士向けという究極の遠隔医療のニーズと重なったため、NASAからの出資が実現しました。
そして最も新しいのが、近視の抑制を目指すメガネの「Kubota Glass®」(※)です。外で遊ぶ時間が長い子どもは、近視の発症率が低いという研究があります。近視は遺伝的要素よりも環境的要素の方が大きいのです。外で遠くを見るのと同じ環境をつくるのがこのメガネです。
(※)Kubota Glass®公式サイト
日本から世界中の眼疾患患者を救う
ーー今後の展望を教えてください。
窪田良:
WHO(世界保健機関)は全世界人口の半数が近視になると警告していますが、日本では近視が病気であることが、ほとんど認知されていません。近視は網膜剥離や緑内障など失明につながる病気のリスクを上げることを、僕はメディアや書籍を通じて啓蒙しています。
特に、世界の中でも東アジアでの近視の割合が特に多いので、中国を足がかりに、海外でも「Kubota Glass」を販売することを計画しています。
ーー就職希望の方にメッセージをお願いします。
窪田良:
失明を世界からなくすことが弊社の使命だと思っています。一人の眼科医として診察できる患者様の人数は限られますが、組織の力でより多くの人を助けることができます。若くて元気のある人材の応募を歓迎します。
かつて日本は「海外の製品の真似しかできない」といわれた時代がありましたが、僕が実現したいのはゼロから新しいものをつくることです。全世界の人類に「日本人がいないと新薬が生まれない」と評価されるようなインパクトのある製品をお届けします。
編集後記
日本では大企業志向の人が多く、ベンチャーへの理解は一般的に浸透していない。窪田社長のベンチャー精神は、渡米経験がなかったら生まれなかっただろう。
しかしインタビューを通じて感じたのは、社長の日本人としてのアイデンティティだ。日本から世界的な大発明が生まれる日は近い。
窪田良/慶應義塾大学医学部卒業。眼科医、医学博士。緑内障、白内障、網膜疾患などの執刀治療経験を持つ。緑内障原因遺伝子であるミオシリンを発見し「須田賞」を受賞。2002年シアトルを拠点にAcucela Inc.を設立。2015年12月窪田製薬ホールディングス株式会社を設立。2019年NASAディープスペースミッションHuman Research Program (HRP) Investigator(研究代表者)に就任。
東洋経済新報社から著書『近視は病気です』を2024年5月29日に発売。