スマホが鍵に変わる!?
IoTベンチャーによって開けられた新市場の扉
株式会社フォトシンス 代表取締役社長 河瀬 航大
2014年に設立した株式会社フォトシンスは、スマートフォンアプリで鍵の施錠・開錠ができるスマートロックロボット『Akerun』の開発提供を行うIoTベンチャーである。同社は、2015年に4.5億円の資金調達を行い、経産省所管NEDOのSUIプログラム初の卒業企業となった。同社が法人化される以前、メディアに『Akerun』のプロトタイプが取り上げられた際には、直後に100社以上から事業提携の申し込みが入ったという。“鍵”の新たな市場を開拓した同社代表取締役社長、河瀬航大氏に、企業までのストーリーや今後同社が必要とする人物像などについて話を伺った。
河瀬 航大(かわせ こうだい)/1988年生まれ。鹿児島県出身。筑波大学理工学群化学類卒。2011年株式会社ガイアックスに入社。ソーシャルメディアを活用した効果的な選挙活動をサポートするプロジェクトに事業リーダーとして携わったほか、新規事業を多数立ち上げた。2014年7月のスマートロックロボット『Akerun』発表に伴い、同年9月に株式会社フォトシンスを立ち上げ、代表取締役社長に就任。
「ネット選挙」事業を立ち上げガイアックス株が50倍に
―社長のご経歴についてお聞かせください。
河瀬 航大:
幼少の頃から科学が好きで、いつか新たなテクノロジーで、イノベーションを起こすような発明家になりたいと考えておりました。大学では放射線を研究しておりましたが、国の予算の変動に応じて研究の範囲が決まってしまう等、自らの意志で研究を進めにくく、研究成果を社会に還元するスピードに欠けるというジレンマがありました。いくら研究成果が優れていようが、それだけでは世界を変えることはできません。開発したテクノロジーをビジネスに落とし込み、社会に浸透させることで初めて「発明」と言えるのです。ですので、テクノロジーを社会に浸透させるためのビジネスについて勉強したいと考え、大学卒業後は株式会社ガイアックスに入社しました。
ガイアックスでは、様々な新規事業を立ち上げましたが、その中で一番大きな仕事は、ネット選挙に関わるプロジェクトでした。政治家の発言に対する世論の反応を、ソーシャルメディアを活用して分析し、改善点などをフィードバックするというプロジェクトに、僕は事業リーダーとして携わりました。非常に優れたサービスでしたが、当時はまだネット選挙自体、馴染みの薄いものでした。
いくらコンセプトが良くても、それが世間に浸透しなければ意味がありません。そこで、事業をスタートさせる前に、テレビ出演や講演活動を通して、これからはネット選挙の時代だということを発信し続け、新たな市場を創り出したのです。結果として、今では多くの政治家の方がネットを活用されています。プロジェクトは成功を収め、当時のガイアックスの株価は50倍くらいに跳ね上がりました。このプロジェクトを通して、新たな市場を創るスキルを身につけることができたと思います。もちろん、新規事業の中には、商品コンセプトがいくらよくても社会に浸透しなかったものもあり、多くの失敗も経験しました。ただ、それを自らの糧にして前に進み続けたことが、プロジェクトの成功に繋がったのだと思います。
“次の世界”を考え発信し続ける
―事業がうまく回らない時、どういった心構えをすればよいのでしょうか?
河瀬 航大:
経営者やリーダーは、常に“次の世界”を考え続けるということが大切だと思います。できない理由は無限にあります。特に新規事業や新市場を開拓するというのは、そうした無理難題の連続に他なりません。しかし、トップに立つ者自身が、次の世界のビジョンを心から信じ、それを伝え続けることが何よりも重要です。そうしないと、現場の士気は下がってしまいますからね。そこをフォローし続けないとなりません。
また、失敗した際に当事者意識を持つことができれば、成長に繋がります。ベンチャーはPDCAを高回転させることが当たり前です。つまり、基本的に失敗の連続なのです。その経験を自分の責任と感じることができれば、成長の糧にすることができますが、当事者意識が欠落していれば、上司や仲間の責任にしてしまい、失敗から学ぶことができません。未来を創っていくために何が必要かということを、常に考えることができるマインドを持つことが重要だと思います。
『Akerun』プロトタイプの発表からわずか1か月で創業
―起業の経緯についてお聞かせください。
河瀬 航大:
ガイアックス在籍時から、社外活動として、スマホアプリの制作や、NPO法人の理事を務めるなど、様々な活動をしていました。そんな中、仲の良い友達と飲み会の最中に話した「鍵がスマホに変わったら面白いよね」という何気ない会話がきっかけで、『Akerun』のプロトタイプを製作し、メディアに紹介して頂きました。その瞬間から、ものすごい反響が返ってきたのです。
まだ起業や量産することなど何も決まっていない状態で、次々に予約が殺到し、1日で100社以上からお問い合わせや事業提携の話が持ち掛けられたほどです。その大きな需要に応えるため、およそひと月の間に、ガイアックスを退職し、資金を集め、仲間と共にフォトシンスを立ち上げました。
量産体制を築くことの難しさ
―起業に当たって困難なことなどはございましたか?
河瀬 航大:
『Akerun』の構想が浮かんだ時は、スマートロックという言葉自体、ほとんど流通しておらず、僕自身も知りませんでした。『Akerun』のような後付けのスマートロックは、世界初の商品だったのです。だからこそ一気に話題になり予約も殺到しました。
大量の注文に対応するため、製品を量産することになりましたが、量産体制を取るということは困難を極めましたね。そのための資金や工場との繋がりも必要でしたし、開発力も重要です。“ものづくり”に対する認識も未熟でした。ですので、とにかく様々な人に話を聞き、工場に何度も赴き、“ものづくり”の神髄を肌で学んでいきました。時には「考え方が全然なっていない」ということでお叱りを受けたこともあります。それでも、泥臭いほどに工場に何度も足を運び、“ものづくり”とはどういったものなのかという空気感を1つ1つキャッチアップしていくことで、量産にこぎつけることができたのです。
目標を達成する上で必要なマインドとは
―今後、どのような組織を目指していきたいとお考えでしょうか?
河瀬 航大:
現在、弊社の組織はWHY型からHOW型に変わってきています。『Akerun』事業に関しては、かなり高い商品力を持った製品が出来上がってきています。ですので、これを徹底的に社会に広めていくということに注力していきたいと考えています。目標達成に向けて最後までやり切る力を持った組織にしていきたいですね。
―そのために必要なことは何でしょうか?
河瀬 航大:
現在はマーケットコストをかけて見込み顧客を獲得し、それを営業がクロージングしていくという営業手法をとっています。高い目標を達成するために、「今年中にはここにいなくてはいけない」という段階的な目標を設定しています。それは日頃、僕も社内で強くメッセージングしているところですので、そこを徹底的にやり切るということが重要です。目指すもののためにチーム一丸となって頑張ろうというマインドが必要ですね。
エンジニアは“開拓者”、営業は“伝道師”であれ
―新しい技術を開発することだけではなく、それを社会に浸透させて初めて「発明」と言えるとのことでしたが、開発と営業、それぞれに心掛けてほしいことはどのようなことでしょうか?
河瀬 航大:
弊社は「僕らの作ったプロダクトで世界中を驚かせたい」という気持ちからスタートした企業です。次の世界を切り拓くためにも、エンジニアは、遊び心を大切にし、作りたいものが決まったら、それを実現するために時間を忘れてしまうくらい没頭できるような人物であってほしいと考えています。そうした新しい商品や技術を生み出していく“開拓者”のようなエンジニアに、今後も集まってほしいと考えています。
また、開発者たちが生み出した商品を徹底的に社会に広げ切らなければ、真の「発明」にはなりません。開発者たちが情熱をかけて作り上げた商品は、間違いなく感動するものだと思っています。ですので、例え最初に社会が受け入れなかったとしても、営業はその感動を顧客に伝え続ける“伝道師”になる必要があると、僕は言っています。
人材に求める要素とは
―御社ではどのような人材を必要としていますか?
河瀬 航大:
現在、弊社では様々な職種を募集しています。エンジニアはもちろんのこと、セールスメンバーやマーケティングメンバーもそうですし、CSメンバーも必要としています。そうした中で、弊社が必要とする人材は、主体的に動き、考えることができる人物です。会社から仕事が与えられることを待つのではなく、自ら考えて動くことができる人材を求めています。例えそこで失敗したとしても、それは学びに繋がります。ですので、失敗を恐れず主体性を持ち、市場を開拓することに喜びを感じるようなメンバーに来て頂きたいと考えています。
―最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。
河瀬 航大:
大切なことは、自分の人生をどう生きたいかということです。大企業で働くのも素晴らしいですし、ベンチャーに入って新しい市場を創っていくということも非常に魅力的だと思います。一概にどちらが良いとは言えませんが、弊社では新たな市場を創造する喜びを感じて頂くことができるのではないかと思います。
弊社はIoT企業ということで、ものづくりやテクノロジーには自信がありますし、また、それを社会に広める力も持っています。新市場を創造することは、まさに新しい未来を自分が創ったという感覚を味わうことのできる、非常にやりがいがある仕事だと思いますね。
編集後記
今までセキュリティのためのツールでしかなかった鍵の役割は、勤怠管理や訪問介護、不動産の内覧の効率化など、様々なシーンに広がっていくと河瀬社長は仰っていた。更には、『Akerun』で得た資金を基に新たな開発も試みていくという。既成概念に縛られない同社が開発する商品は、今後も新たな市場を開拓し、世の中の常識を覆していくに違いない。