株式会社 久原本家グループ本社 ~『茅乃舎だし』をはじめ『キャベツのうまたれ』など、独自のブランド戦略で全国に~

株式会社 久原本家グループ本社
代表取締役 河邉 哲司

河邉 哲司(かわべ てつじ)/1955年福岡県生まれ。福岡大学を卒業後、1978年に同社入社。1996年、同社の四代目社長に就任。「キャベツのうまたれ」発売やレストラン茅乃舎の開業などを積極的な事業展開で、同社を飛躍的に成長させる。

本ページ内の情報は2016年7月当時のものです。

2016年4月頃、株式会社久原本家グループ本社宛てのメッセージが次々と当サイトに届き始めた。「応援メッセージ」機能を利用した、熊本地震の被災者から、同社の被災地支援に対するお礼のメッセージだ。

今回は、久原本家グループ本社の社会貢献活動について、同社代表の河邉哲司社長(以下、河邉社長)へのインタビューを通じて紹介したい。熊本地震の際の、同社の支援活動に対する驚きや賞賛の声がSNS等を通じて拡散していくに伴ってテレビや新聞からの取材依頼が寄せられたが、「震災を利用した売名行為のようになってしまいたくない」と、同社は一連の取材を全て断ってきた。この取材も当初は渋っていた河邉社長は言う。

「こういう取り組みが広まって、社会貢献の輪が広がることが大事。支援はその会社ができることをすれば良いと思う。「わが社が有名になる」ではなくて、そういった支援が広まることが大事だと思う。」

商品開発まで行う久原本家グループ本社の災害支援

御社の熊本地震の際の支援活動に対して、『社長名鑑』にも沢山の御礼メッセージが届きました。どのような活動をされたのでしょうか?

河邉 哲司:
この度の熊本地震だけでなく、例えば東日本大震災の時も、あの時は結構寒い時だったから、(自社製品の)鍋スープをお客様に送ったり、その後も関東の洪水の時などにも、常に被災地支援活動を行っているんですよ。

だから、我々にとっては、今回特別なことをしたとは思っていません。被災された方によくよくお話を聞いてみると、やはり水だったり火だったりが通ってないところもあるということで、「煮炊きをせずに、すぐに食べられるものを送るべきだ」と考えて、お粥を開発しました。色々と開発した中で、十穀粥とじゃこ粥の2つが良いとチョイスして工場で作り、それに「頑張って下さい」というシールを作って貼って、だしなどの既存の商品とともに、ここ数年で一度でも当社の通信販売をご利用されたことのある熊本のお客様にお送りしました。

沢山の御礼メッセージをご覧になって、どうお感じですか?

河邉 哲司:
それは嬉しいですよ。素直に嬉しいです。こんなに喜んでくれたんだっていうのが嬉しい。ただ、喜んでもらえるということはどういうことかというと、その裏には、こんなに苦しんでいらっしゃったんだと気付きました。こんなに苦しんでいるからこそ、これくらいのことで、こんなに喜んでいただけるんだということが我々にも伝わりました。それがちょっとした支援で、何か明るい希望のようなものを持って頂けたのなら、それだけでも凄く良いことをしたなという気持ちが、正直あります。

今回の熊本地震の支援で、いつもと若干違ったのは、我々のところにも直接とても多くの手紙が来たことです。1日に100通ぐらいね、びっくりするぐらい来ましたよ。それと、通販の電話で、泣きながらね“ありがとうございます”って電話とかね、そういったものが凄くありました。

また、東日本大震災の時に支援したお客様が、今だに(その後に出店した)仙台の店舗に来てくださっています。「あの時してくれたこと、ありがとう」って言ってね。「現場にわざわざ(支援物資を)持って来たらしいね」って、店舗に何かお土産を持ってきてくれます。それはもう涙が出るぐらいに嬉しいですよね。

進化を続ける同社の支援活動

今後の活動について、お考えがあると伺いました。

河邉 哲司:
今回、炊き出しに行った従業員から「やはり温かいものが食べたいというご要望が多かった」という話を耳にしました。ですので、これからは商品を送るだけでなくキッチンカーで炊き出しをしたいと思っています。キッチンカーは機動性がすごくあるでしょう。だから車を買って調理ができる状態に改造し、当社オリジナルのキッチンカーを準備するように動きだしています。

それから、今回はお粥を開発しましたが、元々いざという時のための(災害対策)商品の開発をするように言っています。ストックは少なからず作らなければならないけれど、無かったらすぐに作れる体制をとるように、と。食品会社として、すごく今回は教訓になったと思います。

感動の涙を生む障がい者支援の取り組み

“くばらだんだんアート”に寄せられた作品をデザインにして作られたダンボール(写真右)と、実際に走行した運送トラックのラッピングデザイン(写真左下)。

災害の際の支援活動以外の社会貢献活動について教えてください。

河邉 哲司:
“くばらだんだんアート”というものをやっています。
障がいをお持ちの方の社会参加のきっかけになればという思いから始めた取り組みで、毎年食にまつわるテーマを決めて絵を募集しています。集まった作品の中から優秀作品を決めて、私共の通信販売で使用する段ボールのデザインや、商品と共にお客様にお送りする一筆箋のデザインに使用したりしており、お客様にもすごく喜んで頂いています。それから、福岡市内を走るバスや、福岡と東京を往復する運送トラックのラッピングデザインにも展開しています。そうして、より多くの人の目に触れ、関心を持ってもらうことも大事だと考えています。

他にも、例えば県立美術館で応募された全作品を展示する展覧会を開催したり、去年ははじめて博多駅や全国の茅乃舎の店舗にも作品を展示するなど、毎年活動がどんどん広がっています。

私が最初にびっくりしたのは表彰式。皆さん、ご両親や施設の方などが出てこられ、誇らしげに、自分の子供が登壇するシーンで涙しておられました。その時の姿を見て、「これは続けなければならん」と思ったんですよ。これは良いことだよねって。自分の子供が、または施設の子供がこれだけ才能がある、それを表彰してもらえる場を作ることが、非常に大事なことではないかと思い、是非続けなければならないと思って活動しています。

社会貢献活動が広がるために

企業の社会貢献活動について、いかがお考えですか?

河邉 哲司:
社会貢献活動をしていると自慢気に言うものではないと思っています。ただ、「我々はこういう考えを持っている」と伝えることで、それに感化されて「うちの会社もしようじゃないか」と、次々と社会貢献の輪が広がれば良いと思っています。

だから「ある会社がこういうことを考えている」と伝えてもらえれば、あえて当社がやっている活動だと言ってもらわなくても全然構わない。それぞれの企業が行えることは、いっぱいあるわけですよね。うちは食品会社として考えているけれど、例えば、建設関係なら建設関係で出来ることが絶対あるはずです。そういうものをみんなで考えて、何かあった時にすぐにバックアップできる体制が取れる日本であるのが良いと思うし、そういう意味でこういった活動の情報が拡散することは、すごく良いことじゃないかと思います。

取材後記

この取材中、河邉社長が社会貢献活動は久原本家グループ本社のDNAに組み込まれていると仰っていた。それは、明治時代に醤油蔵を開いた久原醤油の初代当主・東介の頃から脈々と受け継がれているものだそうだ。松下幸之助は、“企業は社会の公器である”と言ったが、まさにそれを体言している企業だと感じた。企業も人も、自己の利益だけを追うのではなく、積極的に社会貢献活動を行い、より良い未来を共に作っていきたいと強く思う。

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